ドールハウス
辺境伯が謁見に来るはずの日、魔法士が俺の元を訪れた。
謁見に先立ってエルンストが登城し、ある男を伴って城に来ていた日でもある。
応接室にはコーデリアを入れ、あの二人は扉の外に待たせていた。
突然応接室に現れたその男は、前触れも、名乗りもなかった。驚きはなかった。魔法士とはそう言う存在だ。
ハーゲンが持って行った魔道具を返せ、と黒髪の魔法士はいう。
書面を伏せて、男を見上げる。
「……盗人の後始末を、俺に言うのか」
「なんだ。あれが何をしているか程度は、把握していたのか」
「……魔石だろう。それを、あいつが扱いこなせるかはともかく」
ハーゲンはずっと、魔法を使いたがっていた。
――魔法士のみが魔法を扱える。それは事実だが、真実の全てでもない。魔法士が創る魔力の結晶、魔石さえあれば、確かに俺やハーゲンのような魔力を持たない人間だって魔法を扱える。
ただ、それにほとんど益がなく、そのような状況にすら陥らない方が良いと、それだけで。
なにより、魔石を使ったところで、大した魔法は扱えない。ただの人間が桶に水を満たす魔法を扱うために魔石の欠片が必要だとして、その魔石を作り出す魔力で、魔法士は街一つ雨を降らせることが出来る。
行う価値のない、完全な禁忌だ。……そうして、目の前の男をはじめとする魔法士達も、ただ魔石を供給させるための存在として、御し切れる存在ではない。
「禁忌に踏み込んだな、あいつは」
「お前はそう思うのか。……ならどうして、この件を放置する?」
「あいつの愚行なら、今も手を打っている。国王が戻ればすぐに――」
「それではない。今、起きている方だ」
「は?」
くい、と男は首だけを窓に向ける。
「魔法局から持ち出した魔石と魔道具が使われた。王太子は今、箱庭の魔道具を公爵令嬢に用いている」
「――は?」
何度もあいつを疑った。
疑ったつもりで、まだ足りていなかったらしい。
けれど、今最優先するべきは。
「「場所は!」」
コーデリアの声が、俺のものに重なる。
「なんだ、こちらは放置する訳ではないのか。箱庭の魔道具は、いま王城にある」
それだけの言葉をのこして、男の姿は煙のように掻き消えた。転移か、魔法の類であることは間違いない。
魔道具はこの王城の、どこにあるのか。先ほどの魔法士が伝えなかったのは、助言こそすれこれ以上関わるつもりはないという意思表示だろう。
魔法士の目があれば、一発でわかるだろうに。こちらに出来るのは、ハーゲンならばどこに魔道具を置く、という予測だけだ。
「……二手に分かれた方が良いだろうな。俺は、あいつの自室を確認する。リアは?」
「西門近くの離塔で、ハーゲンがよく部下と集まっていたの。そっちに行ってみるわ!」
言い終わるより早く、妹は扉を蹴り開けていた。
応接室の前には、二人の男がいる。エルンスト・デュシエルと、エルンストが連れてきた男だ。
「エルンスト! 急用ができたの、また後で!」
コーデリアはそれだけ叫ぶように言い放って、階段を駆け降りた。エルンストは、当然のようにコーデリアを追いかける。
残されたもう一人が、状況を掴みかねた顔でこちらを見た。
お前は俺について来い、とだけ伝えて、ハーゲンの自室に走った。
∮
ハーゲンの自室には手紙があった。魔法局に魔道具を寄越すように要請して断られているものと、ならば無理やり王家のために使ってやろうという、ハーゲンの書き損じたであろう返事。
魔石、の言葉が複数箇所で扱われていることに、頭が痛くなる。
魔道具か手掛かりはないか、と机をひっくり返すようにして探したものの、魔石の欠片すら見つからない。
背後で書棚を検めていた男もありません、と短く告げる。
そもそも、ここまで大きな音を立てているというのに、誰も来ないことすら可笑しかった。
