オレの体、使い過ぎじゃね?
え、え、夢?
あれだ、殴って痛かったら現実っていう。
とりあえずマスオを殴ってみよう。
……ってマスオがいねえ。
そもそもここはオレの部屋だ。
スマホの画面に反射して映る目つきの悪い顔は、間違いなく堤燕太だ。
日付も確認してみる。
2018年3月6日。
オレが異世界に行ったのは8月だった。
半年以上過ぎている。
ということは、異世界に行っていたのが夢っていうのはあり得ない。
この半年の日本での記憶はないからだ。
そして何より、オレの部屋がきれいにされている。
エリオットが整理整頓したんだろう。
ふと枕元を見ると、サファイアのペンダントが置いてあった。
これは母さんがもってたやつだ。
確か、当時オレがむしゃくしゃして売って金にしようと勝手に持ってきたんだっけ。
それよりフィル王国に戻らなければ。
何もかも中途半端だ。これから出発の計画を立てていたところなのに。
やっと攻撃魔石を実用化できる希望が見えてきたんだ。
クレアの努力が実るっていうところなんだ。
でも戻り方が分からない。
意味深なのはサファイアのペンダントだが、触ったところで何も起こらない。
「サッちゃん?いないのか?」
サファイアに話しかけても、うんともすんとも言わない。
ダメだな。
居ても立ってもいられない状況だが、戻る方法が分からない。
ひとまずサファイアのペンダントは常に持ち歩こう。
これがきっかけになるかもしれない。
それより何でアラーム掛けてたんだ。
もしかして学校行ってるのか。
エリオットならあり得る。
でも学校行ったところで、あれだけ素行不良のオレの居場所はないだろうに。
ただ半年経過しているからな。
今の日本、今のオレの状況を確認しておきたい気持ちはある。
オレが日本に戻っているということは、エリオットがフィル王国に戻っているんだろう。
ファイはオレと彼が入れ替わっていることを知っている。すぐ状況を理解するに違いない。
彼は頭が良いから、ファイとも知的戦略を駆使してうまくやってくれる。
でもエリオットは保守的だから、サース王国に立ち向かう気がないかもしれない。
早いところ、オレと代わってもらわなければ。
リビングに降りると、母さんは居なかった。
まだ寝てるんだろう。
相変わらず家の中の様子に変わりはない。
ただテーブルの上に大量の万札が置かれている。
エリオットは小遣いを受け取ってないんだろうか。
財布を確認すると、それなりに金は持っている。
スマホを見ると、決済アプリと口座が紐づけされており、十分に金はあった。
は?
オレの口座って金入ってなかったと思うけど。
エリオットってオレの体使って何やってんの?
え、怖い怖い怖い。万能な知能の奴、怖い。
キッチンに置いてあった食パンを見つけ、朝食を済ませる。
制服に着替えて支度し、ひとまず学校に行ってみることにした。
内心、緊張していた登校だったが、誰もオレを見ても特に反応しなかった。
前は怯えたりヒソヒソとオレのことを話したりしていたが、それは見受けられない。
教室に行くと森田が声をかけてきた。
「おはよう、堤君」
「お、おはよう」
森田ってオレのこと相当ビビってたよな。
こいつから金を巻き上げてた記憶もある。
「昨日言われた課題って終わった?結構、量があって大変だったよね」
課題?そんなもんは知らん。
もし出来てなかったらノートを写させてもらおう。
ひとまず、ここは話を合わせておくか。
「ああ。課題多かったよな」
オレは自分のノートを少し開いてみた。
「流石だね。堤君、全部終わってるし見やすく書いてる」
隙間から森田が覗き込んだ。
な、なんだこいつ。こんな親しげな距離感じゃなかっただろうが。
エリオットが交友関係を整えたのか?
しかも課題も全部終わらせるなんて。
そりゃあ、流石の王子様だわ。
授業は相変わらず意味が分からないし退屈だった。
途中で教室から出ていこうと思ったが、みんなが真面目に授業を受けている中で、それは出来なかった。
昔のオレなら構わずに出て行ってただろうな。
オレ、変わったな。
昼休みも森田は昼食を誘ってきたり、他のクラスメイトも用事があれば躊躇わずにオレに話しかけたりしてきた。
こんな生活が出来るとは思ってもいなかった。
かなり戸惑っているが、今日は周りの様子に合わせておこう。
空いた時間にスマホのLINEを見てみた。
全く知らない人たちとやり取りしている。
しかも何故か女の割合が多い。
やり取りを見ても、他愛のない話でどういう関係か分からない。
ただ『玲奈さん』という相手とは深くやり取りしているようだ。
どうやら入れ替わりのことを知っているらしい。
何者だ、この女。信用出来るのか?
