第五章 地獄祭り (3)
運動場へ戻る途中、エイル、千歳と合流した。
三人で輝夜の競技を観戦しようと校庭へ向かうと、その光景に目を疑った。
「こ、これは凄いですね!」
「どっから持ってきたんだこんなもん」
運動場には、三台もの大型ディスプレイが設置されていた。
それぞれの画面は九分割され、校舎や中庭、学食周辺など、学内の至るところが映し出されている。
固定カメラによる映像だけでなく、上空から撮影されたものまである。
見上げれば、九機のドローンが校舎の間を縫うように飛行していた。
「一体何の競技なのかしら」
「これだけカメラを使ってるってことは、運動場だけで完結する競技じゃなさそうです」
千歳の言うとおり、学校全体を競技場にするわけか。
そもそも、地獄祭りの種目は調理、早食い、タイピングときている。
体育大会という名称に相応しい競技が一つも存在していないのだから、早いとこPTAが訴えてくれるのを祈るばかりだ。
次は何だと、周りがざわめく中でスピーカーからざざっとノイズ混じりに魔人の声が聞こえてきた。
「あー、テステス。残る種目もあと二つだ! 次は追跡科による『百一匹ねこちゃん』を開始する! まずはAブロックだ。BとCは順番を待て。参加者は各自、指定された場所へ移動しろ!」
「ねこちゃんですか! 何ですかその可愛らしい競技名は!」
「名前に騙されない方がいいわよ。どう考えても嫌な予感しかしないもの」
「同感だ。むしろ今までで一番、体育大会らしい競技になるかもしれんぞ」
俺の言葉と同時に、大型ディスプレイの映像が切り替わった。
映し出されたのは、各学年の拠点と思われる教室だ。
パソコンの前に座る生徒たちの姿があり、室内の音声までスピーカーから流れてくる。
これでは競技というより公開監視である。
「一応競技の説明をするぞ。既に警衛高校の敷地内に百一匹の猫を放った。その猫達は首輪をしている。首輪には発信器が付いてて、追跡科諸君の拠点にあるパソコンに位置情報が送られる。お前達にはその情報を頼りに猫を捕まえてもらう。捕獲した猫は指定の場所まで運べば、教員が確認した時点で捕獲成功とする!」
中継映像は観客専用で、競技者は見ることができない。
動物愛護団体から猛クレームが来そうな競技だった。
そこで、先ほど輝夜と出会った黒猫を思い出した。
あの不細工な鳴き声の持ち主も、今回の競技に参加する猫だったのか。
いやらしいのが『犬』ではなく『猫』である点。
気紛れの代名詞にも使われる猫様だ。餌を与えれば喜んで駆けてくる犬とは違い、警戒心の塊である猫を捕まえるのはかなり難度が高い。
いくら位置情報が手に入っても、人間が猫の足に追いつけるわけもなく、逃げられてしまう。
「残念だけど、競技としては理にかなっているわね」
「ああ。追跡科は対象の居場所を特定し、逃走経路を予測して包囲網を敷くのが仕事だからな。情報処理能力と現場での判断力、どちらも試される」
ただ、追跡科の連中が何の対策もせず競技に臨むとは思えない。各学年、何かしら策を用意しているはずだ。
「因みにだが追跡科の人間は検挙科のメンバーが、猫耳を付けて逃げ回ると思っていたから、本物の猫相手の準備はしていない。さっきの競技で検挙科の大半が保健室送りになってしまったからな。急遽仕様変更させて貰った」
「っしゃあ!」
俺とエイルは並んでガッツポーズをした。危うく大衆の前で醜態を晒すところだったのだ。今日一番の喜びと言っても過言では無い。
「非常に残念です、先輩方の猫耳見たかったです」
「絶対」
「無理」
千歳の言葉に阿吽の呼吸で返しながらスクリーンを見れば、当初の予定と違う事に追跡科の面々は慌てていた。
しかし、上級生の方がやはり計画の変更をスムーズに行えているようで混乱は一時のものだった。
「よーし! 説明は以上! それじゃあ『百一匹ねこちゃん』、開始だ!」
魔人の号令と共に、各学年の生徒たちが動き出した。
これまで散々破壊してきたホイッスルは、ついに使用を諦めたらしい。
備品係にとってはさぞや朗報に違いない。
俺たちも二年生の映像が映し出されたディスプレイへと向かう。
その周辺には既に多くの生徒が集まっていた。
三嘉月輝夜親衛隊——俺が近づくと凄い形相で睨んでくるから分かりやすい。
先ほどとは違い、スクリーン越しのためか声援は少ない。どの学年が勝つか、賭けの相談まで聞こえてくる。
道理で、ファンファーレまで競馬の音楽なわけだ。
スクリーンを確認すると、各学年の拠点に残っているのは三人ほどだった。
