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魔法と現状






「そう、ですか。……兄のためにここまでしてくださること、本当にありがとうございます。あの、兄を取り戻し、王女様との縁談を潰すとは、その方法があるのですか?」


「ああ。……まずは、王家の状況から説明しよう。今、王太子には縁談が持ち上がっている。相手はクラウシャ公国の王女の一人だ」


 大きく目を見開いた。クラウシャ公国はこの国とも縁の深い大国だ。確かにあの国には姫君が三人いて、年も王太子様に近かった。


「そうなんですか? なら、どうして王太子様は私を差し出せなど……。正妃を迎えられるなら、他の女性と関係なんて持つべきではないでしょう」


「今だからこそだ。クラウシャ公国は一夫一妻制で、王が第二妃や公妾を取ることを認めていない。公国の国力はこの国より上だから、関係悪化を考えれば、かの国の姫君を迎え入れるのであれば、当然他の女性を妻になど得られなくなる。だからこそ今、王太子は君を得たがっているのではとローディスは考えていた。縁談が組まれる前に誰かを妻に迎えてしまえば、大国の王女が正妃になろうと他の妻とは離縁しろと言いづらい。特に君のような、歴史ある公爵家の令嬢であればな」


 最初から妃や愛人がいるなら、三人目の妃や遊び相手を増やすこともできるかもしれない。結婚後も女遊びをするための最初の妃として、一番君が相応しかったんじゃないかと、あいつは話していた。

 さらに言うならば、両陛下は事勿れ主義なんだそうだ。揉め事には関わりたくないし、王家の威厳が損なわれることを何より嫌う。今回の件も、王太子を諌めはしてもなあなあに済ませるのではと君のご両親は考えている。大国の諍いは避けるだろうが、王太子を諌めるよりも君とローディスに嫌な役目を押し付けることだってありうるだろうと。


「……………………たちが悪すぎない? アーリエ様の事を、なんだと思っているのよ」


「あくまでこれは、ローディスの考えだが。あと……王太子が君を手に入れる利点を考えるなら、第二王子への牽制になるというのもある。今の王太子と第二王子に対しての貴族の評価は、俺たちより君の方が詳しいだろう」


 頷いた。何もかも優秀なクロード様と、クロード様に比べると能力や人望でやや劣るハーゲン様。ハーゲン様が優秀な腹違いの弟に強いコンプレックスを抱いている、というのは有名な話だった。


「年の近さとその評価から、二人の王子の婚姻相手は長らく決まっていなかった。彼らに相応しい身分の令嬢たちは、多くが婚約者はおらず王子たちの妃候補として扱われている。……そんな女性たちの中で最も身分が高く、妻とできたら大きな後ろ盾を得られるのが君だ。クラウシャ公国の王女を妃とするなら、王太子の王位継承権は確かなものとなる。ただ、そのとき王子二人の伴侶の釣り合いとして、第二王子クロードは君を妻に迎える可能性が高い。ハーゲンは、それが許せなかった可能性もあると考えている」


 外国の姫君と、自国の妃候補のうちで最も身分の高い女性。両方を得ることで第二王子と大きな差をつけたい、ということだ。


「まじでカスね」


 吐き捨てるようなミシュカの言葉に、シュヴァルツ様は一度頷いた。そうしてこちらを真っ直ぐに見つめて、あくまでもありうるというだけの話だ、と前置きをする。


「理解し難いし、俺も流石にそこまで悪辣ではないだろうと考えている。あとは単純に……。君はとても綺麗な女性だから。その美しさから一目惚れして、どうしても妃にしたいと望んだのでは、とは思うな。王太子に声をかけられたのは夜会だったのだろう? 着飾った君の姿に、心を奪われてしまったのではないだろうか」


「そ、そんな……! じょ、冗談が、お上手ですね……」


 真面目そうな人に、真面目な顔で、突然そんな言葉を言われて。首から上があつくなって、頬も赤くなるのを感じる。


「? 冗談など言っていないが。…………話が逸れたな。それで、ローディスを解放する方法だが。あいつを助けるには第二王子クロードが鍵になると、俺と君のご両親は考えている。まず、今ローディスは王太子の監視下ではなく、法務局のもとにある。最初は王家所有の貴族牢に入れられる予定だったが、王太子側の手続きや書類の不備を理由に、かなり強引な手段であいつの身柄は法務局の局長を代々務める、デュシエル侯爵家が預かることになった」


 それを行ったのは、デュシエル侯爵家嫡男のエルンスト・デュシエル。彼はコーデリア王女の婚約者だが、王女以上に第二王子クロードと親交が深いことで知られている。エルンスト・デュシエル自身も公明正大な人格者として有名だが、そんな彼が無理な手続きをしてまでローディスを管理下に置いたのは、クロードの指示によるものでは、とな。


