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警衛高校の作家《リライター》  作者: 稲宮鹿
第1巻 紅の瞳《ルビーアイ》
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2/22

第一章 警衛高校の赤星《レッド》(1)

「——対象を確認」


 木漏れ日の差す木陰に息を潜め、小型のインカムを通して状況を伝える。

 夏の日差しは容赦がない。じっとしているだけでも汗が滲み、額を一筋伝っていった。


「光希くん、焦らなければ大丈夫だよ」

「先輩、失敗は許されないです!」


 インカム越しに聞こえてくるのは、同級生の三嘉月輝夜と、後輩の千歳雪名の声。


「今から罠(トラップ)を仕掛ける」


 ポケットから小袋を取り出し、色とりどりの小さな粒を掌に握り込む。

 対象を誘き寄せるには絶大な効果があると、事前に輝夜から渡されていたものだ。


「理想は対象の目につく位置にばら撒くこと——あ、ちょっと待ってね! はい、二冊ですね。期限は二週間になります! ——えっと、なんだっけ?」


 輝夜は図書委員の仕事と並行して、こちらも手伝っているようだ。

 さすがは図書室の主とまで呼ばれる女だ。

 忙しいところを無理に付き合わせたのは俺の方だし、対象を見つけてくれただけでも十分すぎる。

 あとは俺一人でやる。

 輝夜に言われた通り、握っていた粒を対象の目につく位置へ放る。

 ——反応あり。

 警戒するように辺りを見回しながら、対象がじりじりと近づいてくる。


「対象との距離、目算で四十センチ」


 あと少し。

 このままいけば確保できる。

 そう確信した、そのときだった。


「先輩、マズいです! お散歩中のお爺さんが犬さんを連れて近づいてきて——にょわ、ちょっと今はダメですって! あああ、舐めプ乙さんが死んじゃいました!」


 このダメ後輩。

 防犯カメラの映像を監視しながらゲームしてやがったな。

 文句の一つでも言ってやりたいが——今はそれどころじゃない。

 犬が近づいている。

 現状において、それは何よりも恐ろしい。


「千歳。対象と犬の接触までの時間は?」

「残り十秒です!」

「クソっ!」


 もう時間がない。

 そう判断した瞬間、隠していた長い棒を握り、対象の背後へ回り込む。

 息を殺す。

 気配を殺す。

 自分の存在が世界から消えたと錯覚するほど、静かに。

 対象はこちらに気づいていない。

 ——勝った。

 そう確信し、握り締めたタモ網を一気に振り下ろした。


          ※


「まさかリードを引きちぎった犬さんが先輩に襲いかかるなんて、思ってもみなかったです。相変わらず運がないです先輩」

「それに驚いた依頼対象のセキセイインコも逃げちゃったし、ツイてないね、光希くん」

「はぁ」


 空の彼方へ消えていったインコを見送ったあと、俺はじゃれついてきた犬を捕まえ、飼い主の爺さんへ引き渡した。

 そして現在。

 公園のベンチに腰掛け、絶賛黄昏れ中である。

 インカム越しでは二人が好き勝手に俺の不運を弄ってくれているが、この後のことを考えると言い返す気にもならない。

 今回受けていたのは、警衛高校の生徒なら誰でも受けられる『星無し』の依頼。

 地域住民から寄せられる様々な依頼(ざつよう)を、生徒が格安で引き受ける制度で、実質的にはボランティアに近い。

 受けるのは内申点を稼ぎたい生徒か、正義感の強い生徒。

 あるいは——。


「普段から依頼を受けない先輩が悪いです。二ヶ月も依頼を受けてなければ赤点になるのも当然です」

「試験も筆記だけ受けて、実技は受けずに帰っちゃうんだもん。自業自得だよ」

「それについては返す言葉もない」


 ——俺のような、単位の足りない生徒である。

 正確には、教師から『依頼を受けなければ特別な授業を受けさせる』と脅されたからなのだが。

