社会人の相手、重くね?
燕太と会わなくなって何か月経っただろうか。
朝起きてから。仕事の合間。
時間がある度に燕太との過去のLINEを見返している。
今だって家に帰ってからも見返している。
彼とは最低限のやり取りしかしていない。
それもそうだ。
私が返事をはっきりしていないから。
仕事が忙しいことを理由に慶との関係も曖昧にしている。
それを正さなければ。
スマホの写真フォルダを漁った。
永遠と画面の下へとスクロールすると、彼と一緒に撮った写真が徐々に表れた。
この時は純粋に楽しかった。
デートに行ったり、食事をしたり。
私は写真を撮られるのが苦手な方だったが、彼となら撮ってもいいと思った。
もう、全然写真撮ってなかったな。
私は慶とのLINEも見返しながら、今までの慶との付き合いを思い出した。
私は慶のことが好きだ。
でも彼が転勤してから、二人の時間が徐々にズレ始めた。
都合を合わせてデートするのも難しくなった。
仕事が原因だ。
仕事が原因……。
本当にそうだろうか。
職場で顔を合わせることがなくなって、最初は寂しくてお互い頻繁に連絡を取っていた。
でも、職場で会わないことに慣れてきて、今度は連絡を取るのが鬱陶しくなってきた。
彼がいなくても今までの生活に戻っただけで、不自由に感じていなかった。
それでも彼は私に連絡してくれていた。
私は自分を優先して、彼のことは二の次だった。
そのうち彼は「ちょっとでも会えないか」と連絡するようになった。
それすらも拒否すれば、彼との関係は終わるだろう。
何故か私はそれが嫌だった。
だから仕事で疲れていても、呼び出しがあれば会いに行った。
短時間しか会えないならば、愛を確かめる方法は一つしか思いつかなった。
その結果が、いつもの朝帰りだ。
それを何度も繰り返している。
何で私は彼との関係を終わらせることが嫌なのか。
好きだから。
好きならば、どうやってでも彼のために時間を作り、自分から連絡するものではないのか。
燕太のためには時間を作った。
日本のことを知らないから、教えてあげないのは可哀そうだから。
人としての善意だ。
今はどうなのか。善意が本心か。
何故燕太と出会う前、慶のために時間を作らなかったのか。
答えは出ていた。
自分を好きでいてくれる人を手放したくなかったから。
本当に自分は最低な人間だ。
『今から会えない?』
無理かもしれないが、気持ちに整理がついたなら早めがいい。
慶にLINEを送り、返信を待っていた。
通知音が鳴り『いいよ』と返信が届いた。
私から連絡すること自体、かなり久しいので彼も意図に何となく気付いているのかもしれない。
支度をして、彼のマンションに向かった。
マンションに到着すると、彼がエントランスで出迎えてくれた。
いつもは私がインターホンを鳴らして部屋に直接行くのに。
3月といえど夜はまだ冷える。ダウンジャケットを着た彼は寒そうにしていた。
「どうしたの?玲奈から連絡するのって珍しいね」
「ちょっと話したいことがあって」
「ここで話した方がいいかな?」
「……うん」
彼はもう分かっているようだった。
「あのさ、単刀直入にいうと別れてほしいと思って」
慶は突然吹き出した。
「相変わらず玲奈って直球だよね。そこが好きだったんだけど」
「いや、ちょっと笑い話じゃなくて」
「分かってるよ。お互い環境がちょっとずつ変わってきて、なかなか時間を作ることも出来なくなって。玲奈と会っても、前みたいに純粋に笑ってる顔も見なくなってたから、もう俺のことが好きじゃないんだろうなって思ってた」
「ごめん」
「でも俺は好きだったから、玲奈の気持ちを聞き出すのが怖かったんだ。だからずるずると関係を続けてた。こうなるくらいなら、転勤が決まった時に一緒に暮らそうっていえば良かったのに、俺はそれを伝える勇気がなかった。今更悔やんでも仕方ないけど」
「……ごめん」
「謝らないでよ。俺は玲奈と一緒に過ごした時間はすごく楽しかったよ。玲奈も最初の頃は楽しかったんじゃないかと思ってるけど。謝るくらいなら、お礼が言われたいな」
泣きそうな顔で、慶は無理矢理笑顔を作っている。
こんな顔にさせてしまった自分が嫌いだ。
でも、気持ちを正直に伝えないままの自分は大嫌いだ。
「……ありがとう、慶。私も慶と過ごした時間は本当に楽しかったよ」
私も泣きそうになりながらも、彼を見て微笑んだ。
「よし。その笑顔は本物だね」
慶は右手を差し出した。
「今までありがとう。これからも元気で頑張って」
「うん、ありがとう。慶も頑張って」
その右手をしっかりと握り返した。
慶の家の最寄り駅に向かい、改札を抜ける際にスマホを見ると、燕太から着信が入っていたことに気づいた。
燕太の名前を見るだけで胸が高鳴る。
妙に緊張して全身が強張る感覚がある。
改札を抜け、ホームで深呼吸してから電話をかけるも繋がらない。
『ただいま電話に出ることが……』
その時、電車到着のメロディが流れ始めた。
留守電に残すのは無理だ。そのまま電話を切った。
その日は、もう燕太から連絡はなかった。
翌日の朝、私は燕太にLINEを送った。
『昨日は電話に出られなくてごめん。私も話したいことがあったから、夜に電話してもいい?』
頻繁にスマホを確認していたが、返信はなかった。
昼休みにも確認すると、ようやく返信があった。
『あんたは何者だ?』
どういうこと?
