10話 あんたには適わねえな
「───ゲウム第七の面々が、『ジニア』に昇級!!」
それは後日、招集のかかったフロリス東支部の応接室にて、突然俺に知らされた事実である。
「うん、そうそう。こないだの『アント型掃討任務』、ゴーレム型が三体乱入が乱入したにもかかわらず、君のいるゲウム第七は最前線から全員無事で帰還!いやー別任務帰りのグロキシニア第四部隊が合流したとはいえ、か細い支給品でよくぞそこまで持ちこたえた!その功績を評価し、君の部隊の面々はみんな昇級ってことさ。あ、クッキー食べる?」
「頂きもーす」
味のある木製テーブルの向こうでちょっと良い椅子に座ってるへらへら口調が、事務階級のブラン=ジーナ教官だ。卓上には高級そうな箱に入った妙な形のクッキー、つくづくこの人は土産菓子が好きである。
「これはめでたいねーやっぱり。ゲウムの任務なんかもう雑用雑用特攻!!って感じで。あんなひどい任務内容で昇級基準なんか満たせるか!って思ってたんだけどね。大型三体いる戦場で生き残っちゃったら、流石に本部も対応せざるを得なかったみたいだ。」
「ゴーレム型三体はふざけてるとしか思えないよな、あれ『サルビア』階級の調査漏れしてた箇所だったんだろ?雑にあてがいやがって。」
「ほんとほんと。今度はどんな嫌がらせしてやろうかな、『トイレにアント型ドッキリ』とか?」
「っはは、そりゃいい。俺が活きのいいの連れてきてやるぜ。」
「ね、絶対いいよね。・・・」
「「まぁやらないけど。」」
フロリスに彼ほどのひょうきん者はそういないし、彼ほど『のらりくらり』という単語の似合う男もいない。事務階級としての実力は結構なもので、事務長兼司令兼教官として東防衛区のゲウム階級を任されてる切れ者だ。日々ゲウムの支給品の品質向上願を出し続け、ソシャゲーの初期装備同然だったゲウムの戦闘環境を少しずつ良くしてくれている、まあいい眼鏡である。
「そうしたらやっぱ俺、遂に今日からエアコン付きの宿舎に泊まれるってことか。」
だがいくらブラン教官に思い入れがあるといっても、昇級するなら話は別だ。昇級は昇給、妙な制限からも解放される。フロリスの給料だけで生計立ててる高校生の俺としちゃ、空飛ぶ翼を得るようなものだ。
「いやー、ブラン教官には世話になったなぁ。俺、一生忘れないぜ。」
「あーうん、それでここからが本題なんだけど。」
「ん、なんでもきやがれ」
「君だけ『ゲウム第七部隊』に残ることになったから。」
「・・・・・・はえ?」
その瞬間、空気は凍り付く。が、ブラン教官は両手を組んで顔を隠しながら、肩をプルプルと震わせている。状況が、掴めない。
(今、この教官なんて言った。この間の任務で功績をあげたゲウム第七が、俺以外全員昇級。俺、以外だ?)
「ブラン教官?俺ゲウムのままなのか?宿舎も今までのまま、もしかして給料も?」
「そうだよ。」
「マジ?」
「ッ・・・なはははは!!予想通り目が点だ!マジマジ、おおマジなんだよこれが!びっくりしただろ?僕もびっくりしたよ!〇四主装備の白兵戦で囮役を買って出て、ゴーレム三体のミサイルを引き付けた後に生還ってちゃんと記録に残ってる君が!ゲウム!ド底辺のゲウムね!!っはははは!もう傑作すぎて笑いが止まらないよ!!・・・・・・まあ止まるんだけど。」
ブラン教官は腹を抱えて笑ったかと思えば、スッと姿勢と表情を戻して眼鏡を光らせる。
「理由、聞きたいよね。」
「そらもちろん」
「じゃあ教えてあげる。まず表向きの理由は、君が独断専行して死にかけたから。今回は上手くいったみたいだけど、『ジニア』四人と『イキシア』一人のテンプレート編成では都合が悪いそうだ。囮役は確かに有効な手だったけど、主流のローテーション戦術はそういうイチかバチかみたいのをとことん捨て去った戦術だからね。あぁつまらないったらない」
真っ当な理由ではあった。『ジニア』に『イキシア』、俗に言う『一般兵』に求められるのは運でも身体能力でも瞬発力でもなく、体力、それと従順さである。だから俺がどれだけ勇敢に逃げ切ろうがチームワークの証明には程遠いというか、むしろ遠ざかっている。
「まあ、納得できる理由ではあるか。・・・けど、表向きってのは?」
「もちろん、裏があるってこと。・・・本当の理由は、フロリス内外の情報操作のため。分かりやすい言い方をすると、・・・まぶっちゃけ隠蔽っ!わかるでしょ?隠蔽工作。楽しいねぇ工作は、都合のいい材料を選んだ上に手を加えれば、見栄えのいい作品が出来上がる。フロリスは整った見た目、『秩序』に結構気を遣うんだ。」
「秩序ねぇ、確かに乱れるよな。新入りのひよっこが大活躍なんてニュース、話題性があっていけねえや。」
