↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された転生令嬢は、今世こそスローライフを送りたい ~ちょっと指摘しただけなのに領地が勝手に発展して、冷徹公爵様に「師匠」と呼ばれています~  作者: 滝内亜依
第3章 使用人たちが覚醒しました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/26

第15話 お茶会の面談は、評価ではありません

 翌日の昼下がり。ルチアの部屋の円卓に、カップが四つ並んだ。

「お茶会、第一回でございます」

 エマが、手帳を片手に宣言した。

「順番は、ミロ様、ガストン様、タバサ様、オズワルド様。お一人、三十分です」

「どうして、その順番なの」

「緊張される方を、最後にしました」

「優しいのね」

「いえ。最初に当たると、後の方々が噂を聞いて、構えるからです」

 ルチアは、頷いた。

 扉の外には、すでに使用人たちが、順番に並んでいた。全員、いつもより襟を正している。

 誰も、お茶会だとは思っていない。

 最初に入ってきたのは、ミロだった。帽子を深くかぶり、両手で小さな花束を抱えている。

「奥様。本日は、お招きいただき」

「楽にして。お花は」

「手土産です。あの、評価の面談と伺ったので、少しでも印象が」

「評価ではないわ。お茶を飲むだけ」

「……お茶を、飲むだけ」

 ミロは、花束を抱えたまま、固まった。それから、おそるおそる椅子に腰を下ろした。

 エマが、カップに紅茶を注いだ。

「昨日、庭で見た苗のことは、聞かないでおくわ」

「は、はい」

「だから、聞くのはひとつだけ。ミロの好きなことは、何」

「好きなこと、ですか」

 ミロは、しばらく考えた。

「土、です」

「土」

「はい。同じ畑でも、場所によって、土は違います。北側は粘土が多く、南側は砂が混じる。雨の降り方で、水の溜まる場所も変わる。それを、ずっと、眺めているのが」

 そこで、ミロははっとして、口を押さえた。

「失礼しました。つい」

「続けて」

「え」

「聞いているわ」

 ミロは、目を瞬いた。

 それから、少しずつ、話し始めた。畑の端にある水路のこと。去年、麦が倒れた原因。いつか試したい、豆の輪作のこと。

 話すうちに、帽子の下の耳の先が、ほんのり赤くなっていく。

 エマの手帳に、一行が加わった。

 『ミロ様。畑。誰にも聞かれなかった』

「……奥様」

 三十分後、ミロが、立ち上がりながら言った。

「僕の話を、こんなに長く聞いてくださった方は、初めてです」

「ミロの話は、面白いもの」

「花の話だけは、長いと言われます」

「それも、聞きたいわ。今度ね」

 ミロは、花束をルチアに押しつけると、足早に出ていった。扉の向こうで、嬉しそうな声がした。

 二人目は、ガストンだった。

 腕を組んだまま入ってきて、円卓の前で立ち止まった。

「座って」

「……失礼します」

 椅子に座った背中は、板のように硬い。上着のポケットが、不自然に膨らんでいる。

「ポケットに、何か入っているの」

「……焼き菓子です」

「手土産ね」

「評価の面談と伺ったので」

「みんな、同じことを言うのね」

 ルチアは、思わず笑った。ガストンは、むっとした顔をした。

「笑われるようなことでは」

「ごめんなさい。この焼き菓子、いただくわ」

 ひとくち、かじる。

 胡桃の香りが、ふわりと広がった。外はさくりとして、中がしっとりしている。

「おいしい。これは、レシピ帳の中の?」

「…………」

 ガストンの肩が、びくりと跳ねた。

「やはり、見ておられましたか」

「ほんの一瞬。表紙が擦り切れていたから、大事なものだと思って、それ以上は見なかったわ」

「……そうですか」

 ガストンは、長い間、黙っていた。

 それから、ぼそりと言った。

「二十年、書いております」

「二十年」

「見習いの頃から。師匠に叱られたことも、失敗した味も、全部。……誰にも、見せたことはありません」

「どうして」

「見せる相手が、おりませんでした」

 低い声だった。

 エマが、何も言わずに、紅茶を注ぎ足した。

「ガストンの好きなことは、何」

