ワタシの生き様とは~絶望と賭け~
ファイローネはいつもより早く宮殿に到着した。
マスキッシュが血相を変えて自宅に駆け込んできたからだ。
嫌な感じがする。
エリーは、そこに存在しているのだろうか。
ファイローネは胸元を握りしめた。
エリオットの自室に入ると、彼はソファに座り両手で頭を抱えていた。
「エリ……オットの方か」
ゆっくりと顔を上げたエリオットはファイローネを見た途端、急に立ち上がって掴みかかった。
「貴様!何故ここにいる!」
泣き腫らした後のその顔に憎悪が表れる。
「落ち着け」
「落ち着いていられるか!父上は亡くなり、国政はめちゃくちゃ、クレアに攻撃魔石を作らせる、仕舞いには貴様が宰相だと?何のつもりだ!」
「エリーが、燕太がこの国を守るために取った手段だ。自分はそれに協力した」
「嘘をつくな!貴様が唆したんだろう。6年前、父上にあんな醜態をさせた貴様が陥れたんだ」
「違う」
「そうか、父上を殺したのも貴様が仕組んだんだ。この国が邪魔だったんだ。だからワタシがいないうちにこの国に戻ってきて国を潰そうと……」
「……頼む。落ち着いてくれ」
『彼』ではなくなった彼から目を背け、ファイローネは懇願した。
その姿を見て、エリオットは手の力が抜け、座り込んだ。
「もういい……出ていけ」
ファイローネは静かに退室した。
日本で生活していくことにうまく馴染めず、愛する人からも手を差し伸べてもらえず、元の世界に帰りたいと願った。
帰ってきたと心のどこかで喜びを感じていたのに、国王である父はこの世にいなかった。
危険から遠ざけたい存在の妹が攻撃魔石を作っていた。
婚約は継続しているが、サース王国との交流は全く行っていない。
国の内政について浅はかで、あの軍師の末裔を国内に迎え入れている。
誰も、信じられない。
誰も、支えてくれない。
帰ってくるんじゃ、なかった。
エリオットは自室から全く出てこなくなった。
食事も摂らず、誰とも話さず。
マスキッシュやレイノルドがドア越しに声をかけても応答しなかった。
3日経ってもその様子に変わりはなかった。
「エリオット様はどうされたんでしょうか」
不安げな表情でマスオはファイローネに投げかけた。
「気持ちの面で、何かあったのかもね」
「王妃のペンダントを持ち出されたとか。何をなさるつもりだったのでしょう。ファイローネ様はご存じないのですか」
レイノルドが尋ねる。
これは正直に話したほうが良い。
「エリーは攻撃魔石を実用化出来る武器を探しにレイスーマ小国に行こうとしてたんだ。それにあたって王妃のペンダントが必要だと知って、持ち出していたよ」
「あのペンダントをエリオット様が……。事情を知っておられたのであれば、無茶をしたのでしょう」
「エリオット様が王妃のことを悲しんでおられたのは存じ上げていますが、ペンダントは特に思い入れがあったんですか」
マスキッシュが首を傾げる。
「ええ。ただ、このことを知っているのはアーロン様と私だけだと思っていたのですが」
王妃は肌身離さず持ち歩いていたペンダントを、王家を勝手に離れた際に捨てた。
客観的に、且つ端的にいえば、このように受け取れる。
アーロンはレイノルドには伝えていたのだろう。
そのペンダントを誰が持ってきたのかは言わずに。
「ともかく、そのペンダントのことで心が乱れてしまったのかもね」
「昨日はルーシーといちゃいちゃしてたのに……。途中で思い出したのかな」
「いちゃいちゃとは?」
「あ!いえ、こっちの話でした。お気になさらず」
マスキッシュは慌てて目を逸らした。
しかし、いつまでこの状況を続けるのか。
ファイローネとしてはエリオットの身の安全が確保されているため安心出来る。
ただ国として王子が先導していかないといけない。
ましてや、エリオットはファイローネを強く拒絶している。
宰相として勝手に仕切っていても彼の心を余計に荒らすだけだ。
それに、エリーとの約束が果たせないままだ。
彼が帰ってくるまで、彼が築き上げた今のフィル王国を守らねば。
いや、守りたい。
エリオット、ひいてはエリーを危険な目に合わせないようにしたいが、それは彼の目指すものに反する。
レイスーマ小国に出向くには王家の者が足を運ぶ必要がある。
エリオットにそれを説明したところで、武力を持つことに反対であるし、誰の話にも耳を傾けないだろう。
今のエリオットに対して少々手荒だが、この手を使うしかない。
父が亡くなった。
サース王国に毒を盛られた。
それを父は受け入れて抵抗しなかった。
父までなくしたら、自分はどうしていけばいいのか。