「そ、れは……。今回の件はすでに、クロード様も介入されているという事ですか?」


「ああ。ローディス自身はいま、デュシエル侯爵家の屋敷にいるらしい。安全が確認できたわけではないが、危害を加えるならわざわざ屋敷に連れてくる必要はない。だからあいつが今すぐ危ないということはないと、俺も君のご両親も考えている。身柄の確保ではなく、保護じゃないかとな。……第二王子クロードやエルンスト・デュシエルが俺や君の家へ直接連絡してきたわけではない。ただ、貴族同士の婚姻に王族の誰かの許可が必要なのは、君も知っての通りだろう? 俺と君の婚姻に際して書類を出したとき、許可を出してくれたのは第二王子だった」


 第二王子は王位を望んでいると、公に話したことはない。けれど今回の件を見過ごすつもりはないのだろう。国王夫婦が長期の外遊に出られている今、最も頼りにできるのは彼だと考えている。


 語られる言葉に頷きながら、右手首を指先でなぞる。私は本当に、何ひとつ知らなかったのだ。


「……あの、兄とコーデリア王女について、ご存知なことはありませんか? ずっと、どうして王太子様は王女様と兄がそういう関係だなんて言い出したのかと、不思議に思っていたんです」


 わからない、と彼は答えた。


「全てを知っているわけではないが、ローディスからコーデリア王女の名前を聞いたことは、一度もないな。ただ、あいつは顔の広い奴だった。騎士団や商人にも知り合いが多くいたから、コーデリア王女がどこかであいつを知っていても、おかしくはないと思う。その……王女は不特定多数の異性と、親しくしていたのだろう? コーデリア王女がローディスに対して好意を持っていた可能性もある。それを王太子が利用しようとした、とかな。ただ、逆は……。ローディスがコーデリア王女を好きだったというのは、まあ、ないだろうな」


 ちらりとシュヴァルツ様は、ミシュカの方をみた。


「?」 


「……いや、なんでもない。これもあくまでなんの裏付けもない、あくまでも王太子のした事にはこういった利点がある、というだけの話だが。コーデリア王女と婚約者、エルンスト・デュシエルの仲は、冷え切っていることで有名だ。エルンスト・デュシエルは王女よりよほど、第二王子クロードと親しくしているとな。実の妹を玉座争いの相手の腹心に嫁がせるくらいなら、まだローディスの方がマシだと考えた可能性もある」


 悪評の多い妹を、責任を取らせるという形で公爵家の妻におしつけて、兄を取引の道具に、君も手に入れる。……事実かどうかは置いておいて、そうすれば王太子は、実質公爵家の後継者を二人とも手に入れることができる。後々、アルエット公爵家そのものを得るのも容易いだろう。目的がそれなら、王太子がローディスを捕らえ君に無理やり魔法をかけるなんて強行策に出たのも頷ける。……少なくとも公爵夫妻は、それを一番に懸念していた。だから娘は決して王太子に渡すものかと、俺のもとに寄越したんだ。


「そんなことが……。でも、ありえなくはないのかしら」


 彼とミシュカは、静かに頷いた。


「それで、これからのことだが。すでにローディスの身柄を預かっているデュシエル侯爵家には、辺境伯として面会を申し入れている。返答は先方待ちだが、断られることはないだろう。うまくいけば、ローディスをこちらに預けてもらえるかもしれない。……君は、この屋敷で自由に過ごしてくれて構わない。ただ一人で出かけるとか、そういったことは控えてほしい。侍女として、そして魔法を解くためにミシュカもつけるから、何かあれば何でも彼女に話してくれ」


 もちろんです、と頷いた。続けてミシュカが私を見る。


「よろしくお願いしますね。……今日から魔法の解除のために、アーリエ様の時間をいただいても良いですか? 一日のうち、三十分ほどで良いので。その魔法を解析させてください」


 なるべく早く解けるように頑張りますねと言われて、ありがとうと感謝を伝える。


「あとは…………。この件について詳しく知っているのは、この家では俺とミシュカだけだ。使用人たちには君がくることは伝えているが、ローディスや王家のことは話していない。信用はしているが、どこからなにが漏れるかは分からないからな。だからその……。君に対して、色々とあるかもしれない。もちろん悪意はないんだ。ローディスはこの家の人間に好かれているし、その妹である君をぞんざいに扱うなんてありえない。けれど、だからこそ……。俺と君が、夫婦や恋仲として扱われるかも、というのは理解してほしい」


 すまないが、と語るシュヴァルツ様に、首を振る。


「わかりました。あの、ならば私の事はアルエット公爵令嬢ではなく、アーリエと呼んで頂けませんか?」


「嫌ではないのか?」


 一つ彼は瞬きをした。銀色の瞳を真っ直ぐに見て、答える。


「兄と私のためにここまでしていただいている方に、嫌だなんてありえません。それに、偽装とはいえ夫婦になるのですよね? なら家名ではなく、名前で呼ぶほうが自然ではないでしょうか」


「そうか、ありがとう。……それではアーリエ、これからよろしく頼む」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 互いに深く、頭を下げた。




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