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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
1章 《フロリス》底辺階級『ゲウム』No.0428:塩川亮
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8話 夏の魔法ってやつ

昼休みにパンの耳を齧って、五限。科学室に移動しての授業は民原今日子(たみはらきょうこ)、通称『たみきょー』先生が持っているわけだが、眠い。ここまでぽやぽやした昼下がりにゆったり飯を食ったんだ、『居眠り担当』の俺が寝ていないはずがなかった。



「えーこのように、フロンティアの『大気統制』は三層構造になっており、・・・おい塩川。」


「・・・くぁぁ。何でしょう、たみきょー先生」


「ったく、『声が大きくて寝ない』と評判の私たみきょーの前で大欠伸とは。ふむいい度胸じゃないか塩川、そんな居眠り担当のお前に一つ問題だ。・・・これ解いてみろ。」



電子ホワイトボードに表示されたのは、『湾曲層の構造図解式』の問題だった。俺は難しくて解けない旨を伝えるべく後頭部を掻いたが、「解けたらまた眠っていいぞ」と煽られては引き下がる気も失せるというものだ。

だらだら歩きながら白板を眺め、俺はペンを取ってすぐ、雑な矢印をいくつも書き入れていった。



「できました」


「そんなわけあるか。お前さてはてきとうに書いて済ませようと、・・・あ、あれ。」



模範解答の赤い矢印が表示されると、たみきょー先生は目をこすった。俺の書いた豆モヤシみたいな黒い矢印が悉く、お行儀よくその赤の上に乗っていたからである。

つまり『完答』だった。



「正解だ・・・お前これ、良く解けたな塩川。」


「あぁ、まあ、どうも。」


(解けねぇわけないだろ、フロリスなんだから。・・・ま言えるわきゃねぇけど)



俺は覇気のない返事を返して、自席に戻っていく。この程度の問題で生徒の居眠りを許容してしまって、たみきょー先生はつくづく生徒に甘々な教員である。体育着袋を枕にして存分に寝よう、俺はそう意気込んだ。



「えと、先生難関大レベルの問題出したつもりだったんだけど。」


「うげっ。」



ところが、彼女が要らん事を口走る。俺は化学室中の視線を一気に浴びて初めて、自分が多少のやらかしをしていたことに気付いた。どうやらあっちの人間なら当然解けるような図式問題も、こっちでは相当な難問として扱われることがあるらしい。しかし、学生として生きるためだ。フロリスであることはきちんと隠しておかなくてはならなかった。図らずも、俺は難問を秒殺した天才みたいになってしまった。



「ねぇ、塩川って何者なの?」



科学の授業で隣の席になる加藤は、大きく跳ねたアホ毛を揺らしながら尋ねて来る。なんとか誤魔化して話を逸らす必要がある。俺は必要以上にキラキラした目元を真顔で見つめ、腰を下ろしながら答えた。



