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ホームシックですか?

夕食を終え、スウェット姿の少女が戻ってきた4人部屋の病室。

「ここからが長いのよね。寝るには早いし、することもないし」

「早く退院したい。私どこも悪くないのに」

「悪いから入院してるんでしょ……って、いつもこれ言ってるわね。じゃあ、とりあえずお休み」

各々がカーテンを閉めて仕切りをつくる。

毎日行われているそのやり取りを少女は気にも留めず、自分のベッドに潜り込んだ。



病室のドアをノックする音が聞こえる。

円華(まどか)ちゃん、お兄さんが面会に来たよ」

また、か。

円華と呼ばれた少女は、けだるそうにベッドから起き、長い髪を手櫛で軽く整えてから面談室に向かった。



「円華ちゃんのお兄ちゃんさ、最近夕方の忙しい時間帯に面会来るのやめてほしいよね。日勤の職員が帰って人がいないんだから」

「高校生で家庭が家庭だから仕方ないって病院側が許可してるから、どうしようもないけどね」

看護師たちの話し声が聞こえる。

兄は一時しか病院にいないが、入院している自分はこのように言われても居続けないといけない。

かなり居心地が悪い。





面談室のドアを開けると、学生服を着た燕太が椅子に座っていた。

「すまない。バイトが忙しくなって頻繁には来られなくなった」

「いいよ、別に」

円華は向かい合うように椅子に座る。

「体調は変わりないか」

「うん」

「食事も摂れているか」

「うん」

円華は伏し目がちに答え、聴取でも受けているかのような会話が続く。

「……お兄ちゃんってさ、何しに来てるの」

「何って、円華の様子を見に来てるんだ」

「変わったよね。お兄ちゃんを辞めちゃったんだ」

燕太は怪訝そうに見つめる。



「様子を見に来るなんて観察されてるみたい。今までは面会時間も守って純粋に私に会いに来てくれて、病院の外のこととか、いろんな話を聞かせてくれたのに」

「……そう、だったね」

失敗した、燕太は焦りを覚えた。

『燕太』がどのように妹に接してきたかが不明なため、手探りで会話をしてきた。

さらに妹は心を病んで入院しているため、より慎重になる必要がある。

「どうだっていいんだけどね。お兄ちゃんが私のために何かをしようとしたって、私はずっとここで過ごすしかないんだから。先生は『環境が整えば退院出来る』って言ってたけど、環境が整う訳ないじゃない。思い出したくもないし」

「環境が整うようにワタシなりに努めているんだ。ただ……」

ただ、情報が未だに掴みきれていない。

円華が入院することになった原因は両親の離婚話だと分かっているが、その詳細が分からない。

それを直接訊き出すのは彼女に負担がかかる。



「もういいよ。この話は止めよう」

「いや、それでは円華はずっとこのまま……」

「だったら、なんで私は入院しているのよ!あの時、お兄ちゃんだって何も出来なかったじゃない!今更、前みたいにみんなで生活していくなんて無理な話でしょ!」

声を荒げた円華は、肩で息をして呼吸が乱れ始め、徐々に過呼吸になっている。

燕太は面談室を出て看護師を呼んだ。

看護師が声を掛けながら、円華は呼吸を整えて落ち着いてきた。





これ以上の面会は負担になるため、燕太は帰ることにした。

病棟を離れようとした際、看護師に呼び止められた。

「あのね、円華ちゃんのお兄ちゃん。何の話をしてたのか知らないけど、円華ちゃんは心の病気で入院してるってことをちゃんと考えてね。聞きたくないことをお兄ちゃんが話したから、ああなったんでしょ。病状を悪化させてどうするの。もし円華ちゃんが嫌なことを思い出して突発的な行動を取ったらどうするの。これから夜勤の職員しかいなくなるんだし、何かあっても対応出来ない場合だってあるんだから」