残りの生徒は校内へ散開しており、拠点から送られてくる位置情報を頼りに猫を捜索している。
情報班と捕獲班に分けたわけだ。
「井之口さん、三時の方角に信号を確認したよ。目視できる?」
「うん、見つけた! でも距離が十メートルくらいあるから、近づいたら逃げられちゃうかも」
「大丈夫。反対側には草野さんが待機してるから、そっちへ誘導してくれる?」
「了解! さっすが輝夜!」
スピーカーから聞こえてきたのは、輝夜を中心とした二年生の通信だった。
拠点で全体の指揮を執っている。
画面には複数のウィンドウが表示されており、猫の位置情報と各生徒の現在地が重ねられている。
それらを確認しながら、輝夜は次々と指示を出していた。
しかも、指示が的確だ。
必要以上に情報を伝えず、方角と距離だけで位置を共有している。
通信内容が観客に公開されている以上、他学年にも聞かれている可能性を考慮している。
一方、一年生の拠点からは。
「違うって! 学食の裏だよ! 食材の匂いに釣られて猫が集まってるんだって!」
親切な情報が聞こえてきた。
これでは、他学年に猫の居場所を教えているようなものだ。
「三上、現在の標的は放棄しろ。数人連れてC地点へ向かえ。学食裏を封鎖して、一年より先に確保するぞ」
案の定、三年生が動いた。
さすがに上級生ともなれば、他学年の情報を利用することにも躊躇がない。
現場を地点名で管理しているあたり、指揮系統も洗練されている。
大型モニターに各学年の捕獲数が表示された。
三年生、二十匹。
二年生、十七匹。
一年生、五匹。
残る猫は五十九匹。
やはり三年生が優勢で、一年生は大きく出遅れている。
この程度の差なら二年生にも十分勝機はあるはずだ。
そう考えていた矢先、三年生の映像に変化があった。
「原田、そこに反応が出ているぞ。対象を捕獲したのなら報告しろ」
「え? まだ捕まえてないよ。というか、周りに猫なんて——ちょっと待って」
「どうした?」
画面が切り替わり、ドローンの映像が一人の女子生徒の足元を映し出した。
そこには確かに発信器の反応がある。
しかし、肝心の猫の姿が見当たらない。
「——やられた。これ、首輪だけだ。他の学年が首輪を外して、猫を回収してる」
「くそっ! そういうことか!」
その報告に、三年生の拠点が騒然となった。
これは上手い。発信器が付いているのは、あくまで首輪だ。外してしまえば、信号を追っても猫のいる場所には辿り着けない。
二年生の拠点を映すスクリーンには、仲間からの報告を聞きながら、普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべている大和撫子の姿があった。
——おいおい。
今日の輝夜は容赦をしないみたいだ。
※
スクリーンの向こうで、輝夜がヘッドセットを軽く押さえた。
「井之口さん、予定を変更するよ。第二班は西棟へ移動して。草野さんたちは、そのまま捜索を続けてね」
「了解!」
穏やかな声で指示を出す輝夜。
その一方で、三年生の拠点では慌ただしい声が飛び交っていた。
「また反応が動いたぞ! D地点へ向かえ!」
「待って! さっきもそれを追って空振りしたでしょ!」
三年生が追うかどうかで揉めている間にも、首輪を持った二年生は校舎の角を曲がっていく。
ドローンの映像が切り替わると、別の班が猫を抱え、指定された場所へ駆け込むところだった。
囮で足止めし、その間に捕獲を進める。輝夜は二つの班へ、交互に指示を出していた。
「第三班、予定どおりお願い。第二班はもう少しだけ待機しててね」
通信から得られる情報は限定的だ。
具体的な場所も目的も明かさず、仲間にだけ通じる指示を出している。
その結果、三年生は二年生の行動を予測することさえ難しくなっていた。
「——三嘉月さんて、あんな駆け引きも得意だったのね」
「人が好いことと、勝負に甘いことは別なんだろ」
「それにしたって容赦がないわ」
「敵に回したくない相手なのは確かだな」
実際、スクリーンに映る輝夜は、仲間へ指示を出すたびに楽しそうな笑顔を見せている。
「先輩、二年生が逆転しましたです!」
モニターでは、いつの間にか二年生が十二匹もの差をつけていた。
三年生も遅ればせながら態勢を立て直し始めたが、ここまで差を広げられては厳しい。
そして、勝敗は間もなく決した。
「そこまでェ! Aブロック、勝者は二年Aァア!」
魔人の宣言と共に、校庭が歓声に包まれた。
大型モニターに表示された最終結果は、二年生が六十匹。三年生が三十四匹。そして一年生が七匹。
