↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された転生令嬢は、今世こそスローライフを送りたい ~ちょっと指摘しただけなのに領地が勝手に発展して、冷徹公爵様に「師匠」と呼ばれています~  作者: 滝内亜依
第3章 使用人たちが覚醒しました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/26

第22話 庭師の庭は、思ったより広い

 朝の散歩の途中で、ルチアは、見てはいけないものを見た。

 庭の奥、薔薇の垣根のそば。ミロが、苗の鉢を抱えて立っている。その胸に、シルヴェリアが顔を埋めていた。

「ミロ、今日の苗は、元気ですか」

「元気です。昨日より、芽が二つ増えました」

「まあ。偉いわ」

 シルヴェリアは、ミロの頬に口づけた。ミロは、帽子の下で真っ赤になった。

「あの、苗の前では」

「苗は、気にしません」

「僕が気にします」

「では、見えないところで」

 シルヴェリアは、ミロの首筋に、もう一度、そっと唇を寄せた。

 ルチアは、ゆっくり向きを変えた。散歩の順路を、変更したのである。

「お嬢様」

 後ろから、エマが言った。

「目のやり場にお困りですか」

「いいえ。あれは、肥料の話をしているのよ」

「肥料の」

「ええ。そう思うことにしているの」

「承知いたしました」

 承知していない顔だった。

 二人が三年越しの想いを伝え合ってから、半月が過ぎた。

 ミロとシルヴェリアの熱々ぶりは、邸の名物になっていた。

 仕事の合間に、目が合うと、二人とも手を止めて見つめ合う。廊下ですれ違うと、人目も気にせずに手を握る。ミロが転びかけたら、シルヴェリアが駆け寄って、そのまま抱きしめる。使用人たちは、もう慣れたもので、「あ、またですね」と、静かに通り過ぎる。

 ニナだけは、まだ顔を赤くして、ほうきで顔を隠していた。

 その日の午後。

 居間で本を読んでいたルチアのところに、オズワルドが、書類を持って現れた。

「奥様。月例のご報告でございます」

「ありがとう。……何か、あったの?」

「領地の北の村から、報告が」

 オズワルドは、書類を広げた。

「麦の収穫量が、三年続けて、一割ずつ、減っております」

「天候のせいではなくて?」

「いいえ。他の村は、安定しております」

「原因は」

「わかりません。農夫たちも、首をかしげておりまして」

 ルチアは、数字を見た。

 きれいに、なだらかな右下がりだった。自然災害なら、こうはならない。何かが、少しずつ、確実に、悪くなっている。

(土、かしら)