 その授業が普通の補習なら、何も問題はない。


「図書室で噂になってたんだけど、競技場で真壁先生が新しい技を思いついたってウキウキしてたらしいよ。なんでも、相手の四肢を効果的に壊すとか——」

「——はぁ」


 あの治外法権の高校では、教師による肉体教育(パワハラ)なんて日常茶飯事。

 このまま失敗を報告すれば、その新技とやらの実験台に俺が選ばれるのは自明の理だ。

 幸せの青い鳥(セキセイインコ)は、既に大空へ羽ばたいてしまった。

 携帯電話を取り出して時間を確認する。

 午後三時。

 ——タイムオーバーだな。


「二人とも、時間を割いてもらって悪かった。俺は依頼者に捕獲できなかったことを報告してくる」

「驚いた鳥が同じ場所に戻ってくる可能性は低いし、もう一度探し直したら夜になっちゃうかもしれないもんね」

「イレギュラーがあったとはいえ、チャンスを逃したのは俺だ。気にするな。図書委員の仕事、頑張ってな」

「ありがと! 光希くんも頑張ってね!」


 軽いノイズを最後に、輝夜との通信が切れる。

 鳥類の習性にも詳しい彼女が言うなら、ここで待ち続けても悪足掻きにしかならない。

 ベンチから立ち上がり、依頼主の家へ向かおうとしたところで、千歳から声が飛んできた。


「では先輩。報酬についてなんですが」

「がめつい女は嫌われるぞ」

「私が求めているのは正当な対価なのです! ゲームの時間を割いてまでお手伝いしてあげたんですから!」

「ゲームしてたよな?」

「な、なんのことですかね?」


 何一つ誤魔化せていない。

 とはいえ、今回の捜索で千歳が果たした役割は存外に大きい。

 防犯カメラの映像を解析し、対象の移動範囲を絞り込んだのは千歳だ。

 そこから輝夜が鳥の習性を踏まえて居場所を推測したことで、少なくとも発見までは辿り着けた。

 結果が伴わなかったのは俺の責任だ。


「しょうがない。いくらだ?」

「貧乏学生の先輩からお金を取ろうなんて思ってないです。そうですね——依頼の報告が終わったあと、お時間いただいてもいいです?」

「教師の機嫌次第だな。とりあえず一時間後に合流でどうだ? 間に合わないか、死にかけていたら連絡する」

「では四時頃に警衛高校へ向かいますです! あと、先輩は頑丈なので四肢がもげても大丈夫です!」

「四肢がもげた状態は大丈夫とは言わんが、了解だ」


 そう言ってインカムを外し、電源を落とした。


          ※


 公園から十分ほど歩き、依頼主の家へ辿り着いた。

 今回の依頼は最初からメールでやり取りしている。

 なら、失敗の報告もメール一本で済ませればいいじゃないかとも思うが。

 それでも、俺は直接ここまで来た。

 大事な家族(ペット)を連れ戻せなかったのは俺の落ち度だ——せめて謝罪くらいは直接するべきだ。

 師の言葉を借りるなら——『筋を通して義を果たす』。

 正義感なんて大層なものじゃない。

 ただ、人として当たり前のことをしているだけだ。

 インターホンを押す。


『はーい』


 すぐに女性の声が返ってきた。


「警衛高校の浅瀬です。依頼の件でお話があります」

『あ、お待ちしてました! すぐ出ますね』


 明るい声だった。

 きっと、俺がインコを連れて帰ってきたと思っているのだろう。

 なんと謝ったものか。

 そんなことを考えていると、玄関の扉が開き——。


「あ、マリブ! どこ行ってたの!」

「——嘘だろ」


 青い何かが俺の横をすり抜けた。

 ついさっき、空の彼方へ消えていったはずのセキセイインコ。

 マリブと呼ばれたそいつは、当然のように女性の頭へ着地した。

 そして呆然とする俺を見て、


「ピヨッ」


 と鳴いた。

 ものすごく馬鹿にされた気がする。


「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか」

「いや、俺は何もしてないですよ。報酬も結構ですので、依頼完了のサインだけお願いします」