二位に二十匹以上の差をつけての圧勝だった。
輝夜は、最後まで三年生を翻弄し続けた。
「三嘉月さん、さすがだ!」
「やっぱり俺たちの女神だァア!」
周囲では親衛隊の連中が、我が事のように勝利を喜んでいる。
今回ばかりはその騒ぎにも納得できた。
捕獲班の働きはもちろんだが、それを支えた輝夜の采配は見事なものだった。
三年生が優勢だった戦況を、情報一つで覆してしまったのだから。
学年一の秀才、三嘉月輝夜。
その実力を改めて思い知らされた気がする。
それから程なくして、競技を終えた輝夜がこちらへ戻ってきた。
「お疲れ、大活躍だったな」
「ありがとう、光希くん。みんなが頑張ってくれたお陰だよ」
いつもどおりの笑顔だった。
だが、どこか様子がおかしい。
足取りが覚束ず、時折ふらりと身体を揺らしている。
「おい、大丈夫か?」
「うん——ちょっと頭を使いすぎちゃったみたい」
笑っていた輝夜が、次の瞬間、大きく体勢を崩した。
「——っと! 大丈夫か?」
反射的に腕を伸ばし、倒れかけた身体を支える。
危うく地面に転がるところだった。
しかし、輝夜は俺に体重を預け、ぐったりとしてしまった。
「ん——ごめんね、光希くん。少しだけ——」
最後まで言い終えることなく、輝夜は目を閉じた。
この猛暑の中、競技中は一瞬たりとも気を抜けなかったはずだ。
何より、こいつは自分の体調より他人のことを優先する性格だ。
競技に集中するあまり、疲労に気づかなかったとしても不思議ではない。
ただ、いくら疲れていたとしても、こんな場所で眠られては困る。
「三嘉月さんは大丈夫なの?」
「心配ですね」
エイルと千歳が心配そうに輝夜の顔を覗き込む。
「保健室に連れていく。熱中症だと厄介だしな」
「私もついていくわ。光希だけじゃ心配だし」
「そうですね! 光希先輩が輝夜さんにセクハラしないとも限りませんし!」
「誰がするか。いいから手を貸せ。早く保健室へ運ぶぞ」
言い返したいことは山ほどあるが、今は輝夜の方が先だ。
俺は膝を折り、エイルに手伝ってもらいながら輝夜を背負った。
千歳には荷物を任せ、校舎へ向かうことにする。
※
校舎に入ると、冷房の効いた空気が肌を撫でた。
外の熱気に晒され続けた身体には、これだけでも十分ありがたい。
俺たちは足早に廊下を進み、保健室の扉を開いた。
「——ここは本当に保健室ですか?」
中を覗き込んだ千歳が、思わずそんな声を漏らした。
広い室内には百台近いベッドがずらりと並び、その大半が既に使用され、あちらこちらから苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
早食い競争で限界を迎えた生徒や、炎天下での競技に耐えられなかった生徒。
中には、ベッドに横たわりながら夏休みの無給労働を嘆いている者までいる。
「おー、光希じゃん。どうした癌か? エイズか? 白血病か?」
「なんでどれも致命的な病なんだ」
「すまん薬物依存だったな」
「違う。クラミジアだ」
「結局、性病じゃないの!」
「うぐっ」
隣のエイルから、腹パンを受けた。
輝夜をおぶっているせいで避けられず、モロに食らってしまう。
早食いの直後だったら確実にリバースしていたぞ。
「やっぱり光希は面白い。で、用件は後ろの三嘉月で間違いないか?」
「多分疲れてるだけだと思うが、その辺に寝かすわけにもいかないから連れてきた」
「呼吸は安定してるし、顔色も悪くない。発汗にも異常は見られないな。熱中症の心配もなさそうだ。奥のベッドで休ませてやれ」
「了解した」
適当な対応に見えるが、牧場先生は救命科の担当教師でもある。そこら辺の医者とは比べ物にならないほどに優秀な人間だ。
彼が問題ないと言うのであれば、心配はいらない。
牧場先生の指示に従い、輝夜を一番奥のベッドへ運んだ。
カーテンは付いているので、エイルと千歳で輝夜の汗を拭いてもらう事にする。
その間に、輝夜が起きた時に暇を潰せるように、本でも持ってこようと検挙科の教室へと向かった。
校庭からは、猫を放すまでBブロックの生徒は待機するよう放送が流れていた。
教室へ到着し、扉を開くと——足元で黒い影が動いた。
「ぶにゃあ」
間の抜けた鳴き声に黒い毛並み。
そして、首に巻かれた細い首輪。
「さっきの猫か?」
俺の問い掛けなど理解できるはずもなく、黒猫は尻尾をゆらりと揺らした。
どう見ても、輝夜と見かけた猫だった。
おかしいな。
さっきの競技では百一匹全ての捕獲が確認されていたはずだ。次の猫もまだ放されていないのに、こいつはどこから来た?