ならばやはりあの子の言った通り、ハーゲンは別の、例えば離塔にいるのか。
行くぞ、と。その一言だけを男に告げて、離塔に向かう。
∮
離塔の扉は壊されていた。階段を登る間、兵士が数人伸びている。誰も血は出ていないが、ぴくりとも動かない。
どいつもこいつもハーゲンの手足として心当たりのあるやつばかりで、明らかに文官らしい細い手足の奴も混じっている。
エルンストはある程度は鍛えているのだったか。コーデリアとエルンストがここにきたならば、伸びている奴らの犯人はあの男だろうなと思いつつ、構わず階段を駆け上がる。少なくともこの塔にこれだけの人間がいるのだ、何もないということは無いだろう。
いくつも扉はあったが、いずれも叩き壊されている。
息が切れそうになりながらも、最上階に辿り着きそうになった時。
ガン! とけたたましい音と共に、塔が揺れた。
雷? いや、もっと硬い何かを叩きつけるような音だった。
音は止まない。何度も繰り返される。
一定の間隔で、執拗に。誰かが、何かを壊そうとしている音だ。
最上階に、ようやく辿り着く。叩き壊されて、床に落ちた錠には大きな亀裂が入っていた。
倒れた数人の男。最後の一人は、ちょうどエルンストに絞め落とされるところだった。けれど、重要なのはそれでは無い。
――机の上には、黒いドールハウスがあった。
心当たりがある。人を閉じ込める、魔道具だ。
コーデリアは持っている斧で、それを叩き壊そうとしている。ガツリと音が響き、小さく罅がはいった。
まだ、斧が振るわれる。
「おい、コーデリア!」
それは壊して大丈夫なのか、と聞くより先に。再度振り下ろされた斧が、ドールハウスを真っ二つにした。
一瞬だった。破裂音と、吹き飛ぶ木のかけら、そうして黒い光が走って、気がつくと一人の少女がそこにいた。
彼女は尻餅をついて、呆然とドールハウスを破壊した少女――斧を持った、コーデリアを見上げている。
「………………………………怪我はない?」
妹の声に、銀髪と紫の瞳の少女――。アーリエ・アルエットは呆然と頷く。
肩で息をしたまま、コーデリアは斧を取り落とした。硬い音が、床に響く。
……外から、遠く誰かの声が聞こえた。
ここからでも聞こえるなら、相当な騒ぎのはずだ。窓から外を見れば、紺色の髪の男が、兵士を薙ぎ倒して城内に入ろうとしているところだった。
止めようとする兵士たちをちぎっては投げちぎっては投げ、拍手したくなるような立ち回りでずんずん進む。遠目だが、その表情はぞっとするような怒りに染まっていた。
シュヴァルツ・オトゥールの後ろには一人の橙の髪の少女がいて、彼女はずっと顔を伏せていたが、不意にこちらを見た。塔の上と、地上と。届く距離ではないのに、視線が正確に噛み合った気がした。
――あそこにいる、と。そう唇が動いた気がした。
少女と少し話した後に、シュヴァルツ・オトゥールは離塔を睨みつける。そうしてこちらにやってきた。
王太子による公爵令嬢の魔法を用いた誘拐。斧を持ったコーデリア。塔内の倒れた男ども。
どうしたものか。
――とりあえず、こいつに全部説明させるか。
エルンストと一緒にこの城に来て、走る俺の隣でずっとアーリエ・アルエットは無事なのかと騒ぎ続け、今も妹の背をさすっている男に顔を向ける。
「ローディス・アルエット」
「はい」
「オトゥール辺境伯がこちらに来る」
「はい?」
「大体全部説明して来い」
アルエット嬢と……。コーデリアもいた方が良いだろうな。あとは頼んだ。俺はハーゲンを探す。
その言葉に、ローディスは呆然と頷いた。
コーデリア、そうして現れた兄に同じくずっと瞳を見開いていた少女も、同じく頷く。
それから彼女は、階下から響く足音の方へ顔を向けて。
「……シュヴァルツ様」
そう、掠れた声で呟いた。