「さぁね、それよかお前だよ、加藤。・・・そのアホキャラも似合ってないこたねぇと思うけど、そろそろお仲間さんに『隠れ努力家』ってバラしたらどうだ?」


「・・・ん?」


「参考本の返却履歴、同じ奴で埋まってたから気になってさ。2D15って加藤のIDだろ?この前『山が当たった』って言ってた世界史満点はまぐれじゃなかったわけだ。」


「あちゃー、バレちゃってた。・・・やだよ、かっこ悪いじゃん。」


「ふーん、そういうもんかね。」



加藤の意向に口出しする筋合いもないので、俺はこれと言った否定もせず再びの眠りについたのだった。


そして放課後、俺はグラウンド脇を通って校門に向かう。野球部は鬼のような速さで着替えたらしく、既にグラウンドには活きのいい掛け声と打球音が上がっていた。



「姫路。」


「おー、塩川ー。」



ゆらゆらと手を振った同級生は、マイペース係の姫路。彼女について簡潔に説明すると、ゆるい。



「帰りー?」


「帰り帰り。」


「今日もいいお天気だねー。雲見てるだけで時間無くなっちゃいそう。」


「・・・そら構わねぇけど、この時間帯は気ィつけてくれよ?うちの野球部って強打者揃いだったりするからさ。」



本当は強打者というより、この道に女子がいると大振りになる馬鹿野郎共ってだけなんだが。



「分かってるよー、もう子供じゃないんだから。」


「んじゃ俺行くわ。また明日」


「また明日ー。」



また文字通り上の空を眺め始める姫路、右肩に鞄をかけた俺が、その真横を通り過ぎようとした矢先だ。



「───っと、言わんこっちゃね」



流れるようなライナーと、破裂音。振り向く余裕もなく、俺は弾道の低い飛球を逆手で受け止めていた。硬式ボールを覆った左手の甲は、姫路の眼前で静止している。



「わわ、びっくりした。」


「・・・ったく、危なっかしい奴ら。」


「ごめんー、気をつけようと思ったんだけど・・・。」


「や今のはしゃーなし」


「うんと、じゃあ、ナイスキャッチ。でも、どうして球が飛んでくる分かったの?」


「ん、なんか音聞こえたからさ。ちゃんと反応できてよかった」


「いっつも寝てる塩川じゃないみたい・・・。」



しまった、〈寝坊助が常時臨戦態勢〉ってな言われてみれば不審である。しかしこの場において〈だってフロリスだもの〉という言い訳を口に出すわけにもいかなかった。



「仲間だと思ってたのにー」


「謎の仲間意識。」



俺は微妙な苦笑いを浮かべたまま、そそくさと姫路の元を離れたのだった。



夏の帰路、快晴、つっても雲はあるが。だが快晴って単語を使いたい晴れ方だ。今窓から見える景色はそういう感じである。一つ雑な感想を述べると、この大都会のモノレールは結構良い。結構高い位置にレールがあって、窓が結構広いから日当たりと見晴らしが結構良い。夏は特に良い。こういう晴れが多いし、その上で冷房が効いてるから。俺はレールと言ったら車体の上だとか下だとかのこだわりを持ってるわけではないが、単軌鉄道だから吊り下げ式の方が安定するような気がするため、この宙ぶらりんな今風車両に揺られることには満足している。



〔間もなく、東防衛区西、東防衛区西、終点です。〕



終点までは、思ったより短かった。東防衛区西駅、この時間このホームに降りるのは俺だけだ。大きな鉄柵の外に東防衛区がある、危険と隣り合わせの町。それはフロリスの本部を中心とした都市の東端、安地での平穏な生活を望むものには無縁の場所である。あの白い巨塔から離れれば離れるほど古代兵器の巣に近づいて危険度が高まり、家賃は低くなる。

ここにいるのは死の隣人たる兵士、市街地には経済的に難のあるもの、安住に興味がないもの、恐れ知らず、もしくは命知らず等々で、そうすると必然的に治安が悪くなり、生活が殺伐としてくる。空気は『不穏』という二文字を纏うのだ。



「今の俺は、何者なんだろうな。」



フロリスの方針で、高校生の俺が兵士階級を持っていることは隠している。俺が急にいなくなった時の理由が戦死では、人々の心の平穏が、戦士たちが必死、むしろ死にながら繋いだ安寧が保たれないからだ。だから学校での俺は『新入り』じゃなくて、何の変哲もない普通の高校生『塩川亮(しおかわりょう)』なのだ。やたらと気にかけてくる幼馴染の姉崎にも、『新入り』の俺のことを打ち明けてはいない。あいつがそんなことを知れば、きっと心配してくれやがるからである。耐えられなくて泣くくせに、優しいことを考えてしまうのが姉崎萌音という奴だ。



だが、ふと思った。今の俺は、どっちだ。学校指定のワイシャツを来た学生、だが帰る家は防衛区の兵舎である。学校鞄を背負っちゃいるが、中に入ってるナンバーロック付きのポーチの中にゃ二丁の軽量型ハンドガン『Ⅰ&F』なんていう代物が潜んでいる。戦場の苦労を知っているのに、次の日には机に突っ伏して寝てたりする。俺が死ぬと悲しんでくれる奴がいるのに、明くる日の俺は敵陣のど真ん中に突っ込んだりもするだろう。なら俺は、一体誰なんだ。



そんなどっちつかずの俺を阻むように、改札はバタリと音を立てて閉まった。



『通行できません。』


「・・・あ?」


『複数の磁気カードが重なっています。』


「・・・っはは、ほんとだ。」



端末のカードホルダーを確認して、俺は苦笑した。表に見えるのは通学に使う学生定期、だがその裏にはフロリスのIDカードが忍ばせてあった。そういや今日はツナミ先生の医務室から学校へ直行したから、行の改札を抜けた後てきとうにこの隙間へ突っ込んだのだった。二つの身分証が重なって、改札は学生としての俺を認識できなかったようだ。俺はフロリスのカードを引き抜いてポケットにしまい、もう一度定期入りの端末をかざして改札を抜けた。



「ま、そういうもんなのかな。」



改札に気づかされるのも癪だが、二つのカードを分けたことではっきりした。



(俺は学生で、且つ兵士だ。)



日常サイドと戦場サイド、二つの地面に影を落としているだけで、俺が俺であることに変わりはないような気がしてきた。携帯食料の実用主義的な味を知っているなら、栄養バランスの偏ったファストフードの豊かさをより深く味わえばいい。守りたい奴らの姿が見えてるんなら、そいつらのために命を懸けたって構わないだろうよ。必死とか死守とかの言葉は、場合によっちゃ格好良くもなるはずだ。



「今日は天気もいいし、散歩がてら周辺警備にでも行くかー。」



やっぱ夏はいけないな。景色が良いもんだから、浸ったり弾んだりで忙しい。俺の独り言が増えたのも、多分夏のせいだ。



「ん・・・って、あれ。女の子が絡まれてる・・・?」



だからそれも、夏の魔法ってやつの一環だったのだろう。



「躊躇はあるけど・・・止まるほどじゃあない。ってな」



夏の帰路、快晴。パーカーの少女とそれを囲むゴロツキ数名の方に飛んでいった足を、俺は止めようだなんて思わなかった。

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