オレの生き様はこうだ!~独占~
闘技場は競馬前に娯楽を求めてやってきた客でひしめき合っている。
「皆様、お待たせいたしました!ただいまより決闘が開始されます。まずは挑戦者、リカーラの入場です!」
司会をするように、拡声器を使ったような音声が決闘場内に流れた。
リカーラは、少し俯きながら決闘場に現れた。
「何だよ、その服。戦う気あんのかよ」
客席から野次が飛ぶ。
それも仕方ない、と彼女は理解していた。
相手はアリリ。子供の力ではどうしようも出来ない。首を絞めて、すぐ終わりだ。
「続いては、現在の国王。即位してから一度も負けたことがありません。アーリェ様の入場です!」
しかし、アリリは一向に姿を現さない。
アリリ。
いつもはアーリェの影武者を演じているが、アリリの感情が乏しいので、他の者から普段と様子が違うと不審に思われてしまう。
傍についていたリカーラが「もう少し表情を豊かにするように」と伝えるも、無表情のまま彼女を見返すばかりで、アリリは殆ど改善しなかった。
それが積み重なると、鬱憤も溜まってくる。
さすがに今回は突然このような事になり、怖がっているに決まっている。
どんな顔で現れるつもりだろうか。
リカーラは鼻で笑い、アリリの入場を待っていた。
「まだかよ、早くしろよ」
客席の野次が止まらない。
もう何分が経っただろうか。
さすがに時間がなくなってくる。
リカーラはアリリが入場してくるゲートに向かった。
嫌がっていようが、引っ張り出してやる。
アリリのゲート前まで来ると、アーリェの戦闘服を身に纏ったアリリがゆっくりと姿を見せた。
彼女はリカーラの顔を見ると、泣きそうな顔をした。
ほらみろ、さすがに怖がっている。
リカーラは薄ら笑いを浮かべた。
泣きそうな顔。
いや、泣きそうな目をして、口は笑っていた。
「リカーラ……あたし、ちゃんとアーリェ様をやれてる?」
そう尋ね、アリリはリカーラの服の裾をつまんだ。
「……みっともない顔。離しなさい」
アリリの手を払い、リカーラは決闘場に戻った。
決闘が始まればアリリをすぐに殺す。それでおしまいだ。
「ここでようやくアーリェ様の入場です!」
足取り重い様子でアリリが観客の前に姿を現した。
観客たちにはアーリェに見えているため、歓声が一層沸く。
「では改めて決闘の掟を説明します。剣などの武器や防具、魔法は使用不可。ナックルやグローブも禁止です。死亡するまで終わりません。リタイアも受け付けません。挑戦者が勝てば祭壇にて即位の儀が行われます」
アリリが目を閉じ、深呼吸した。
目を開けてリカーラを見たその瞳は、アーリェを演じ切る覚悟が決まっていた。
「では、決闘……始め!」
司会による開始と同時にアリリがリカーラに向かって走り出した。
馬鹿な。そんな真似をしたところで。
拳を振ってきたアリリの腕を掴み、リカーラは反対の腕も掴んで押し倒した。
悔しそうにリカーラを睨んで抵抗しようとするアリリ。
「……今更、表情豊かになっても意味ないのよ」
馬乗りになる形で、アリリの両手を両足で押さえつけ、リカーラは両手を彼女の首にかける。
アリリは苦しみもがき、口から涎を垂らしている。
「リカーラ……」
首を絞められ、死を感じながら意識が遠のいていくアリリは、最後に彼女の名前を呼んだ。
「リカーラ!!止めて!」
決闘場にアーリェが到着し、リカーラを押しのけた。
「アリリ!アリリ!しっかりして」
ひどく咳き込みながら、アリリは薄く目を開けた。
「アー、リェ……様」
「ごめんね、ごめん。こんな事になって……」
アリリを抱き締め、何度も謝罪を繰り返した。
「リカーラ!聖魔導士を呼んで!話は後で聞かせてもらうから」
「……いえ、その必要はありません」
アーリェは耳を疑った。
「どういうことだ?何で女王が二人いるんだ?」
「何だよ。替え玉でもしてたってのか?」
観客が騒ぎ立てる。
「おおっと!アーリェ女王が二人いる!?これはどういうことでしょうか!もしや大公に情が湧いて、替え玉を使って偽装したというのでしょうか!殺したくない、死にたくない、王座も譲りたくない。なんて卑怯なんでしょう!」
司会が観客を煽り、同調する声が大きくなる。
「ふざけんな!腰抜け女が」
「もうどっちも殺しちまえよ!」
殺せ、殺せ、と観客がコールする。
「今はそれどころじゃないでしょ!無関係の子が死にそうになってるの」
アーリェが必死に訴えても、誰も何も響かない。
唇を噛みしめ、アーリェはアリリを抱えて立ち上がり、直接聖魔導士の元へ行こうとした。
