オレの生き様はこうだ!~嫌いじゃない~
正気に戻ったアーリェは力なく倒れているリカーラを抱き起こした。
「リカーラ、リカーラ。意識はある?」
「あああ、ううあ……」
顔が腫れていて、うまく喋れない様子だった。
「ごめん。一方的にやり過ぎた。貴方もいろいろ考えがあってのことだったんでしょ?少しずつでいいから、聞かせて」
アーリェはリカーラの頬を撫でた。
「あな、たを……ひとり……」
「ひとり?」
「私の、傍……」
口が思うように動かない。
それだけじゃない。
死に際であるのに、まだ自分の愚かな気持ちを伝えることが出来ない。
リカーラは悔しさのあまり涙が溢れだした。
『貴方を独り占めして、私の傍にいてほしかった』
それだけの事が、出てこない。
それほどの事だから、出てこない。
「そば、に……そばに……」
「独りで怖かったのね。私が来るまで、たった一人の女性で独りぼっちだったもんね。今はみんなが貴方のことを好意的に想って信頼していたんだけど、それが反対に負担をかけていたのかな」
違う。そういうことじゃない。
リカーラは声を上げて泣いた。
「アリリもね、信頼してたのよ。あんまり口数が少ない子だけど、話すときは大体貴方のこと。好きだったのよ、あの子も」
アーリェはリカーラをそっと抱きしめた。
「あたしも貴方の事が好きよ。国のためにこんなに支えてくれるなんて心強かったもの」
違う違う違う。
違う、けど。
今から死ぬ私には相応しい最期だ。
リカーラは泣き疲れて、ゆっくり目を閉じた。
「……リカーラ。貴方はこれだけの事をしてしまった罪と、決闘の決まりに従ってここで最期を迎えないといけない」
アーリェは彼女を抱いたまま、右手の拳に力を込めた。
「何か話しておきたいことはある?」
リカーラは首を振った。
「今までありがとう、リカーラ。ゆっくり休んで」
アーリェはリカーラの胸に拳を突き、心臓を貫いた。
--------------------------
クライルでのミッションが終わって一週間経った。
オレはファイの帰りを待っていたが、何も音沙汰なかった。
サッちゃんが言うには、ファイにこっそり持たせた防御魔石は発動していないので攻撃は受けてないだろうとのこと。
相性が悪い、蝕の精霊がいる決闘場に入っていなければ、の話だが。
釘刺しておいたし、あいつは冷静だから大丈夫だろう。
だから死んではないと思うけど。
でも実は何か持病があって、それで死んだとかなら発動しないかも。
あいつ不摂生だから、あり得る線か。
競馬狂いだし、禁断症状とか。発作の線もあるな。
……え?まずくね?
「エリオット様!」
「発作か!?」
マスオが呆れた表情でオレを見ている。
「何言ってるんですか。ファイローネ様が帰ってこられましたよ」
正面玄関まで行くと、馬車に乗ったファイが帰ってきていた。
服装もいつも通りに戻っている。
「遅かったじゃねえか!死んだかと思ったぜ」
「心配かけたようで、すまなかったね」
「てか、この馬車ってサース王国の?」
「ああ。実はあの輩に管理させてたんだよ。今はあいつら心を入れ替えて、この馬車で送り迎え付きの貸し出しの仕事をしているんだ」
「レンタルサービスか。でも結局盗んだ馬車だけどな」
「外装を変えてるからサース王国のものとは気づかれないだろうね。馬が上等だから、いつかはバレるかもしれないけど。そこまでは自分の範囲外だよ」
手綱を握っているのは、確かにあの時の輩だ。オレの事は女装姿しか見てないから気づいてないらしい。
「で、ちょっと別の国に寄って馬車は帰ってもらったんだけど、用事を済ませてからもう一度利用して帰ってきたのさ」
「ファイローネ様。お疲れでしょうから、まずは中にどうぞ」
マスオが案内し、オレたちは宮殿内に戻った。
ファイは紅茶を飲んで一息ついた。
「マスキッシュが淹れる紅茶は、やはり美味しいね」
「不在にされている間も、何度もエリオット様に淹れておりますから。腕には自信がありますよ」