「ちゃんと見つけてくれたじゃないですか! 報酬は受け取ってもらわないと!」

「本当に大丈夫です」


 ——それから五分。

 受け取れ、受け取らないの押し問答を繰り広げた末、捕獲に使った餌代として千円だけ受け取ることで話がまとまった。

 何はともあれ。

 棚からぼた餅というか、空からインコというか。

 依頼は無事完遂。

 普段から不運に縁のある俺を見かねて、神様がたまには気を利かせてくれたのだと思おう。

 この場合は——。

 幸せの青い鳥(マリブ)が、だな。


                ※


『愛知警衛育成高等学校』——通称、警衛高。


 俺たちが通うこの高校は、一般の高校とは少しばかり毛色が違う。

 犯罪者の調査、追跡、制圧、逮捕。

 それらに必要な知識と技術を学び、一人前の『警衛』を育成することを目的とした国立高校だ。

 では、警衛とは何か。

 一言で表すなら——犯罪者を捕まえることを国から許された職業である。

 警察との大きな違いは、警衛には独自の判断で犯罪者を調査、追跡する権限が認められていること。

 その性質上、警衛高で行われる授業も普通とは程遠い。

 尾行、潜入、捜査、格闘、武器の扱い。

 普通の高校でやれば、まず保護者から苦情が殺到するであろう授業ばかりだ。

 そんな学校が必要になった理由の一つが——『能力者』の存在だった。

 超常的な力を持つ人間が犯罪に手を染めれば、一般の警察官だけでは対処しきれない場合がある。

 増加する犯罪と、それに伴う警察の人手不足。

 その穴を埋めるために作られた制度が『警衛』であり、その育成機関が警衛高校だ。


              ※


「おうおう、浅瀬や浅瀬ぇ。依頼はちゃんと受けてきたんだろうなぁ、あぁ?」


 職員室へ入った途端、暴力団(スジモン)の事務所へ連れてこられた一般人(カタギ)の気分を味わう羽目になった。

 椅子の上で器用にあぐらをかき、電子タバコをふかしているのは真壁迅。

 我らが検挙科(アレスト)の担任にして、学年主任を務める大先生である。

 身長は二メートル近くあり、そこらのボディービルダーが可愛く見えるほど鍛え抜かれた肉体。

 その分厚い胸板は、もはや大木を思わせる。

 高校生男子を片手で投げ飛ばしたとの目撃証言から、握力五百キロ説まで囁かれている。

 因みに投げられたのは俺なのだが。

 生徒からは畏怖を込めて『魔人』と呼ばれている女性だ。

 大事なことなので二度言うが——女性である。


「受けてきましたよ。既に完遂済みです」


 依頼主に記入してもらった書類を差し出す。

 魔人はそれをひったくるように受け取ると、数枚めくり——露骨に眉をひそめた。


「また『星無し』でお茶濁しか」

「俺にできる依頼を選んだ結果です」


 警衛に寄せられる依頼は、大きく三種類に分けられる。

 地域住民から寄せられ、基本的に誰でも受けられる『星無し依頼』。

 警察から警衛へ回され、受諾に階級制限のある『星付き依頼』。

 そして、警察から特定の生徒へ直接協力を求める『指名依頼』だ。

 魔人は何かにつけて、俺に星付き依頼を受けさせたがる。

 しかし——。


「お前なら、もう少しまともな依頼も受けられるだろうが」

「俺は赤星(レッド)ですよ」


 胸元の星形の校章を指で弾く。

 赤。

 警衛に存在する階級の中でも最底辺を示す色だ。


「実力相応の階級なら話は別だろうが」

「俺が受けられる星付きなんて、囮捜査の捨て駒か、アングラ組織への潜入員くらいじゃないですか」


 しかも、殉職率は二割程度。

 誰が好んでそんな依頼を受けるものか。

 考えが顔に出たのか、珍しく諭すように語りかけてくる。


「実力を隠すのは、警衛として何も悪いことじゃねぇ。手の内を見せねぇのも立派な策だ。けどな、お前は面倒くせぇって理由だけで手ぇ抜いてるように見えてしょうがねぇんだよ」

