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小箱の中身




 シュヴァルツ様が王都から戻られたのは、ユーフェの花が初めて咲いてから、三日ほど経った日だった。白く小さな花は甘やかな蜜の匂いがして、すぐに散ってしまうから、玄関に立つ彼の肩にも一輪乗っている。


「ただいま。変わりはなかったか?」


「はい。……お帰りなさい、シュヴァルツ様」


 肩の小さな花を摘めば、ありがとうと声を掛けられる。そして土産だと、大きな箱を手渡された。それは王都で有名な焼き菓子の、一番大きなサイズだった。


「ここのお菓子、美味しいですよね。皆にですか?」


「いや、君にだ。使用人たちには別に買ってある。……この量だと食べ切るのが難しいか? まあ、誰かと食べてくれ。ところで、このあと時間はあるか?」


 エルンストと、君のご両親とも話してきた。王都であったことを伝えたい。

 言葉に、もちろん頷いた。



 ミシュカはちょうど席を外していて、二人きりで話すことになった。場所は私の部屋で、昼下がりだったから侍女にお茶を淹れてもらう。茶菓子にさっきシュヴァルツ様からもらったお菓子を開けますか、と問われて頷いた。


 白く花の彫刻が施された椅子に、どこか所在なさげに座る彼の姿は微笑ましかった。カップやお菓子を用意してもらうあいだ、彼は私に手紙と、ビロードの小箱を手渡した。二つの封筒は透かしの紋章で、一目で我が家のものだとわかる。


「これも預かってきた。……きみをくれぐれもよろしく頼むと、ご両親は何度も俺に伝えてくれた」


「これは……。今、読んでも良いですか?」


「もちろんだ」


 手紙には便箋五枚ずつ、両親からのメッセージが書かれていた。


 父からは、こんな形で急に辺境伯領に追いやったことを申し訳なく思っていることが、まず書かれていた。兄のことも決して諦めるつもりはなく、今もハーゲン王太子から色々な要求はあるが、折れるつもりはないとも、太く豪快な文字で続けられている。今も屋敷の周りを王家の人間がうろついているが、少しでも落ち着いたらオトゥール辺境伯領に出向くから元気な顔を見せて欲しい、とも。


 母からの手紙も似た言葉と、早く家族四人でまた共に食事をしたいと綴られている。お茶会も素敵、その時はお世話になっているシュヴァルツ様や魔法士の女の子も招待したいと、丁寧な細い字で将来に向けた言葉があった。

 そうして最後に、少し早いけれど貴女に渡したいものがあるの、受け取ってくれると嬉しい、の言葉で締めくくられている。


 きっと、この小箱のことだろう。

 促されて開けると、濃紺の台座に、髪飾りが収められていた。コマドリと花をモチーフにした銀の繊細な彫り物に、中心には大きな濃紫の宝石が嵌められている。見覚えのあるそれを、指先でなぞる。


「美しいな。なにより、とても良い物だ。これは?」


「…………アルエット家に代々伝わる、髪飾りです。初代当主様の代からの家宝で、我が家の女性が代々管理しています。母もずっと、大事にしていて。でも、本当は兄の妻になる方に渡される筈のもので、仮初とはいえ、他の家に嫁入りした私に贈って良いものではないのに」


「それくらい、君の母君は君の事が大切なんだろう。我が家に来たとしても君はアルエット家の令嬢で、彼らにとっては愛する娘だ。それを伝えたいのだと思う」


「………………ありがとう、ございます」


 視界が滲む。彼に気づかれないように目元を拭ったけれど、丸見えだっただろう。便箋に水滴が落ちないように、机の上に置いた。

 



 ちょうど侍女がお待たせしましたと、机の上に茶器と焼き菓子を並べてくれる。このお店の焼き菓子は、普通のものより大きめだ。それでもシュヴァルツ様のもっと大きな手の中にあると小さく、一口で食べられるようにすら見えてしまう。


「美味いな。さすが有名な店なだけある」


「私もここのお菓子、大好きなんです」


「そうか。御者には新妻……。君への土産なのにあまりにも味気ない、せめてアクセサリーなどの洒落た装飾品の方が良いと、散々文句を言われたが。君の母君の贈った髪飾りに比べれば、どんな物でも霞んでしまうな」


「そんなこと……。この間連れて行ってくださったお店の服も指輪も、本当に素敵でした」


「それはよかった。まあ、オトゥールで気に入ったものを見つけてくれれば領主としては嬉しいが、装飾品の類いは以前からのものに愛着もあるだろう。公爵夫妻は君の荷物や気に入っているものを、こちらに送ってくれるようだ」


 それからシュヴァルツ様は、デュシエル侯爵家と、公爵家で話したことを教えてくれた。あいつを連れ帰るどころか大したことも聞けずにすまない、と頭を下げるから、とんでもないですと何度も首を横に振る。