「ご名答。戦場で活躍する高校生がいるーって世に出回ると、ちょこっとフロリスの見栄えが悪くなるんだよ。古代兵器ってホントは弱いのかな、フロリスって実は大したことないんじゃねとほらこのようにだね?机上は荒れて、外側からはフロリスに回って来てる税金への不満、内側では誇りを傷つけられた可哀想な戦士たちがストライキを起こしかねない。少なくとも白い塔のお偉いさんは、そう判断したみたいだね。」
耐えた部隊は偉いから昇進、生意気な下っ端高校生は今まで通りゲウムで雑用。最恐の敵と戦う最強の味方っていうイメージを崩さないために、高校生の俺の級を上げるわけにはいかなかったんだろうと、ブラン教官はそう続けた。
「少々くどかったね。ここいらで僕からの話は終わりにしようか。・・・でも、不満はないのかい?」
「まあ面倒な話だけど、害虫駆除に徹するだけじゃ花屋は到底務まらないってこったな。不満はありありだけど、キレるほどじゃあない。前もそんなことあったしな。」
規律を重んじる一般兵、秩序を重んじるフロリスね。適材は適所、ゲウムでハチャメチャやってた方が俺らしいのかもしれないな。そういった具合で話を結んで、俺は応接室から出ていこうとしたんだが。
「───待った。」
「な、なんでしょう、ブラン教官」
振り向くと、メガネが光っている。
「いやね、僕なーんかおかしいと思ったんだよ。あの戦闘記録には〈ゴーレム型三体は誤作動を起こして自滅した〉ってさらーっと記載されてたんだけど、ちょっと考えてくれよ。・・・うん、そんな偶然あるわけないよね。ちょっと変わった電波が飛んでたって、ゴーレム型が仲間内でミサイルを直撃し合うなんてあり得ないんだ。」
ブラン教官は、机の下からガラクタを取り出して言った。
「それで気になって実地調査させてみたら、現場からこんなものが。あは」
それは蜜柑の皮みたく銃口の裂けた、見覚えのある零四式実弾銃の残骸だった。
「外から爆破されてボロボロになってるけど、それとは別に内側からも爆発してるんだ。このスパークドライバーの芯を見れば、誰かが意図的にやったことは一目瞭然なんだよね。武器を破壊する目的?うん、そうじゃない。僕は考えた。これは百発撃っても倒せない相手を、予想外な一発で倒そうとした奴がいた。ってね」
ブラン教官はクッキーを齧り、紅茶を味わってから、不敵な笑みを浮かべる。そうだ、よく知っている。あれはヘラヘラ口調でも隠し切れない、ブラン=ジーナ司令長官の本性だった。
「───君がやったんでしょ?ゴーレム型。」
「うげっ」
「たっはー、あたりだ。」
「・・・なんでバレた?」
「いやいや、君しかいないでしょうよ、こんな面白いことやるの。オーバーヒートが原因で廃棄処分同然だったこの武器の欠陥を、わざと過負荷を与えることで切り札に転じるだなんてさ。しかももっと面白い事には、君がその方法で倒したのは一体だけだ。・・・ックク、それがまだ落ち葉掃きの『ゲウム』って・・・っははははは!!本部の人って変わってるんだね!なははははは!!」
「やアンタだけにゃ言われたかねぇだろ・・・それに、ただのラッキーだって。」
このクレイジーなベテラン眼鏡が何故『ゲウム』担当の教官なんぞに甘んじているのか、俺にはさっぱり分からないのだ。この男はいつでも、周りの追従できない領域でふざけた大笑いをしているのである。
「僕から見れば、三階級特進、ゼフィランサスへの昇進くらいは当然だと僕は思うよ。・・・だってさあ、塩川君」
一瞬、眼鏡の奥の細い目が鋭い眼光を放つ。ブラン教官がごくたまに見せる、爪を隠す大鷹の目だ。その目は俺の眼球を直線で捉え、冷静さを保ちながら牙を剥いた。
「───『運』という言葉を、僕は全く信用しちゃいないんだ。ただの偶然、乱数のいたずらが重なっただけで生き残れるほど、戦場は生易しい場所じゃあないでしょう。君の『ラッキー』の裏側が、僕は気になってしょうがないよ。・・・『幻の三連星』の、最弱無双くん?」
「・・・。」
「なはははは!!なーんてね!昨日不運にも書類の束を押し付けられたから、これは何者かの陰謀に違いない思っただけさ。それじゃ、さっそく雑用任務が来てるから、明日からも頑張ってね!今のゲウム第七は君一人だけど、その内新しく入る予定だからよろしくー。」
「はぁ。それじゃあ俺、もう失礼しますよー」
「あーい!あ、そうそう!西防衛区で買ったお土産、どうだった?おいしかったよねぇあの大福!今度出張行くときにリピートしたいんだけど、何味が良い!?」
どうやっても、把握させてくれない眼鏡である。この隙のないお土産好きは二年前からこの調子で、両親を亡くした俺の親父替わりすらこなしているのであった。
「・・・なんつーか、あんたには適わねえな。」
情緒不安定と紙一重の切り替え上手に苦笑を漏らし、俺は部屋のノブに手をかけて言った。
「きなこ味で。」