お菓子もお持ちします、と照れながらマスオは席を外した。
「ここに戻る前に自分の家に寄ったんだけど、アーリェから手紙が届いてたんだ」
「てことはアーリェたちは無事だったんだな。良かった。結局あの後はどうなったんだ?」
「治安部隊は早めに撤退したよ。アーリェは蝕の精霊によって自我を保てずにリカーラを一方的に攻撃していたけど、途中で正気に戻ってリカーラと向き合ったところまでは見届けた」
「決闘場には入ってねえだろうな?」
「すみません、入りました。魔石ありがとうございました」
ファイが、どこかわざとらしく頭を深々と下げた。
「この性格クソ曲がりボーイが。で、その後は手紙に書かれてるってことかよ」
「ああ。あぶり出しで書かれてる。読んでみようか」
蝋燭を用意し、手紙をあぶってファイが読み始めた。
リカーラはアーリェによって殺され、彼女は女王を続けている。
だが、アリリが影武者を演じていたことが知られ、決闘の件はリカーラが起こした事だと説明しても、民は非難轟々だったらしい。
兵士たちの一部も、アーリェを見損なった、と国から出て行っている。
セイシルを始め、変わらずアーリェを信頼する者もいるため、これからまた立て直しをしていくとのこと。
アリリはリカーラに首を絞められていたが、大事に至らず今は元気にしている。
競馬場は、今は通常通りの景品に戻ったため客足は少し遠のいたが、娯楽を求めて変わらずやってくる客もいるため、心配はない様子。
捕らえた治安部隊の男は、彼らの目的について口は割らなかったが、リカーラのことは話した。
彼女は、女王のアーリェが『外部の誰か』と手紙のやり取りをしていることが気に食わず、アーリェがチョーカーを使って影武者を用意し、国を時々不在にすることも気に食わなかった。
その気持ちに協力した経緯は不明だが、治安部隊の介入が指示された。
ロードンは、その介入をするための駒の一つでしかなかったとのこと。
ロードンは今回の件について、サース王国から「競馬そのものを手に入れられる」との話を持ち掛けられ、競馬への介入を始めた。それ以外はほとんど情報を持っておらず、まさに使い捨ての駒だったようだ。
ロードンに、サース王国も相手にするような内容の経済不干渉の契約を取り付け、その契約書とアーリェの親書をサース王国に送った。
サース王国からは「経済不干渉は承諾するが、ロードンは大量の砂糖を他国に持ち込むという違法行為をしたため、サース王国への入国は禁ずる。彼の資産はこちらで処分するが、彼自身についてはクライル国に任せる」との返事だった。
経済を脅かした彼をクライル国で生かしておく理由もなく、彼は処刑された。
治安部隊の男は、まだ情報を引きずりだせる可能性があるため処遇は一旦保留にし、地下牢に閉じ込めているとのこと。彼はほとんど自分で体を動かすことが出来ず、いわば寝たきりに近いらしい。
最後にアーリェからオレ宛てとして、今回の件の協力に感謝と、今後フィル王国が協力を仰ぎたい時はいつでも手を貸す、と綴られていた。
「おそらくリカーラはサース王国に経済干渉と女王への信用失墜を許したんだろうね。自分の国や地位がなくなるかもしれなかったのに、そこまでしても謀反を起こしたかった理由があったんだろう。ともかく、それでアーリェと手紙をやり取りしている自分を陥れるためにも、ロードンが競馬に関わったっていうのが事の始まりだったようだ」
ファイは手紙をたたんで仕舞った。
ロードンは処刑されたのか……。国を潰そうとしたくらいだ、どこかで覚悟はしていたのだろう。
アーリェの手紙の相手がファイだということは、捕らえられた男は聞かされていないようだ。
だが、隊長クラスは聞いていただろう。でないとファイを狙った理由がない。
オレは今回の件で、ずっとファイに言いたいことがあった。
「お前さ、なんで治安部隊の男をあんなに傷つけたんだ。護衛も確保するんじゃなかったのか」
