ワタシの生き様とは~堅実と無謀~
エリオットが身なりを整えていると、ドアのノック音が聞こえた。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
マスキッシュが入室する。
「もう3日も何も召し上がってないでしょう。気持ちは少し落ち着かれましたか」
「すまなかったね。ちょっと気が動転してたみたいだ」
「びっくりしましたよ。いつもなら私が忙しくしてても、しょうもないことですぐ部屋を飛び出して呼びつけるような人が、全く部屋から出てこないんですから」
そんな生活を燕太は送っていたのか。
呆れて乾いた笑いでしか返事が出来なかった。
「……マスキッシュは執事長を任されて忙しいだろうに。ワタシが時間を割いてしまい悪かった」
「そんな風に言われるなんてむず痒いですね。執事長に任命したのはエリオット様ですよ。でも実際にやってみると案外充実してるんです。憧れのレイノルドの後任が出来る嬉しさもあって。みんなも頼りにしてくれるし助けてくれる。貴方が任命してくれなかったら、ただの世話人で終わってました」
笑顔でマスキッシュは続ける。
「エリオット様が小さい頃から、自分も子供ながらお傍で執事をしておりましたが、この半年間、あのようなエリオット様を見たのは初めてでした。記憶を失くしたことをきっかけに、本当はこんな性格だったのかなって感じたこともあったんです。お立場がありますから自分を隠して生きてこられたのかなって」
つまりですね、と頬を掻きながらマスキッシュはエリオットを見た。
「嬉しかったんです。我々に本当の自分を少しでも見せてくださったことが。そんなエリオット様を今後もずっと支えていきたい。身近に感じる存在のエリオット様の傍にいたい。みんなそう思ってますよ。だから、もっと頼ってください」
物心ついた頃には、4つ年上のマスキッシュは既に執事としてエリオットの身の回りの世話をしていた。
エリオットは彼と長く過ごしてきたため、他の執事とは違い、近しい存在と思っていた。
彼がどんな人物かも分かっているつもりだった。
礼儀を弁え、粗相なく丁寧で執事として申し分ない。
だが、知らない一面があったことに今気付いた。
彼はこんなにもエリオットにくだけることが出来る人だった。
エリオットはアーロンの墓標の前に立っていた。
本当に、父上は亡くなったのだな。
そう、現実を突きつけられた。
「おや、珍しいですな」
声を掛けられ振り向くと、花を持ったレイノルドが歩み寄ってきた。
「エリオット様とここにいると、あの目まぐるしい日々を思い出します」
レイノルドは外交官を任されている。
燕太はサファイアの商談すら自分でしなくなっていた。
彼だけで出来ないことは目に見えていたが、レイノルドに一任するとはエリオットは思っていなかった。
「アーロン様が崩御された時、貴方がここに来ていた姿を実は見かけていました。悲しみに打ちひしがれていらっしゃると心を痛めましたが、宮殿に戻るとすぐに『軍師はいるか』と言い出すものですから驚きましたよ。父であり国王を亡くされたのに、すぐに立ち直って国のために次の手を考える。やり方は荒々しかったですが目を見張るものでした」
レイノルドは墓前に花を供えた。
「結果的に、嫌がるファイローネ様を引き入れてよかったと思いますよ。貴方の大雑把なやり方を彼が修正しつつ、貴方の目指すものに近づけるよう支えている。私から見ればやり口が心配になるところもありますが、彼は貴方を守る手段を取っているし、彼も貴方もお互いが刺激になって成長しているように見える。クレア様も魔石生成で表情が明るくなって、心も成長されてきている。この国を、エリオット様とクレア様を、これからも守っていきたいと心から思っております」
「レイノルドは、それでいいのか」
「そうしたいのです」
アーロンの墓前に一礼し、レイノルドはエリオットの方を振り向いた。
「貴方はここで私に外交官を命じられましたね。自分では商談はうまく出来ないとアーロン様と私の前で正直に言われ、私を信頼して、手を貸してほしいと助けを求められた。今までなら一人で抱え込んで弱さを隠されていたのに、貴方が国を守るために変わろうとしている姿に感銘を受けました。まだ外交官は慣れない部分はありますが、精一杯勤めていく所存です」
レイノルドはアーロンの世話人だったが、エリオットが生まれてからずっと彼のことを見守り、執事として世話をすることもあった。