そんな、いきなり他人行儀に。
意味が分からなかった。
すぐに燕太に電話したが、出なかった。
『どういう意味?』とLINEも送ったが、既読になるも返信はなかった。
頭が混乱している。
私が気持ちの整理をつけるのに時間がかかったから、愛想を尽かしたのか。
だからって、あんな素っ気ない態度をしなくても。
いや、あいつは人に対して平気で傷つけることはしない。
落ち着け。落ち着いて様子を見ていこう。
『私のことを覚えてない?』
続けてメッセージを送った。
その日はもう、既読にもならなかった。
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日本に戻ってきて5日目。
ようやく土曜日になった。
あまりのハードスケジュールに気を失いそうだったが頑張った。
マジでオレは頑張った。
労働だってしてんだぜ。
いつもならマスオがコーヒーを入れて、お菓子も持ってきてくれるんだけどな。
「ちょっと働いたくらいで疲労感を全身で表現しないでください」
とか調子こいたことを言ってくるんだけどな。
あ、なんかムカついてきた。マスオ殴りたくなってきた。
でも、全部自分でしないといけないよな。普通はそうだ。
こっちの世界はスマホもゲームもあるし、食べ物だっていろいろある。
生活しやすくて便利なのは、間違いなく日本だ。
それでも、フィル王国での生活は悪くなかった。
周りにみんながいてくれた。
支えてくれる人がいた。
絶対に戻らないとな。
さて、この5日間でちまちまエリオットの日記を読んでいた。
そこでまず致命的なことを彼はしでかしていた。
円華のことだ。
入院した経緯を知ろうとして、円華とうまく会話が出来ず過呼吸にさせてしまったらしい。
しかも面会時間外の夜に行っていたようだ。
何故エリオットはオレの家庭に首を突っ込もうとする。
あの状況で生活するのも息が詰まるのは分かるし、妹のことを想ってのことかもしれない。
実際にオレも妹に何も出来なかった。
でも円華を直接巻き込むのはダメだろ。
さすがにオレもエリオットに怒りを覚える。
それがあったため、オレも円華にすぐには会いに行けなかった。
円華の心の負担に加えて、病院側にも面会を止められる可能性が高いからだ。
でも、もうそろそろいいだろう。
今日こそは会いに行きたい。
そしてもう一つ。
玲奈という女について。
どうやらオレと入れ替わってすぐに出会ったらしい。
異世界のことをすんなり理解して、いろいろと協力してくれるようだ。
しかも玲奈の家に泊まったこともある。
断られたが社会人の彼女相手に結婚も申し込んだ。
こっわ……。
世間知らずの王子、マジでこっわ……。
オレの体でオレの人生勝手に作らないでくれよ……。
更にはカーディガンを借りて今も返していないらしい。
部屋に見覚えのない女ものの服があるとは思っていたが、これだったのか。
え、普通に気持ち悪いんだけど。
知らん女の物が部屋にある状況って落ち着かねえよ。
日本には異世界モノの小説とかアニメとかあるし、玲奈はそれの知識で理解したんだろう。
日記を見る限り、危害を加えたりエリオットを利用したりすることはないようだ。
まだ不安感は拭えないが、事情を知る協力者はいた方が良い。
LINEも放っておいたけど、一度電話をかけてみるか……。