「本当に、本当にありがとうございます。……でも、そうですか。エルンスト様は、クロード第二王子殿下に聞け、と」


「ああ。この一件はローディスだけではなく、王家の醜聞でもある。どこまで開示するかを王家の人間に任せること自体は妥当だが。……どうにかして、クロード第二王子と繋ぎを取る必要が出てきたな」


 菓子片手に、彼は低い声で呟いた。公爵家の人間が王族に謁見という形で時間を求めるなら、それなりの理由がいる。


「公爵家でも、とうの昔にデュシエル家やクロード第二王子に対して、謁見や面会を申し込んでいたらしい。けれどハーゲンに、ことごとく邪魔をされた。罪人であるローディスの家である事が理由で、大きく動くことは難しいと話していた」


「そうなんですね。……でも、少しでも兄のことが分かって、安心しました。エルンスト様のいうことが、全て真実である保証はどこにもありません。けれどあの人が兄に酷いことをしているのであれば、シュヴァルツ様と時間をとって、クロード様に確認しろと言うことはないように思います」


「同意見だ。一番の目的は果たせなかったが、コーデリア王女のことなど、興味深い話も聞けた。無意味なものではなかったと思う。……ところで。ローディスとコーデリア王女について、君に聞きたかったんだが。君は彼らの関係について、少しでも知っていることはないか?」


 あいつから名前を聞いたことがあるとか、その程度でいい。かつて彼とミシュカに聞いたことを、逆に問われる。


 兄の想い人、と一瞬兄の家で見つけたミシュカの絵を思い出したけれど、口を閉ざした。兄が彼になら知られてもいいと、どう考えているのかはわからない。本当は問題ないのかもしれない。けれど口から出た言葉は、もう戻らないから。


「ごめんなさい。兄からコーデリア様の名前を聞いたことは、本当に一度もないんです」


「そうか。……そうだろうな。同じことを、君の父君と母君にも聞いたんだ。返事は変わらなかった。では、コーデリア王女については? 王都にいた頃の噂を、少しでも良いから教えてくれないだろうか」


「コーデリア様、ですか。私も、舞踏会の夜とか、その程度しかあの方と直接お会いしたことはありません。でも物静かな方であったと思います」


 王家の方は金髪と緑の瞳を持つことが多く、彼女もハーゲン様やクロード様と同じ、王家の色を持っている。

 ただ兄二人よりも赤みがかった金の髪と、深みのある緑の瞳は、柔らかで綺麗だと思っていた。挨拶以上の言葉を交わしたこともないけれど。


 よくない噂を聞くこともある。舞踏会の夜も、貴族たちから挨拶を受けた後は、知り合いらしい男性たちと、ずっとなにかを話し込んでいた。

 けれど私個人として彼女のことは、王太子であるハーゲン様と、何もかも優秀なクロード様がいらっしゃるから、あまり目立たない方だとか、本当に、それしか知らなかった。


「ただ、兄は王太子様の使者の方に連れて行かれるときも、コーデリア様に手を出すなんてあり得るものか、と。そう話していました」


「そうか。……君たち家族以外にもローディスとコーデリア王女の関係については聞いてみたいが、あいつは顔が凄まじく広い。なにより聞き方によっては、今回の一件が露呈することすらあり得る。慎重に進めるべきだろうな」


 クロード第二王子への謁見の申し込みも、自然な理由を考えなくてはいけないな。そう言いながら、大きな手がカップを取る。

 一口飲んでから、彼はまた焼き菓子を摘んだ。あれは確か、胡椒を使った甘くないクッキーだ。


「…………美味いな。胡椒とチーズと……バジルか? 塩気が美味いし、保存が効くのも良い。オトゥールにもこの店が欲しいな」


「お店……。は、難しいかもしれませんが、両親にお願いすれば、きっと送ってくれると思います。あの、さっきの手紙に返事を書いたら、届けてくださいますか?」


「ああ。郵便局を使うのではなく、俺の部下が直接手渡す形にはなるが、必ず届けると約束しよう」


 ありがとうございます、とまた頭を下げる。


「それと……。もし、母がこの地に来てくれる事があれば。この髪飾りは、母に返そうと思うんです」


「良いのか?」


「ええ。母の気持ちは、とてもありがたく思います。それでも当主になるべきは兄で、この髪飾りを持つべきなのは兄の妻になる方です。兄が戻って、正しくこの家にこの髪飾りが受け継がれるように。この髪飾りは、返そうと思います」


 願掛けかもしれませんが、と言葉を続ける。


「そうか。なら、そうなるように俺も尽力しよう」


 シュヴァルツ様は穏やかに、そう言ってくれた。







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