オレの生き様はこうだ!~制帽が似合う男~
闘技場は混沌と化していた。
鳴りやまない野次、投げ込まれる武器。
「ここは一度、決闘場を離れましょう」
セイシルがリカーラの腕を引っ張りながらアーリェに提案した。
「そうだね。埒があかないし、こんな決闘は無効よ」
決闘場から離れるためにアーリェたちは入場ゲートに向かった。
「……出来ませんよ」
失意のどん底にいるような表情でリカーラが口を開いた。
「アーリェ様が決闘場に入ってきた時点で、もう無理なんです」
「どういうこ……」
ゲートに足を踏み入れようとしたアーリェに激痛が走った。
心臓を突き破られるかのような強くて鋭い痛み。
あまりの痛さに胸を押さえ、うずくまる。
「ぐうぅ……あああ……!」
「アーリェ様!?」
リカーラを掴んでいた手を離し、セイシルが駆け寄る。
「何をしたリカーラ!」
「私じゃありません。クライルの精霊との契約ですよ。契約者である国王が決闘場に足を踏み入れたら、命が尽きる程の血を誰かが流さないと、国王は決闘場から離れられない。今まで途中で退席するようなことがなかったから、ご存じないのも仕方ありません」
「じゃあ、どうすれば……」
「誰かを殺すか、自分が死ぬか」
震えた両手で顔を覆い、泣きながらリカーラは呟いた。
「だ……だったら、やるしか……ないね」
痛みに苦しみながらも、アーリェは立ち上がり、決闘場の中心に向かって歩き出した。
そうすると、徐々に心臓の痛みも引いていく。
「リカーラ。分かってるでしょ」
アーリェは振り向いて投げかける。
「訊きたいことは今から話してもらうから」
言われるがままにフラフラとリカーラは決闘場に戻った。
彼女に戦意は全くない。涙で目元の化粧が取れ、ひどくやつれた顔に見える。
これから、自分は一方的に残虐する。
覚悟を決め、アーリェは拳を構えた。
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闘技場まで、あと数分で到着か。
エリーたちと別れ、ファイは韋駄天のごとく駆け抜けていた。
女隊長の口ぶりからして、エリーに精霊が見えてることを勘づかれる可能性がある。
治安部隊の目的もはっきりしていない。
ファイは、彼には回避できる危険は回避させたかった。
「決闘場には近づくな」
エリーから強く念を押された言葉だ。
よっぽど蝕の精霊が危険なのだろう。
だが今までも決闘自体は何度も行われてきた。
今回アリリがアーリェとして決闘する形になり、国王と挑戦者以外も決闘場に入ったため、蝕の精霊がどう判断して動くか分からない部分はある。
しかし、アーリェがそう易々と屈するような人間でないことは分かっている。
ならば、治安部隊を早々に撤退させ、アーリェに手を出さないように防ぐこと。
自分にできることはそれだと、ファイは思考を巡らせた。
闘技場に到着し、観客席から全体を見下ろすと、アーリェがリカーラと闘っていた。
闘う、というより一方的にアーリェが殴っている。
「面白くねえぞ!」と観客は野次を飛ばし、物を投げ込んでいる。
観客席に治安部隊の気配はない。
リカーラ側の入場ゲートに、先程見かけた軍服姿の男が立っていた。
その男は、ファイの方に顔を向けていた。
制帽で顔が隠れているため、表情は分からない。
……この人の多さでバレるのか。
もしくは女隊長が自分の情報を既に漏らしていたか。
ファイは目を逸らさずに思案していた。
すると女隊長がゲートに現れ、軍服の男に何か話していた。
馬車の従者が今頃到着したのだろう。
男は肩をすくめ、拡声器を口に近づけた。
「もはや勝負は最初からついているようなもの!早くとどめをさしてあげるのが王としての情けではないのか!信頼していた側近に対して、最期まで無様な姿を民に見せつけないと気が済まないのか!さあ、殺せ!」
その言葉を聞いた観客は「殺せ!殺せ!」と同調している。
男は拡声器を投げ捨て、闘技場内に戻り、姿を消した。
本当に撤退したのか?