家族は妹たった一人。
そんななかで、国王としてやっていかねばならない。
それなのに自分は王子のままを続けている。
だめだ、ここから何も考えられない。
考えられない。
考えたくない。
自分は強い心を持っていると思っていたのに。
思い込みだったようだ。
エリオットはベッドに横になり、ただただ時が過ぎるのを感じていた。
これほど何もしないことは初めてかもしれない。
日本では毎日忙しかった。
学校に行って、バイトをして、たまに玲奈と連絡を取って、妹の面会に行って。
今は何もする気になれない。
王子としても失格だ。
何のためにここにいるんだ。
何のために帰ってきたんだ。
自分には、居場所がない。
誰にも必要とされない。
誰にも自分の気持ちを伝えられない。
このまま消えてしまいたい。
「お兄様」
ドアをノックする音が聞こえる。
クレアだ。
だが返事をする力が湧かない。
「いい加減にして。開けるわよ」
クレアがドアを開けると、生気がない顔の兄がベッドで横になっていた。
「いつも以上にみっともないわね」
閉めていたカーテンを勝手に開けられる。
太陽の光が差し込み、眩しくてエリオットは目を閉じる。
「何がしたいのか分からないけど、いつ出発するのよ」
「……出発?」
蚊の鳴くような声でエリオットは聞き返した。
「攻撃魔石を生かすための武器探しよ。魔石研究所で攻撃魔石を見た後に考えてくれてたんでしょ。それで魔石に合いそうな武器が見つかりそうだからってレイスーマに行こうとしてるんでしょ」
そんな計画を燕太は立てていたのか。
今以上に武力を持つなんて、なんて身勝手なことを。
「お兄様が行かないなら、私だけで行くわよ」
「……何だって」
「だから、お兄様が行かないなら私が行く。私を部屋から引きずり出して、私でも魔力が込められる魔石を見つけて、私に魔石研究所なんてものを作らせるくらいにやる気にさせたんだから、今更怖気づかないでよ」
「ダメだ!」
エリオットはベッドから飛び起きた。
「クレアに危険な真似はさせない。だからワタシは剣術を磨いて魔石生成にも力を入れて、クレアを守るために強くなったんだ」
「冗談言わないで。今の姿のどこが強いのよ。3日前までのアホ王子だった頃の方がよっぽど心強かったわ」
クレアは腕を組みながら鼻で笑った。
「今のお兄様になんて守られたくない。攻撃魔石があるから自分の身は自分で守れる。なんなら私の方が強いわよ。私が守ってあげましょうか、お兄様」
見下すようにクレアは嘲笑った。
「悔しいなら部屋から出てきなさいよ。ちゃんと私たちを認めさせなさいよ。お兄様が私にそうさせたように、今度は私がお兄様にそうさせてあげるから」
そう吐き捨てて、クレアは部屋を後にした。
あのクレアが。
ここまで行動するなんて、思ってもみなかった。
しかも自分を奮い立たせるような真似をして。
自分がクレアを勇気づけようとしていた。
奮い立たせようとしていた。
それは驕りだった。
燕太がしてきたことは全て取り返しのつかない間違いだと思っていた。
あの軍師の末裔を仲間に引き入れるという愚行をし、国に不利益をもたらすようなことばかり行っていると思っていた。
でも妹に手を差し伸べて救い出そうともしていた。
たった一人の妹を自分は救えていなかったのに。
もう少し、彼がしてきたことを把握したい。
「こんな感じでよかったのかしら」
「ありがとう。エリオットにとっていい刺激になったと思う」
ファイローネがクレアに謝辞を述べた。
「私としても、あんなウジウジしたままでいられたら気分が悪いわ。何があったのか知らないけど、これで元気になるならどうでもいいわよ」
どこか意地を張ったようにみせる彼女にファイローネは微笑んだ。
さて、ここからエリオットがどう出るか。
書斎に移動しファイローネは思案する。
もしエリオットが変わらず何もしないようならば、クレアをつれて自分が護衛としてレイスーマに同行する。
エリオットが動き出すなら、クレアとエリオットでレイノルドを護衛につけてレイスーマに向かう。
ファイローネの同行はエリオットが拒絶することは目に見えていたからだ。
ただしエリオットにはエリーとの計画を入念に説明し、実行してもらう。そしてファイローネはレイスーマ正門近くに隠れて待機しておき、エリオットたちの防御魔法が発動するようなことがあれば突入する。
銃の作り手がいたとして、敵である可能性もある。治安部隊だって潜伏しているかもしれない。
そうなれば戦闘が発生して攻撃を受けることは十分有り得る。