「買い被りですよ」


 そろそろ退散した方がよさそうだ。

 これ以上この話題を続ければ、依頼の単位より先に俺の命が不足しかねない。


「まぁいい」

「——?」

「とりあえず、危なげなく卒業できるくらいの単位は取っとけ。お前がどんなつもりでも、卒業できなきゃ話にならねぇ」

「できる限りで精進します」

「その言い方が一番信用ならねぇんだよ」


 これ以上長居をすると、さらに小言が飛んできそうだ。魔人に一つ頭を下げ、そそくさと横開きの扉に手をかけた。

 すると反対側からも扉が引かれ、一人の女子生徒が姿を現した。


「ッツ」


 彼女を見た瞬間、全身の体毛が逆立ち、ドッと汗が吹き出す。

 紅く長い髪と真紅の瞳。

 染色やカラーコンタクトによるものではないと即座に理解した。まるで紅玉(ルビー)を埋め込んだような瞳が、深く紅く輝いていた。


 ——『能力』による遺伝子変化(メタモルフォーゼ)。


 この世界には普通じゃ考えられない超常現象を引き起こす能力者が存在する。

 自身の身体能力を数倍まで引き上げたり、周囲にある物を手も触れず動かしたり、水を思うがままに操ったりと、まさに神の御技(みわざ)を体現する人間達だ。

 だが、今の時代では、能力者はそこまで珍しいものではない。

 能力管理局(ノウカン)の発表によれば、日本国民の約千分の一。つまり、日本だけでも十二万人が能力を持っている計算となる。

 能力を持った犯罪者を相手取ることも多いのが警衛だ。一般校と比べても能力者の数はかなり多い。

 俺が驚いたのは、彼女の容姿が示す異常性だった。

 フグが己の毒で死ぬ事がないのと同じで、能力が覚醒した者は、自身の能力で肉体が滅びないよう、その能力に適した身体へと遺伝子レベルで変化するのだ。

 そして、能力が強大であればあるほど、その変化は見た目に現れる——目の前の彼女のように。

 

「通してもらってもいいかしら?」

 

 凛とした透き通る声に我に返り、俺はすぐに身体を横へずらして道を譲った。


「すまないな」

「こちらこそ」


 道を塞ぎ、不躾に見つめてしまったことを詫びると、彼女は気にした様子もなく、俺の横をスタスタと通り過ぎて職員室へ入っていった。

 入れ替わりに廊下へと出た俺は、あの女子生徒について考えていた。

 俺が感じたのは、純然たる恐怖。

 強者が集う警衛高校でも、こんな感情を抱いたのは一部の教師を除いて初めての事だった。

 警衛高校は各学年約五百二十人、三学年で千五百人を超える大所帯だ。社交的でない俺が彼女を知らなくても、何ら不思議ではない。

 しかし、あれだけ目立つ容姿をしていて、噂の一つも聞いたことないなんてあるのだろうか。

 千歳と同じ一年生だろうか。後で聞いてみるか。

 二度と会わないことを願っているが。


                  ※


「あ、光希先輩!」


 警衛高校の校門前で文庫本を読んでいると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。本から顔を上げれば、制服姿の少女がこちらへ小走りに近づいてくる。

 小動物を思わせる小柄な体躯。

 そして、なにより体躯に見合わないほど、豊かに実った胸。

 色素の薄い茶髪はツーサイドアップに結ばれ、走るたびに二つの髪束がぴょこぴょこと揺れている。

 そんな警衛高校でも指折りの美少女である後輩に——俺はデコピンを放った。


「遅い」

「い、痛いです! パワハラです! この鬼畜先輩!」

「誰が鬼畜だ。遅れるなら連絡しろ」

「それについては海よりも深く、山よりも高い事情がありましてですね」


 時刻は十六時半。

 待ち合わせから、きっかり三十分が経過している。

 千歳の言い方からして、ろくな理由ではない。

 それでも一応、弁明の機会くらいは与えてやろう。


「遅れた理由は?」

「ふふふ、よく聞いてくださいました! いつも行く古びたゲーム屋さんに、二度と世の中に出回ることはないとまで言われたクソゲーの中のクソゲー『エンドレスライフ』が何故か残っていたのです!」