エリオットはレイノルドにどこか父親のような安心感を持つこともあった。
その彼が燕太が散々してきたことを成長と感じ、支えようとしている。
燕太は自分には出来なかったことをしていた。
自分の弱さを自分で認めて、自分の芯を曲げずに他の人に助けを求められる人間だった。
妹のことも救うだけでなく、攻撃魔石を作りたいと、妹に助けを求めることもしていた。
他者を巻き込む力を持っていた。
それに比べて自分はどうだ。
堅実で教養もある。
対人関係もうまくやれる。
それは間違いない。
でも、それは表向きによく見えるだけで、それ以上はない。
土台を作って安全圏から出ないようなもの。
土台ごと権力者に奪われても、安全に上手く生きていけるなら構わないようなもの。
彼には無謀にも志があった。
土台はめちゃくちゃだが、他者の技術を集めて志のために活用している。
その土台を周囲が作ろうとしてくれている。
彼は、愚かだ。
彼は、情けない。
彼は、弱い。
自分は、愚かだ。
自分は、情けない。
自分は、弱い。
だからこそ。
燕太をも巻き込んで土台から這い上がるしかない。
ファイローネは書斎でレイスーマ小国の書物を読みながら、出発への計画の詳細を思案していた。
ノック音がし、エリオットが入室した。
来たか。
薄く笑い、ファイローネは彼の方に顔を向けた。
「具合はどうかな」
「最悪だ」
「そうか。それで何の用事?」
「この半年間のことは概ね把握した。そして貴様が燕太様のことを知っているということは、入れ替わりのことも把握している。不本意ながら貴様を放っておく訳にはいかない。それで、燕太様と貴様でレイスーマ小国に行く計画を立てていたらしいな。詳細を聞かせてもらおう」
「自分がフィル王国にいることは認めてくれるのかな」
「認めたつもりはない。この国とたった一人の家族である妹を守るために燕太様の計画を把握するまでだ」
エリオットは不服そうに書斎のソファに座った。
「聞く以上は、この計画に乗るつもりでいないとクレア一人に任せることになるよ」
「まずは内容を聞いてからだ。貴様に主導権を握らせるつもりはない。それにその態度は止めろ。ワタシの前で掴みどころのない人間を演じる必要はない」
大きく溜息をつき、ファイローネは持っていた書物を閉じてエリオットの目の前のソファに座った。
「……なら、お前の望み通りにしてやる。いいか、この件の主導権は俺だ。俺はエリーとの約束を守るためにお前を利用する。お前はフィル王国と妹を守るために俺を利用するしかない」
エリオットは足を組んで鼻で笑った。
「いい態度だ。さっさと説明してみろ」
クライルで拾った銃を持参し、作り手を探しにレイスーマへ向かう。
メンバーはエリオット、クレア、レイノルド。
入国時には王妃のペンダントを見せてサファイア王家を証明する必要がある。
銃の作り手は日本から異世界に来ている可能性が高いが、敵である可能性もある。
作り手を見つけたら、治安部隊などの伏兵を警戒しつつ銃について話を聞き、協力が得られそうか感触を確かめる。
信用出来て協力可能であれば銃の量産について話を進める。
もし作り手がいなければ、他の職人に作り手を知らないか聞き込みをする。
危険と判断するようなことがあれば、すぐに撤退する。
「計画していたのは、こんな内容だ。ちなみに俺が同行するのは……」
「無用だ。ワタシを誰だと思っている。戦闘は問題ないし交渉についても愚問だ。何か想定外のことがあったとしてもレイノルドがいる」
ファイローネは肩をすくめた。
「王妃のペンダントを王家の証にするなど、父上には困ったものだな。ワタシはあんな忌まわしいものを持ち歩きたくない。貴様のことも嫌でも思い出す」
「お前が持っておけ。それを見つけたのはエリーとお前が入れ替わる直前だった。入れ替わりについても何かしらの鍵になっているかもしれない」
「嫌だといったら?」
「絶対に持て」
真剣な眼差しでファイローネは強く答える。
「……分かった。それにしても銃がこちらの世界に持ち込まれるとはな。ワタシも直接見たことはないが日本で勉強してその存在を知ったよ。でも猟銃や拳銃の類ではないし、この世界で作られたという考えは正しいかもしれない」
「後は治安部隊だな。クライルにも入り込む程だ、レイスーマにも侵入して潜伏している可能性はある。特に団長には気をつけろ」
「団長?」
「ああ。制帽を深く被った男だ。灰色の髪をしているが顔までは分からなかった」
「……何を言っている。治安部隊に団長なんて存在しない」