今朝もLINEが入っている。
『昨日は電話に出られなくてごめん。私も話したいことがあったから、夜に電話してもいい?』
そういえば、昨日もこの女と電話をしようとした履歴があった。
過去のやり取りをスクロールすると、エリオットが口説き文句を玲奈に頻繁に送っていた。
クッ……
クッサ……。
クサすぎてこっちが恥ずかしいような内容を送っている。
王子様だからってクサすぎる。
それをオレの体で送らないでくれ。
え、この女、その気になってないよね?面倒なんだけど。
とりあえず、まだ電話はしないでおこう。
素性が分からない奴といきなり電話なんて浅はかだ。
入れ替わりの事情は知ってるようだから、多少ぶっきらぼうになっても問題ないだろう。
実際、オレとしては警戒心の方が強い。
文章のやり取りで様子を見る。
『あんたは何者だ?』
夕方になり、ようやく学校が終わった。
「久しぶりすぎて、めちゃくちゃ疲れた……けど」
円華は、元気にしているだろうか。
面会に行きたい。ダッシュで行けば面会時間ギリギリか。
そう思っているとスマホのバイブが鳴った。
見てみると通知画面に『18:30からバイト』と表示されている。
バイトしてんの?王子様が?
王子様、何してんの?マジで。
時間的に家に一度帰るのは難しいだろう。
バイトってどこだよ。何のバイトしてんだよ。
スマホのデータを隈なく探してみると、電話帳にスーパーの連絡先が入っていた。備考にバイト先と入力されている。
面会にも行きたかったが、エリオットは欠勤することなくバイトに行っていたタイプだろう。
それなのに直前に休むと妙に怪しまれる。
ここは彼が日本で築いてきた生活の流れを崩さないように、バイトに行くことにした。
バイト先のスーパーに行くと、後ろからいきなり肩を組まれた。
「お疲れー、チュン太。バイトのタイミングが一緒になったね」
同じ年頃の女だった。
「は!?な、なにしてんの、お前」
「どうしたのチュン太?何か口悪くなった?もしかして、びっくりして素が出たとか?」
笑いながら女は背中をバシバシ叩いてくる。
会話からしてバイト仲間のようだ。
何、この距離感。この女がヤバいのか、エリオットの女の扱いが上手いのか。
あいつサイラー王子と昔からの付き合いだったから、やっぱあいつもナイトプール野郎か。
バイト内容はレジ打ちらしい。
レジの通し方は普段の買い物で見ているから分かるが、細かい業務は分からないため、先程の沢北という女に聞きながらやり通した。
様子がおかしい、と彼女に不審に思われたが「ちょっと最近疲れでボーッとする」と説明した。
何か言いたげな表情ではあったが、オレに業務のことを教えてくれた。
バイトが終わったのは22時だった。
夜じゃん。
朝からオレ、ずっと何かしてんじゃん。
過労過ぎないか。
エリオット、マジで何やってんのあいつ。
家に帰りつき、自室へ直行した。
母さんはリビングにいたが、相変わらずテレビを観ていた。
ちょっと、瘦せたかな。
「マッジで疲れた……。フィル王国でもこんな労働しねえだろうが」
ベッドに横になり、大きく溜息をついた。
日本に帰ってきたら帰ってきたで、やらないといけない事が多い。
円華に会って顔を見たい。
学校とバイトを続けないといけない。
エリオットが半年間で何をしていたのか調べないといけない。
オレは改めて自室を見回した。
元々はかなり散らかっていた。
要るもの要らないもの、全てごちゃ混ぜにしていた。
今は綺麗に片づけており、勉強机は教科書やノートがきちんと並べられている。
部屋の小さなゴミ箱も溜まっておらず、頻繁にゴミ袋にまとめている様子が窺える。
「これは……」
勉強机の引き出しを開けると、分厚いファイルが入っていた。
中にはルーズリーフが相当な枚数綴じられている。
「これは、日記だ」
エリオットは日本に来てからの日記をつけていた。
ざっくり見たところ、何をしたのか、何が起こったのか、何を思ったのかを記してある。
これはかなり重要だぞ。さすがエリオット。
今から全て読みたいが、今日はあまりにも瞼が重い。
でも、これだけは。
オレはボールペンを取り、一番最後のルーズリーフに書き出した。
『2018年3月6日。エリーこと堤燕太は日本に戻っていた』