「——」

「これを買わずしてゲーマーを名乗る資格はないのです!」

「はぁ。もういい」

「むー。人の話は最後まで聞くですよ!」


 『雪名』の名を体現するかの如き白い肌。日夜ゲームに勤しみ、外へ出ないと知った時には妙に納得したものだ。

 動かない分、栄養が一点に偏ったのか。たわわに実った豊満なバスト。

 彼女の可愛さは残念の名の下に形成されていた。

 彼女こそ人呼んで。


「残念微笑女の名は伊達(だて)じゃないな」

「待ってくださいです先輩。今、どういう漢字を書きましたですか?」

「気にするな」

「ものすごく気になるです!」


 残念で、微妙に笑える少女。

 それでいて美少女。

 誰が最初に言い出したのかは知らないが、これほど綺麗に成立する呼び名も珍しい。

 ふと、千歳の胸元へ目を向ける。

 そこに付けられた星形の校章は、紫色に輝いていた。

 紫星(パープル)。

 一年生——もっと言えば、入学から僅か二ヶ月ほどで、千歳は俺より三つ上の階級まで昇っている。

 警衛には、個人の能力や実績に応じた階級制度がある。

 最下位の赤星(レッド)から始まり、青星(ブルー)、黄星(イエロー)、そして紫星(パープル)。

 黄星(イエロー)まで昇れば、警察の捜査に本格的に加わることができる。

 そして、紫星(パープル)は警衛にとって一つの分岐点だ。

 卒業までにここへ到達できなければ、警衛としてのライセンスを失う。逆に言えば、紫星(パープル)まで上がることができれば、卒業後も警衛として活動できる。

 その上には銀星(シルバー)、さらに金星(ゴールド)が存在する。

 銀星(シルバー)に到達できる生徒は、在校生の約五パーセント。

 さらに、その銀星(シルバー)から金星(ゴールド)へ昇級できる者は十人に一人と言われている。

 圧倒的な能力と実績を要求される金星(ゴールド)には、犯罪捜査の指揮権すら認められる。

 つまり——。

 言動は残念でも、千歳はかなり優秀なのである。

 そんなことを考えている間にも、校門を通る生徒たちからちらちらと視線を感じた。

 中身はともかく、見た目だけなら目立つ美少女だ。

 変な噂が立つのも面倒なので、そろそろ移動するとしよう。


「それで、これからどうするんだ?」

「先輩には私のお買い物を手伝ってもらいたいんです。簡単に言えば荷物持ちですね」


 元々、今日こうして待ち合わせをしたのは、インコ探しに協力してもらった報酬を支払うためだ。

 何を要求されるかと思っていたが——。


「買い物? 重い物でも買うのか?」

「いえ、普通に生活用品ですよ」

「そんなことでいいのか?」

「はいです。私が家から出ないのはいつものことなのですが」

「さも当然のように堕落した生活を認めるな」

「いつも本ばっかり読んでいる変人の先輩に言われたらお終いな気もしますが、まぁ今は置いておきましょうです」

「誰が変人だ」


 俺の抗議を華麗に無視し、千歳は話を続ける。


「先輩もご存知の通り、私は一人暮らしなので、数週間分の買い物をまとめてするのです。日用雑貨なんかは、やっぱり使い慣れたものがいいですからね。少ない体力(HP)を削って買いに行くのです」

「なるほど」


 学校以外では引き籠もり生活を送っている千歳にとって、数週間分の買い物は確かに重労働に思える。

 その程度で報酬を消化できるなら安いものだ。

 そんなわけで、俺たちは商店街へ向かうことになった。


              ※


 両手いっぱいに買い物袋をぶら下げながら、商店街を歩く。

 確かにこの量は、体力のない千歳には厳しそうだ。

 そう思って隣を見れば。


「ふふっふっふーん」


 当の本人は、台詞に音符でも付きそうな勢いで上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。

 しかも、どこかで聞いたと思えば、赤い帽子を被ったおじさんが跳ねたり走ったりするゲームのBGMである。

 特に意味はないのだろうが、相変わらずセンスが分からん。


「ご機嫌だな」

「はいです。いつもならレベル一で魔王を倒す縛りプレイを強要されている気分でしたが、先輩という武器を手に入れた今! 隠された力に目覚めて魔王を一撃で消し炭にした気分です!」