疑念が拭えないファイは、観客席を離れて闘技場入口付近で身を潜め、治安部隊が現れるのを待っていた。
遠くから、軍服の男と女隊長と従者の姿が見えてきた。
「ばり最悪ぅー。なんで馬車盗まれるとよ」
「申し訳ございません……」
「国から出してもらってる馬車だし、取り返さないとヤバくなぁい?」
「もうよか。どうせ、もう居らん。ちょうど頃合いやったし、このまま帰ろ」
「じゃあ団長、他の人の馬車盗みますぅ?私、足ケガしてるしぃ、仕方なくない?」
「一応この格好しとるけんダメ。なんで治安部隊なのに盗賊の心を持ち合わせとると?怖かー」
制帽を少し上げ、団長と呼ばれた軍服の男が袖で額の汗を拭う。
灰色の髪が少し見えたが、ファイには顔までは見えなかった。
「ここって何か名物ないとー?食べ歩きしながら帰らん?気も紛れるし」
「競馬とか闘技場とか暑苦しい国ですから、肉しか売ってませんでした」
「焼き鳥食べたか。僕、豚バラも好きっちゃんね」
「焼き鳥ってなぁに?山に入って鳥を丸焼きにするのぉ?」
「いや、今度は何で山賊の心を持ち始めようとするとよ」
「ていうか、もう足痛いから団長おぶってぇー」
女隊長は団長の背中に乗りかかった。
「降りんね!重たか!疲れるったい」
ファイが隠れている場所の近くを団長たちは通り過ぎようとした。
「君もそう思うやろ?」
少し声を低くした団長が、ファイに話しかけるように呟いた。
咄嗟に腰のレイピアにファイは手をかけるが、団長はそのまま通り過ぎた。
「え?私ですか?そうですね、隊長は痩せてる訳ではないですから……」
団長に話しかけれらたと思った従者が答える。
「そもそも、あんたのせいでこうなったんだから、反省してよねぇ」
「もうみんなで肉ば食べよ。肉食べればみんな幸せになって、お腹も心もぽかぽかたい。ま、僕が後で国王に怒られるんやけど」
「団長、ありがとうございます……優しいです……」
従者が涙目になりながら3人は闘技場を後にした。
ファイは、大きく息を吐いた。
あの団長は、気さくな態度だったが一切隙がなかった。
戦闘にならずに済んだことに安堵していた。
決闘場入場ゲートに向かったファイは、決闘を呆然と見ているセイシルを発見した。
「セイシル、遅くなった。すまない」
「あ、ああ。ファイか」
「アリリは無事か」
「近衛兵が聖魔導士のところに連れて行っている。エリーはどうした」
「ちょっと想定外のことが起こってね。そっちの対応をしてもらっている。それより、あれはどういう状況だ」
ファイは決闘場を指さした。
「アーリェ様がリカーラと決闘しているんだが、リカーラがこうなった事情を話さないんだ。どれだけ痛めつけても話さない。このままだと何も聞き出せずに殺してしまう。観客も痺れを切らして煽ってくる。アーリェ様の心も落ち着かないだろう」
観客の中には「俺が殺してやる」と身を乗り出そうとする者もいる。
あの観客をどうにかしなければ。
「セイシル、自分たちで観客を黙らせよう。アーリェとリカーラがちゃんと話せる場を作ってあげた方が良い」
「分かった。具体的にどうする?」
「血気盛んな野郎たちの相手をするのさ」
「今は神聖な決闘中だ!黙って見守れない者は出て行ってもらおう」
観客席に向かったセイシルは大声で叫んだ。
「近衛兵隊長だろうが、うるせえよ。こんな決闘見せられたら文句言いてえだろうが」
「そうであれば、見なければいい。簡単なことも分からないのか」
「なんだと?」
団長に煽られて高揚している観客はセイシルに殴り掛かった。
当然、力及ばず投げ飛ばされる。
「あいつ相手なら武器がいる……」
しかし、観客は先程決闘場に武器を投げ入れており、丸腰状態であった。
「どうした?文句があるなら私にかかって来い」
観客たちは青ざめ、大半は闘技場を去っていった。
残ったものは震えながら黙って決闘を見守ることを決め込んだ。
セイシルが観客席に向かうまでの間、高揚した観客数名が決闘場に飛び降りてきた。
「死ね!」
決闘場に投げ込まれていた剣や槍を拾った観客がアーリェたちに武器を投げつける。
届く前にファイが駆け出し、投げられた武器をレイピアで叩き落とした。
「今は決闘の最中だ。部外者が手を出すとは呆れるな」
「いつまで経っても殺さねえからだろうが!」
「そういう割に、武器を使わないと殺せないとはな。目も当てられないよ」
「うるせえ!テメエも殺してやる!」
剣や槍を持った観客たちがファイに襲い掛かる。
相手は素人、ファイの相手にならず、彼はひらりと攻撃を避け、観客たちの武器をレイピアで次々と弾き飛ばした。
「武器の握り方も知らないとは。それで闘いをふっかけるなんて無謀だね」
レイピアを鞘に収め、ファイは落ちていた大剣を拾った。
「こんな立派な剣を持っているのに投げ込んだ奴がいるのか。情けない。折角なら見せてやるよ。剣の使い方をね」
両手で大剣をしっかり握り、ファイは大きく振り上げた。
「ひ……!」
観客たちは恐怖のあまり失神した。
「……っと。やっぱり俺には大剣は重たいよ、ゼイン」
ファイはゆっくり大剣を地面に置いた。
エリーの言いつけを守らずに決闘場に入ってしまったが、ファイは特に自分に変化がないことを確認した。
やはり、観客の煽りが精霊にも悪い気を起こしていたのだろう。
とはいえ、エリーが感じた精霊の様子から、精霊の考えが分からない以上、長居するのは良くない。
決闘場に降りてくる観客が居ないことを確かめて、ファイは一旦入場ゲートまで離れた。




