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警衛高校の作家《リライター》  作者: 稲宮鹿
第2巻 時代遅れの怪盗
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16/19

モノローグ 主人公《ヒーロー》に憧れた少年


 少年は主人公(ヒーロー)に憧れていた。

 なぜ憧れたのか。

 そこに明確な答えなどありはしない。幼いからこその憧れだ。

 ただ、きっかけはあった。

 両親は共働きで、兄弟もいない。そんな少年が家で過ごす時間の大半は、親に買い与えられたゲームで遊ぶか、幼いながらも理解できるアニメを観ることに費やされていた。

 一番身近に感じられる、強くて格好いい他人。

 それが空想の世界に生きる物語の主人公たちだったのだ。


「僕も人の役に立ちたい。世界を護りたい」


 それは幼いながらに、少年が胸に刻んだ確かな信念だった。

 だが、当然ながら現実はそれほど甘くない。

 クラスメイトからの少年に対する評価は散々なものだった。臆病者や弱虫は当たり前。つまらないやつ、オタクみたい、弱いくせに大口を叩いている。

 そんな言葉を投げかけられても、少年が言い返すことはなかった。

 臆病で弱いという言葉を、少年自身も否定しきれなかったから。

 少年は、誰からもまともに相手にされなかった。ただ、正義の味方に憧れているというだけで、笑いものにされていたのだ。

 そんな少年には、一つのあだ名があった。

 『正義マン』。

 その名が付いたのは、少年なりの『正義』を貫こうとした結果だった。

 ある日、少年は同級生が数人の男子生徒に囲まれ、悪口を浴びせられている場面を目撃した。

 他人に立ち向かう自信などなかった。それでも、同級生が傷つけられている姿を見過ごすことはできず、少年は勇気を振り絞って止めに入った。

 アニメで見た正義の主人公(ヒーロー)のように。


「弱い者いじめは止めろ!」


 その言葉に返ってきたのは——嘲笑だった。


『ばっかじゃねぇの。かっこつけて出てきた癖に足震えてんじゃん』


 指摘された通り、少年の足は震えていた。

 手や足が出たわけではない。しかし、幼いがゆえに彼らの持つ『言葉のナイフ』は、恐ろしく鋭利な凶器になり得た。

 いじめていた少年たちの一人が、笑いながら言った。


『こいつの名前、正義マンにしようぜ』


 正義の味方と呼ばれたかったはずなのに。

 笑いながら浴びせられるその呼び名は、憧れていたものとはまるで違っていた。

 少年の勇気は、そこで挫けてしまった。

 繰り返される『正義マン』の呼び声に耐えきれず、少年は助けようとした同級生を見捨て、その場から逃げ出してしまったのだ。

 ——僕は主人公(ヒーロー)になんてなれない。

 少年がその結論を出すまでに、長い時間はかからなかった。



              ※



 ある夏の公園。

 少年が不名誉なあだ名を付けられた日から、三ヶ月ほどが経っていた。

 今日も両親は仕事で家を空けている。帰宅するまで、あと三時間はかかるだろう。

 以前であれば、家でお気に入りのアニメを観ながら、両親の帰りを待っていたはずだ。

 今は、かつて憧れた存在を観ることさえ悔しかった。自分は主人公(ヒーロー)になれない。そのことを思い知らされる気がしたのだ。


「お、お前と同じくらいの歳じゃないか」


 普段は人の少ない公園で、珍しく声がした。

 思わず顔を上げると、二人の人物がこちらを見ていた。

 親子だろうか。

 女性にしては背の高い大人と、自分と同じくらいの年頃の少年。ただし、その少年はひどく無愛想な顔をしており、こちらに興味を示す様子もない。


「何か、ようですか?」


 他人と話すことに緊張しながらも、なんとか声をかける。

 無愛想な少年はこちらを一瞥すると、「特にない」とだけ答えて踵を返そうとした。


「おいこら、ばかたれ。挨拶くらいしろとあれほど言っただろ」


 そう言って、母親と思しき女性はその頭に拳骨を落とした。


 頭を押さえながら「ってぇなあ。分かったよ。こんにちは、さようなら」と投げやりに言ったものの、女性が再び拳を握りしめると、ちらりと振り返り、慌てて言葉を継いだ。


「——ってのは嘘で、お前何歳だ?」


「えっと、今年で八歳だよ」

「なんだ、タメか。なよなよしてるから年下かと思ったぞ」

「そ、そうなの」


 おどおどする少年と、唯我独尊を地でいく無愛想な少年。傍から見ても、二人が同い年だとは到底思えない。


「お前、あだ名とかないのか?」

「えっ」


 唐突な質問に、少年はビクッと肩を震わせた。

 その反応に目敏く気づいた女性は、二人を見比べてから口を開いた。


「私はコンビニに行ってくるから、ここで待ってろ」


 そう言い残し、公園から出ていってしまった。


「はいはい。そんで、さっきの反応ならあるんだろ? あだ名」


 少年は迷った。

 あんな恥ずかしい名前を、わざわざ他人に教えたくはない。

 しかし、相手は素性も知らない、初めて出会った男の子だ。だからこそ、話してもいいかもしれない。

 そんな気持ちになった。


「——マン」

「は? なんだって?」


 蚊の鳴くような小さな声だった。恥ずかしさで、言葉そのものが消えてしまいそうになる。


「だから——義マン」

「欺瞞? なんだ、嘘つきなのかお前?」

「違う! 正義マンだよ!」


 あまりにもひどい聞き間違いに、思わず大声を出してしまった。

 ——笑われる。

 咄嗟に相手の表情を窺う。

 しかし、少年の予想は外れた。

 無愛想な少年は、意外そうに目を細めていたのだ。


「凄いじゃないか。俺と変わらない歳だってのに、名前に正義を背負ってんだろ。今時、小説の主人公だってそんなことできないぞ」


 思いも寄らない言葉に、少年は目を瞬かせた。

 誰もが馬鹿にしてきた『正義マン』という名前を、目の前の少年は何の疑いもなく褒めてくれたのだ。


「でも、僕なんて弱いし、最近も後悔したばかりで——」

「やれるだけのことはやったのか、正義マン。それで駄目だったならしょうがないことだろ。主人公(ヒーロー)が失敗しないわけがない。あいつらは死ぬほど努力して、人を助けるために力を使うんだ。弱かったら、これから強くなればいいだろ。まだ諦めるには早すぎるんじゃないか、正義マン」


 パッと。

 少年の目には、はっきりと自分の進むべき道が見えた。

 今まで尊敬していた、どんな主人公(ヒーロー)よりも格好いい存在に出会ってしまったのだ。

 『正義マン』。

 その忌み名が、自分にとって最高の『勲章』に変わった。


「僕、頑張ってみるよ。君の名前を聞いても——」

「おーい、坊主。行くぞ」


 問いかけを掻き消すように、先ほどの女性の声が公園に響いた。


「ったく、喧しい奴だ。悪い、何か言ったか?」


 そう聞き返され、少年は首を横に振った。


「お礼を言っただけだよ。ありがとう」

「気にすんな。主人公には脇役が付き物だろ。俺はさながら『友人A』ってところだ。じゃあな、また会ったときはよろしく頼むよ、『正義マン』」


 そう言って、無愛想な少年はゆったりと音もなく歩き去っていく。

 その背中に向けて、少年は小さく呟いた。


「いつか君の隣で——僕は戦いたいな」


 これは、偶然出会った二人の少年の物語。

 『主人公(ヒーロー)』を目指す少年と、『脇役(友人A)』を目指す少年。

 相容れない二つの物語が交わった、ほんの短い幕間である。


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