「人を武器扱いするのはやめてくれ」


 とはいえ、一番重そうなリュックだけは千歳が背負ったままでいる。

 全部押しつけてくるほど図々しくはないらしい。

 生意気なのか、可愛げがあるのか、判断に困るところだ。


「あとですね」

「なんだ?」

「こうして誰かとお出かけすることって、あんまりないので——嬉しくないわけじゃないですよ」


 それまでの浮ついた声が、少し小さくなった。


「友達いなさそうだもんな」

「先輩に言われてしまったらお終いですねっ」


 そう言って、千歳は嬉しそうに微笑んだ。

 なるほど。

 普段の残念な言動さえなければ、こいつが美少女扱いされるのも分からなくはない。

 ——いや。

 こういう笑顔も含めて、なのかもしれない。

 時刻は十八時。

 夕食時でもあり、買い物を終えた俺たちは、俺の行きつけである喫茶店へ向かっていた。

 そこで、ふと昼間にすれ違った少女を思い出す。


「そういえば今日、変わった生徒とすれ違ったんだが、その人物を特定できるか?」

「鏡でも見ましたです?」

「残念ながら女子生徒だ」


 両手が空いていたら、脳天にチョップを落としていたところだ。

 俺の手を封じておいて良かったな。


「そうですね。警衛高校の生徒さんであれば、三分も貰えれば調べられますよ?」

「さすが探索科(サーチ)だな」


 探索科(サーチ)。

 コンピューターを用いた情報収集や解析を専門とし、捜査に必要な情報を洗い出す人材を育成する学科だ。

 入学早々に紫星(パープル)まで昇った千歳は、その探索科(サーチ)の中でも頭一つ抜けている。

 クソゲーについて熱弁していた人間と同一人物と思いたくない。


「では、サクッと調べちゃいますね。特徴を教えてくださいです」

「階級と学年は分からない。紅い髪と紅い瞳の女子生徒で、身長は百五十センチくらい。顔はかなり可愛かった」


 千歳はリュックからタブレット型のパソコンを取り出し、慣れた手つきで画面を操作し始めた。


「むぅ。一応聞いておきますが、先輩が一目惚れしたわけではないですよね?」

「俺が色恋に興味ないのは知ってるだろ。ただ気になっただけだ」


 正確には、面倒事に巻き込まれないよう先に情報を仕入れ、関わりを避けるためなのだが。

 たかが一度すれ違っただけの女子生徒。

 我ながら警戒しすぎな気もするが——不幸で有名な俺のことだ。

 嫌な予感を無視して得をした記憶はない。


「パッと調べた感じですけど、該当する方は愛知警衛高校にはいませんね」

「いない?」

「警衛高校の名簿から検索したので間違いないです。それに紅髪に紅い瞳なんてアニメに出てきそうな女性がいたら、校内で噂になってますですよ」

「それもそうだな」

「時間をもらえれば、全国の警衛高校から調べることもできますけど、どうしますです?」

「いや、大丈夫だ。手間を取らせて悪かったな」


 警衛は依頼によって、他県へ出向くこともある。

 ならば、他校の生徒だったのか。

 少なくとも愛知警衛高校の生徒ではない。

 それなら、もう会うこともないはずだ。

 ——一安心といったところか。

 そんな話をしているうちに、目的地へ辿り着いた。


「ここが先輩の行きつけの喫茶店ですか?」

「ああ。ゆっくり読書をするのに最適な場所だからな」


 喫茶店『サキノ』。

 人通りの少ない裏路地にひっそりと佇む、昔ながらの喫茶店だ。

 立地のせいもあって、繁盛しているとは言い難い。

 同世代の若者たちが、大通りにある小洒落たカフェへ流れてしまうのも原因だろう。

 俺としてはこの静けさが気に入っている。

 古き良き(ノスタルジック)な外観で、入口には『OPEN』の手書きプレートが掛けられている。


「お腹も空きましたし、早く入りましょうです!」


 千歳が嬉々としてドアノブへ手を伸ばす。

 ——その瞬間。

 店内から、怒声が響いた。

 伸ばされた千歳の手が止まる。

 続いて聞こえたのは——パリン、と食器が割れる乾いた音だった。

 千歳はすぐに俺へ視線を向け、判断を待つ。

 俺もすぐには扉を開けず、その場で耳を澄ませた。


「早くレジを開けろ! こんなちんけな店でも多少は入ってんだろ!」

「や、やめてください」


 聞き間違えるはずもない。

 マスターの声だ。

 人通りの少ない裏路地にあるサキノは、良く言えば静かで落ち着いた店だが、悪く言えば周囲の目が届きにくい。この時間に店にいるのも、マスターと孫娘の詩織くらいだ。

 強盗からすれば、さぞ都合のいい店に見えたに違いない。

 よりにもよって、俺が来る日にやらなくてもいいだろうに。


「千歳。警察に連絡。俺が中に入ったら、店の裏手で待機してろ」

「先輩はどうするんです?」

「時間を稼ぐ。状況次第では取り押さえる」

「無茶はしないでくださいね」

「善処する」

「それ、信用できないやつです」


 両手に提げていた買い物袋を千歳へ預け、カーテンの下りた窓から店内の様子を窺う。

 人影までは確認できない。

 ただ、聞こえてくる怒声は一人分。少なくとも今のところ、複数犯を疑う要素はなかった。

 本来なら警察の到着を待つのが一番安全だ。

 しかし、中にはマスターと詩織がいる。

 警察が来るまでの数分で、取り返しのつかないことが起きるかもしれない。

 俺は小さく息を吐き、店の入口へ回った。


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