「結果的に護衛じゃなかったし、攻撃してくる可能性があったからだよ。まあ、放っておいても失血死しそうではあったけど。相手は治安部隊なんだ。油断大敵さ」
「その考えは分かるけど、むやみに傷つけて殺すなよ。別の方法を考えてもいいだろ」
「あの時は特に緊急事態だった。エリーを早く助けに行かなきゃいけなかったし、手段を選んでいる場合じゃなかった」
「……それを回避するために、オレはお前に軍師になってくれって言ったんだ。お前なら、なるべく血を流す必要がないように策を練ってくれるんじゃないかって」
ファイの顔が、珍しく一瞬引きつる。
「お前が言っていることは分かる。特にこの世界だと、誰も死なせずに国を守るなんて難しいかもしれない。オレも『サース王国に対抗する。攻撃魔石を実用化する』なんて言ってるんだ。死なせる側になることも覚悟しないといけない。だからこそ、お前は最初に軍師を拒否したんだろ。でもな、だからこそオレは、覚悟を持ったうえで殺さないようにするし、殺されもしない」
「……どういうことだ」
「こんなオレでも、今回よく考えたんだ。もしオレの大切な人、大切な妹が殺されたら、オレは正気でいられないし、そいつが憎くて殺すと思う。でも殺した先には結局絶望しかないんだ。オレが人殺しになったという事が追加された、大切な人がいない絶望の人生が残るだけ。それに堪えることもきっと出来なくなって、苦しくて自殺なんて考え始めるかもしれない。だからオレはもっと鍛えて心も体も強くなる。人を殺すなんてしない。殺される前にそいつを止められるもんなら止める。オレを大切に思ってくれる人が人殺しにならないように、大切に思ってくれる人が苦しまずに生き続けられるように」
ファイは黙ったままオレの話を聞いている。
「オレがこの世界に来て、それなりに時間が経ったけど、認めたくねえけど嫌いじゃない人が増えたんだ。マスオは時々気持ち悪いし生意気な口きくし腹立つけど、オレの様子をよくみて気を利かせてくれる。レイノルドは堅物ではっきり物を言うから腹立つけど、オレの考えをきちんと受け止めてくれる。クレアはまだまだ腹立つことが多いけど、あいつなりに頑張ってる。他のみんなもそうさ。ムカつくけど悪いやつじゃない。見た目はエリオットだけど、オレ自身の性格を見て接してくれてんだ。そんな奴らがいるこの国は嫌いじゃないんだ。だからオレはこの国を守りたい」
オレはファイを指さした。
「で、そんな堤燕太を最初に見つけたのはお前だ。忘れんなよ」
「……なるほど。耳が痛いね」
乾いた声でファイは笑った。
「だからクライルの時のお前を見て、どうしちゃったんだと思ったんだ」
「あの時は冷静さを欠いていた。もう分かってると思うけど自分は昔、傭兵をしててね。人を殺すことは経験しているんだ。だから、いざその場になれば抵抗がなかった。あれだけ拒否していたのにね。自分も大切なものが増えたのかもしれない。以後気を付けるよ」
ドアをノックする音が聞こえ、マスオがクッキーを持って入室した。
「お待たせしました」
「ありがとう。どれも美味しそうだ」
マスオがテーブルにクッキーを並べていると「そうだ」とファイが思い出したように、馬車に積んでいた大きな袋に入った荷物を見せた。
「闘技場に武器がいっぱい落ちててね。何か使えるかと思って拾ってきたんだ」
「お前、物騒なことをしれっとするよな」
クッキーを口に放り込んでから袋の中を見てみると、剣や槍、弓矢など、よく見かける武器が多かった。
「ちょ、ちょっと!あんたら紅茶とクッキー味わいながら血腥い武器持ち込んで鑑賞するって高度な変態じゃないですか!」
「うるせえ、そういう斜め上の趣味の奴も世の中いるだろ」
「この武器とか、センスが劇的に偏ってますよ」
マスオが指をさした。
それは確かに、この世界では見慣れない武器だった。
「これは……」
銃によく似ていた。
何か文字が刻まれている。
「……人の名前?」