 前の世界で、農家の確定申告を手伝ったことがある。収穫量が毎年少しずつ下がる畑は、たいてい、土が疲れていた。

 ルチアは、顔を上げた。

「オズワルド。ミロを、呼んでもらえる?」

「ミロ、でございますか」

「ええ」

 オズワルドは、わずかに目を細めた。

「承知いたしました」

 承知した顔だった。

 ミロは、帽子を両手で握って、居間に入ってきた。

 背後には、当然のように、シルヴェリアがついている。

「あの、奥様。シルヴェリアも、よろしいでしょうか」

「ええ。もちろん」

「僕が呼ばれる用事の、見当がつかなくて。花壇の件でしょうか」

「いいえ。畑のことを、聞きたいの」

「畑」

 ミロの顔が、ぱっと明るくなった。

 それから、慌てて、元の表情に戻した。

「畑は、庭の外では」

「あなたの庭が、少し広くなったと思って」

 ルチアは、報告書を差し出した。

「北の村の麦が、三年続けて、減っているの。どうして、だと思う?」

 ミロは、報告書を受け取った。

 数字を、じっと見た。

 そして、しばらくして、ぽつりと言った。

「……土が、眠そうです」

「眠そう」

「三年前から、あの村の土は、息をしていません。去年の秋、通りかかったときに、気づきました」

 ミロは、言いにくそうに、続けた。

「毎年、同じ麦を、同じ畑に植えているでしょう。土が、同じものばかり食べて、飽きてしまっているのです」

 ルチアは、思った。

 連作障害である。農業の初歩の知識だ。この世界では、まだ広まっていないのかもしれない。

「ミロ。それ、いつから気づいていたの?」

「去年の秋です」

「どうして、誰にも言わなかったの」

「僕は、庭師ですから」

 ミロは、さも当然のように言った。

「畑のことは、畑の人が、考えることだと思っていました。庭と畑は、別ですので」

「そう」

「それに、数百年、生きていますと、土が休むくらいは、よくあることでして。三年なら、ちょっとの間です」

「人間にとっては、三年は長いのよ」

「あっ」

 ミロは、帽子を握りしめた。

「失礼しました。時間の感覚が、ずれておりまして」

 ルチアは、笑いそうになって、唇を結んだ。

 隣で、シルヴェリアが、そっとミロの肩に触れた。

「ミロ。あなたは、悪くありません」

「でも、僕が早く言っていれば」

「言わなかったのは、遠慮でしょう。あなたは、いつも、そうです」

「…………」

「わたくしは、あなたのそういうところを、好きですけれど」

 ミロが、ぴたりと動きを止めた。

 耳の先が、帽子の下で、赤く染まっていくのが見えた。

 エマが、小さく咳をした。ルチアは、報告書を見るふりをした。

 一拍、置いて。

「……ミロ」

「はいっ」

「あなたに、お願いがあるの」

「は、はい」

「北の村の畑の土を、見てきてくれないかしら。何が足りないのか。どうすれば、回復するのか。必要なものは、オズワルドに言って」

「僕が、ですか」

「あなたにしか、わからないと思うの」

 ミロは、目を丸くした。

 それから、報告書を、もう一度、見下ろした。

「…………」

「どうかしら」

「やっても、よいのですか」

「ええ」

「庭の外へ、出ても」

「ええ。畑は、庭のつづきだと思って」

「畑は、庭のつづき」

 ミロは、その言葉を、ゆっくりと繰り返した。

 それから、深く頭を下げた。

「……承知いたしました」

 承知した顔だった。いちばん、承知した顔だった。

「では、準備をします。苗の植え替えと、道具と、土を見る小さな匙と」

「ゆっくりでいいわ」

「はい。三日で、整います」

「そう。三日」

「はい。多分、人間の感覚の、三日です」

「ありがとう」

 ミロは、帽子を抱えて、小走りに出ていった。

 その背中を、シルヴェリアが、愛おしそうに見送った。

 ルチアに向き直ると、胸の前で、両手を重ねた。

「奥様」

「はい」

「ミロが、庭の外へ出ると聞いて、わたくし、嬉しくなりました」

「そうなの」

「あの人は、ずっと、小さな庭の中だけで生きてきました。広い世界に出ていくのを、見たかったのです」

 シルヴェリアの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

 彼女は、深く一礼した。

「わたくしも、同行させていただいても、よろしいでしょうか」

「同行?」

「ミロの、助手として。……いえ、正直に申し上げますと、離れたくないのです」

 ルチアは、少しだけ考えた。

「助手として、ね」

「はい。土を運ぶのも、苗を持つのも、できます」

「エルフの力は、すごいものね」

「はい。かなり」

 シルヴェリアは、にっこり微笑んだ。

 その笑顔は、確かに、神々しいほど美しかった。ルチアは、納得した。

(……これは、一目ぼれされるわね)

 誰に、とは、考えないことにした。

「いいわ。許可します」

「ありがとうございます、奥様」

 シルヴェリアは、足早に扉へ向かった。

 廊下で、ミロの声がした。

「シルヴェリア、助手になるって、本当ですか」

「ええ。決めました」

「でも、畑は、土だらけで」

「あなたと一緒なら、泥でも構いません」

「…………」

 ばたん、と、鉢植えの倒れる音がした。

「ミロ!」

「だ、大丈夫です!」

 エマが、静かに言った。

「お嬢様」

「なあに」

「お二人は、三日後、畑で何を」

「肥料の話よ」

「承知いたしました」

 承知していない顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。