「料理の、理屈です」

「理屈」

「どうして、この火加減で、この味になるのか。どうして、この保存の仕方で、日持ちが違うのか。……食材が、どう動くのかを、考えるのが」

 ガストンは、そこで言葉を切った。

 ルチアは、焼き菓子の皿を、そっと彼のほうへ押した。

「一緒に、食べましょう」

「……はい」

 二人は、黙って、焼き菓子を分け合った。

 エマの手帳に、一行。

 『ガストン様。理屈。二十年分のノート』

 三人目は、タバサだった。

 背筋を伸ばして入ってきて、円卓の脇に、深く一礼した。

「侍女長のタバサでございます。本日は」

「座って、タバサ。お茶を」

「いえ、私は、立ったままで」

「座って」

 ルチアは、柔らかい声で言った。

 タバサは、ほんの一瞬、迷った。それから、椅子に浅く腰をかけた。

 膝の上に、折りたたんだ紙の束がある。

「それは」

「侍女たちの、勤務の記録でございます。本日の面談で、必要かと」

「評価の面談ではないのよ」

「……存じ上げております。ですが、持参いたしました」

 ルチアは、エマと目を合わせた。エマは、手帳で口元を隠している。

「では、見せてもらうわ」

 紙の束には、侍女ひとりひとりの名前が書かれ、その横に、びっしりと細かい字が並んでいた。得意なこと、苦手なこと、叱ったときの反応、改善の兆し。

「これは、いつから」

「入ったときから、でございます。……誰にも、見せておりません」

「ガストンと同じね」

「は」

「いえ。独り言」

 ルチアは、頁を一枚、丁寧にめくった。

「タバサの好きなことは、何」

「好きなこと、でございますか」

「ええ」

「……人が、育つのを、見ることでございます」

 タバサは、小さな声で言った。

「入ったばかりの子が、一年かけて、一人前になる。あの変わりようを見るのが、何よりも」

「教えるのが、好きなのね」

「はい」

 そこで、タバサの声が、わずかに沈んだ。

「ですが、教える時間が、ございません。私が自分で拭いたほうが、早いのです」

「それは、困ったわね」

「……はい」

 ルチアは、紅茶をひとくち飲んだ。

「その記録は、とても良いものだと思う」

「恐れ入ります」

「だから、いつか、誰かの役に立つわ。今日は、見せてくれてありがとう」

 タバサは、深く頭を下げた。顔を上げたとき、目の縁が、少しだけ赤かった。

 エマの手帳に、一行。

 『タバサ様。育てること。長年の記録』

 最後は、オズワルドだった。

 扉を叩く音が、きっかり三回。

「入って」

「失礼いたします」

 背筋の通った家令が、一歩ずつ、定規で測ったような足取りで入ってきた。手には、何も持っていない。

「あら。手土産は」

「ございません」

「珍しいわ」

「評価の面談ではないと伺いましたので」

 ルチアは、思わず目を丸くした。

「誰から」

「ミロから。ガストンから。タバサから。三名とも、扉の外で、教えてくれました」

 エマが、手帳の影で、肩を震わせている。

「そう。では、遠慮なくお茶を。座って、オズワルド」

「恐れ入ります」

 オズワルドは、静かに座った。カップを受け取り、ひとくち飲んだ。

「ミロとガストンとタバサは、それぞれ、好きなことを話してくれたわ」

「存じております」

「オズワルドの好きなことは、何」

 オズワルドは、カップを皿に戻した。

 しばらく、何も言わなかった。窓の外の風の音が、聞こえた。

「…………」

「話したくなければ、いいのよ」

「いえ」

 オズワルドは、膝の上で、両手を重ねた。

「私は、三十年、この家に仕えてまいりました。与えられた仕事は、すべて、完璧に致しました」

「ええ。見ていて、分かるわ」

「ありがとうございます。ですが」

 そこで、一度、言葉を切った。

「奥様。ひとつ、お願いがございます」

 ルチアは、カップを置いた。

 エマが、手帳から顔を上げた。

 オズワルドの視線が、まっすぐ、ルチアに向いている。いつもの無表情の奥に、三十年分の何かが、確かに揺れていた。

「どうぞ。聞くわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。