看護師は腹を立てて燕太に注意している訳ではない。

患者のために、仕事のために至極当然なことを説明している。

それは燕太も理解出来た。

だが、妹のために起こした行動なのに汚点として自覚させられた。

全てが胸に深く突き刺さる言葉だった。










手詰まりだろうか。

自宅の自室に帰ってきた燕太は頭を抱えていた。

今の家庭の状態になった理由としての推測は、こうだ。

父親が不倫し、離婚話を持ち掛けたが、母親が拒否。それで妹は心を病んだ。燕太も中学生の途中から学校を休みがちになった。



なぜ父親は不倫したのか。

なぜ母親はあれほど離婚を拒否するのか。

なぜ妹は現状維持を続けているのか。



家庭が崩壊する前の状態に戻すことはおそらく不可能だろう。

母親を正気に戻す方法も思いつかない。

妹と二人で暮らす手もあるだろうが、彼女がそれを望むか分からない。

彼女が何を望むのか、それを聞くためには過去の傷に触れる必要がある。

分からなければ、妹が帰ってくる場所の環境を整えることが出来ない。





いや、駄目だ。

妹から情報を引き出すのは、やはり彼女を更に傷つける。

何より、自分都合で接しており、兄として妹の気持ちを考えて接することが出来ていない。

これではエリオットの時と一緒だ。



話の通じない母親からも情報を引き出すのは困難。

父親は居場所が分からない。

一度スマホに電話をかけたことはあるが、当然のように繋がらなかった。





『燕太』に聞き出すことが出来れば一番なのだが。

そう考えるも、それは無理なことだと、すぐに考えを改めた。



この世界でも妹を救えないなんて、したくない。

しかし、このままでは、ただただ時間だけが過ぎていく。

心が折れそうになる。





協力者がほしい。

支えてくれる人がほしい。





燕太は先日のバイトの歓迎会を思い出した。

『いつでも相談してね』

『作り笑顔なんてしなくていい』

そう声をかけられたのに、自分を開示することがひどく怖かった。

そういう世界、そういう環境で生きてきたから。

今までの生き方を簡単には変えられない。





いつから自分を隠すようになっただろうか。

子供の頃は、元気に外で遊んでいた。

母の注意も聞かず、遊びたいと我儘を言って、走り回って怪我もしていた。

クレアが生まれて、歩き回るくらいになった頃、彼女はよく一人で外に出て行こうとしていた。

外は危険だ、自分が守ってあげないと。純粋にそう思って自ら剣術を父に希った。

その姿を見て、父は魔石の作り方を通例より早めの年齢でエリオットに教え始めた。

剣術も魔石生成も厳しく教えられた。


自分の気持ちより、妹を守ることが優先。

ひいては、王子として国を守ることが優先。

そうするうちに、自分を律するためには自分の弱点は絶対に知られてはいけない、そう囚われていた。

そんな姿を見て、周りも『一国の王子』として礼儀を弁えて接するようになった。

そんな姿になったから、疎外感にさいなまれていた妹が余計に壁を作り始めた。




でも、そうやって生きてきた。

それで慣れていた。

だから余計に今の環境は耐え難いところがある。






元の世界に帰りたい。



あの生き方が楽だから。







ふと我に返り、燕太は大きく溜息をついた。

何を考えているんだ。

日本で生きて、学ぶべきことを学ぶと決意したのに。




彼女に会いたい。

安心感がほしい。

自分が弱さを曝け出せるのは、彼女しかいない。




最後に会ってから、彼女はまだ返事をしてくれていない。

恋人のことが整理出来ていないのだろう、と燕太は感じていた。

それでも構わなかった。

一方的な我儘でも、今は聞いてほしかった。




燕太は玲奈に電話を掛けた。

コール音が鳴り始める。

きっと出てくれる。そう願っていたが、コール音は永遠と鳴り続ける。



出ない、か。

燕太は電話を切った。

仕事が長引いているのかもしれない。

仕方がない。

今日は入浴を済ませて、もう休もう。

着替えを準備し、燕太は浴室に向かった。




スマホのバイブ音が鳴る。

だが燕太が電話に気づくはずもなく、留守電サービスに繋がった。

『ただいま電話に出ることが……』

途中で電話は切られた。




入浴後、着信があったことに気づいた燕太はその相手が玲奈だと確認した。

しかし留守電メッセージは残っていなかった。



これが答えなのだろう。

虚無感に浸りながら、床に就いた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







スマホの目覚ましのアラームが鳴る。

うるせえ。耳障りだ。

えーと、アラームってどうやって切るんだっけ?

ああ、ここをタップして……。



「はああああああぁぁぁあ!?」

目の前の光景にオレは驚愕した。

日本に戻ってきている!?

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