「アーリェ女王、恥ずかしくないのか!逃げ出すなんて決闘の掟に反するぞ!」
「あんな奴、王じゃねえだろ!」
観客が物を投げ込み始め、アーリェはアリリを庇うように盾になりながら歩いた。
「これは観客も不満爆発だ!重たい物を投げられて、頭にでも当たったら大変だ!」
さらに観客が煽られ「これでも食らえ」「死ね」と自分が持っている短剣や槍を投げる者もいる。
「いい加減にして!それは精霊にも無礼だと分からないの!?」
アーリェが怒鳴るも、ここまで感情が高ぶっている集団相手には通じない。
「今なら、あんたでもアーリェを殺れるっちゃない?」
軍服姿の男がリカーラの背後に現れ、耳元で囁いた。
制帽を深く被り、その表情は読み取れない。
「ほら、そこに武器はたくさん落ちとーよ。それ使いーよ」
「ちがっ……。私はアーリェ様と……」
「アーリェはあんたの事見とらんやん。アリリにご執心。結局殺しきれんかったもんねぇ。全部中途半端。どうすると?あんた、このままだとただの居場所を失くした独りぼっちの女よ」
独りぼっち。
その言葉がリカーラの頭に染み付いた。
「アーリェが生きてても手に入らない。あんたはその姿を死ぬまで独りぼっちで見るだけ。アーリェが死んでも手に入らない。でも彼女が生きてきた最期の瞬間と肉体は永遠にあんたのものに出来る。ずっと独占して傍で感じることが出来るっちゃないと?」
……そうだ。
リカーラは近くに落ちていた短剣を拾った。
先代国王の時代もリカーラは大公として勤めていた。
当時は男性国王で兵士も男性が多かった。そんな中で側近の女性だ。国王の夜の相手をさせられる時もあった。
自分はただ黙々と任された仕事をすればいい。
心なんて、持たなくていい。
そう言い聞かせ、そんな日々を何年も送っていた。
だが、あの日それは終わった。
アーリェが現れ、国王に決闘を申し込んだ。
国王は体格が良く、今までも挑戦者を何人も死に追いやってきた。
そんな方相手に女性が挑むなんて。
そう誰もが思っていた。もちろんリカーラも。
しかしアーリェは国王に勝利した。
足を折られながらも、鼻を折られながらも。何度でも立ち上がる。
アーリェは激闘の末、国王の心臓めがけて打ち込んだ重たい一撃の拳が、彼の体を突き破った。
世界中が女王の誕生に驚愕し、祝福した。
あの日から全てが変わった。
アーリェに憧れて志願する兵士はほぼ女性。他の従者も女性が増えた。
リカーラも男の夜の相手をする必要がなくなった。
「えと、リカーラさん?」
「アーリェ様、リカーラで構いません」
「じゃあ、リカーラ。あたしさ、元々傭兵だったから政治のこととか詳しくないんだよね。傍でこれからも手伝ってくれると助かるんだけど」
「もちろんです。なんなりと仰ってください」
「ありがとう。リカーラも何かあれば遠慮なく言ってね。先代の時が男ばかりだったから言いにくいこともあったんじゃない?今は女の方が多いし、安心できるでしょ」
アーリェは右手を差し出した。
一瞬、リカーラは構えた。
今まで自分に手を差し出してくるのは、いつも男の汚らわしい手だった。
でも、今は違う。
リカーラも右手を差し出し、握手をした。
温かい。
小さいのに、どこかごつごつした手のひら。
今まで戦ってきた証拠だろう。
「よろしくね」
屈託のない笑顔を見せたアーリェが、リカーラの目に焼き付いた。
この方の隣にいたい。
傍にずっといたい。
離れられる訳がない。
手放す訳がない。
……それならば。
短剣を持った手に力を込める。
アーリェに向かって少しずつ歩き始め、徐々に駆け足になる。
「アーリェ様!アーリェ様!私の……」
「……悲しいよ、リカーラ」
振り向いたアーリェは、泣きそうな目をして、口は寂しく笑っていた。
さっき、見たばかりの顔だった。
「やめろ!」
駆け付けたセイシルが間に合い、リカーラの手首を掴み短剣が地面に落ちた。
「何を考えているんだリカーラ!アーリェ様に刃を向けるなど」
セイシルの後についてきた近衛兵にアリリを託し、アーリェはリカーラの元へ歩み寄った。
「どうして、こんなことしたの?」
「それは……貴方を……」
「なにやら乱入がありましたが、決闘はまだ終わっていません!いつまで我々を待たせるのか!」
司会のアナウンスが、またもや煽るような言い回しをする。
アナウンスは決闘場のすぐ近くから聞こえてきた。
リカーラの入場ゲートに、拡声器を肩に担いだ軍服姿の男が立っていた。