捕獲した猫は教員が確認し、各学年の得点に加算される仕組みなのだから、取りこぼしがあったとは考えにくい。
考え込んでいた隙に、黒猫は俺の横をすり抜け、廊下の彼方へ駆け出してしまった。
こんな暑い日に猫と追いかけっこをする趣味はない——魚を咥えたどら猫であれば追いかけたかもしれないが。
しかし、閉め切られた部屋に、どうやって入り込んだんだか。
俺は自分の机から一冊の本を取り出し、教室を後にした。
※
保健室へ戻る途中で、Bブロックの猫を放すという放送が聞こえた。Cも含めて、あの数をあと二回捕まえるのか。付き合う教員も大変だな。
その後に控えているのは、護衛科の競技だ。要人の身辺護衛や重要施設の警備を専門とする学科である。
政府関係者を狙う犯罪者と対峙する機会も多く、その危険性に見合うだけの報酬が支払われるから高給取りが多い——殉職する危険も、それだけ高いのだが。
保健室の扉を開けると、室内は先ほど以上に騒がしくなっていた。
地獄祭りも終盤だからか、負傷者の数は増える一方である。
この調子では、閉会式までにベッドが足りなくなるのではなかろうか。
いらない心配をしていると、カーテンの隙間からエイルが顔を覗かせた。
「おかえり、光希」
「ああ。輝夜は?」
「まだ眠ってるわ」
エイルの後ろからベッドを覗けば、輝夜は静かに寝息を立てていた。
しばらくは起きそうにない。
「先輩、ちゃんと本を持ってきたんですね!」
「何しに教室へ戻ったと思ってるんだ」
「途中で読み始めて、そのまま帰ってこない可能性も考えてたです」
「否定できないから耳が痛いな」
今回は輝夜のために取りに行ったのだ。
さすがに目的を忘れるほど薄情ではない。
俺はベッド脇のテーブルに本を置いた。
寝返りでも打ったのか、布団がずり落ちている。
手を伸ばして掛け直してやると、その拍子に輝夜の指先が俺の手に触れた。
「——ん」
小さな声が漏れ、次の瞬間、俺の人差し指が掴まれる。
「——輝夜?」
返事はない。
試しに指を動かしてみると、逃がすまいとするように握る力が僅かに強まった。
「どうしたの?」
「いや。どうも捕まった」
俺が右手を軽く持ち上げると、エイルが目を丸くした。
「寝ぼけてるみたいね」
「むぅ、けしからんです。先輩」
輝夜が起きた様子はない。その癖、意外と強い力で握られているため、無理に剥がすと起こしてしまいそうだ。
仕方なく、空いている椅子を左手で引き寄せた。
「二人は競技を見てこいよ」
「いいの?」
「別に出場するわけでもないしな。それに、そろそろ涼しい場所で休みたかったところだ」
正直言えば、外の暑さに疲れ果ててたところだ。この後は『天国祭り』——後夜祭がある事を考えれば多少休息を取るのも選択肢の一つ。
「むぅ。輝夜さんに変なことしちゃダメですよ?」
千歳は膨れっ面をしながらも、渋々了承した。というか、呻き声の響くこの保健室から早く逃げ出したいだけか。
「安心しろ、牧場先生もいるんだから」
「じゃあ、雪名は私が連れていくわ。三嘉月さんのこと、お願いね」
「何かあれば牧場先生を呼ぶさ」
エイルは一度だけ輝夜の寝顔を確かめ、千歳を連れて保健室を出ていった。
さて、これでようやく静かになった——周囲の呻き声を除けば、だが。
俺は椅子に腰を下ろし、左手で、さっき持ってきた文庫本を開く。
輝夜の指先から伝わる熱が、冷房で冷えた俺の右手を温めている。
たく、片手じゃ本を読みづらいってのに。
※
「ここで二年Aギブアップかぁ! 護衛科の『絶叫ソーラン節』、Aブロックの優勝は三年Aに決まったぁ!」
保健室のスピーカーからは、音量を抑えた魔人の声が聞こえてきた。いつの間にか猫捕獲のBブロックとCブロックも終わり、最後の競技まで進んでいたのか。
既に俺は持ってきた本を読み終えてしまったため、二周目に突入している。
案外一度読んだ本でも繰り返し読むことで新しい発見があり新鮮だ。
「ん」
隣で小さな物音がした。
輝夜が身じろぎし、眠たげに目を開ける。
しばらく天井を見つめていたかと思えば、今度は不思議そうに周囲を見回し始めた。
「おは——」
「なんだぁ、夢かぁ」
蕩けるような声でそんな事を言ったかと思うと、芋虫のように毛布の中に戻っていく。
「ふむ」
きっと頭の中にインストールされてるソフトが多いせいで、起動に時間がかかっているんだろう。
まるで一昔前のコンピューターみたいだ。
さて、夢現の輝夜を、どう起こしたものかと思案していると。
「って夢なわけないよね!」
バサっと、毛布を飛ばしながら輝夜が直角に飛び起きた。上半身と下半身が綺麗な九十度だ。
「今度こそお目覚めか。あんな輝夜は初めて見たから新鮮だったぞ」
普段は俺が起こしてもらう立場なのだから、輝夜の寝起きを見る機会なんて滅多にない。今回は立場が逆転したことだし、少しくらいからかっても罰は当たらないはずだ。
「私変なことしてた!?」
焦った様子で、自身の身体を服の上からペタペタと触りながら、真剣な表情で問いかけてきた。
あまりの取り乱しように、一瞬言葉が詰まる。とはいえ、何をそんなに気にしているのかはわからない。ひとまず寝起きの話だと判断して答えることにした。
「落ち着け。寝起きが悪いのなんて俺も一緒だから安心しろ。特に変なことじゃない」
そう答えると輝夜は明らかに安堵した様子で息を吐く。
「あちゃ。寝起き悪いのバレちゃったかぁ。光希くんに弱みを握られちゃったね」
「指は輝夜に握られてるけどな」
「——えっ? あ、ごめんね!」
俺の指を握りしめていたことに、今になって気づいた輝夜が慌てて手を離す。
「別に構わん。それより、もう身体は大丈夫なのか?」
「うん。今はすっきりしてるよ」
輝夜は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
先ほど倒れた時のような疲労は感じられない。
ただ、さっきまで何かを気にしていた様子だけは、少し引っ掛かった。
寝起きの悪さくらいで、あそこまで焦るか?
まあ、本人が話したくないのなら、わざわざ聞き出す必要もないか。
それから、輝夜のために持ってきた本の内容などを話していると、カーテンの向こうから、聞き慣れた二つの足音が近づいてきた。
「三嘉月さん、目が覚めたのね」
姿を現したのは、エイルと千歳だった。
「あ、琴乃葉さん。雪名ちゃんも。心配かけちゃったね」
「気にしなくていいわ。それより、体調は?」
「もう平気だよ。ちょっと寝たらすっきりしちゃった」
「本当ですか? 無理は駄目ですよ、輝夜さん!」
珍しく真剣な表情を浮かべる千歳に、輝夜は苦笑しながら頷いた。
「ところで、最後の競技はどうなった?」
「Aブロックは三年Aの優勝よ。二年Aは途中で全員倒れちゃったわ」
「護衛科の皆さん、悲鳴を上げながら踊ってたです!」
「絶叫ソーラン節だからな。競技名には忠実だったわけか」
話を聞けば、ダンベルを持たされた状態で延々とソーラン節を踊らされたという。
もはや何を競っているのか理解できないが、今さら教師陣の発想に疑問を抱いても仕方あるまい。
「光希くんは、ずっと付き添ってくれてたんだよね。ありがとう」
「気にするな。涼しい場所で本を読めたし、丁度よかった」
「ふふっ。光希くんらしいね」
礼を言われるほどのことはしていない。
実際、読書は十分に楽しませてもらった。片手しか使えなかったことを除けば、快適な時間だったと言える。
その後、牧場先生にもう一度診てもらったところ、輝夜の体調に問題はないとのことだった。
水分を補給し、無理をしないこと。それだけ注意されて診察は終了。
本人も元気になったことだし、これ以上保健室に居座る理由はない。
俺たちは一度教室へ戻って着替えを済ませ、これから始まる後夜祭へ向かうことにした。




