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王都の待人





 王都へ発つにあたって、ミシュカもついてくれる事になった。領地の守護のために残る案も出たけれど、王都は王太子様のいる領地であり、魔法士たちも、おそらく大量の魔石もある。魔法に関して何かあるなら、対応できるのは彼女だけだった。


 森中の瘴気だまりを確認して、魔獣を狩り尽くしたり瘴気の多い場所を騎士に共有したり。万全の準備をした上で、こちらにきてくれる事になった。

 王都はこちらとは比較にならないくらい、たくさんの魔法がありますから。オトゥールで役立てられる技術も多くあるでしょうし見るのが楽しみです、と彼女は楽しげに笑う。


 馬車の中でも、色々な話をしてくれた。たとえば魔獣と、彼女の普段振るう魔法について。


「魔獣の生態は、元の動物と大きく変わりません。例えば魔蜥蜴であれば普通の蜥蜴が生涯で数度しか尻尾が新しく生えないのに対して、普通の蜥蜴よりずっと早いペースで、何度でも尻尾が生え変わります。ただ、元の動物にない個性、例えば空を飛ぶなどはできない事が殆どです」


「小型の魔獣でも、大型の魔獣でも、なの?」


「ええ。例えば大魔猪は普通の猪より凶暴で体躯が大きく、突進で巨木を倒すことすらできます。けれど力が強い分、方向転換などは苦手です。そう言うところは、普通の猪と同じですね」


 あの日の光景が浮かぶ。指を一つ振っただけで逸れていった、漆黒の巨体。


「だからあの時、木にぶつけるような魔法を使ったの?……方向を狂わせる、だったかしら」


「その通りです。あの大きさの大魔猪を止めるのは手間ですが、逸らすのは簡単です。魔法に関して必要なことは、力そのものよりも技術や、どう使うかなんです」




 ∮




 王都についたとき、時間はちょうど昼頃だった。まず両親のいるアルエット家所有の屋敷に向かう。父と母は、私とシュヴァルツ様を歓迎してくれた。

 玄関で母に抱きしめられて、父には肩に触れられる。あの日、目隠しを渡されたときとはまるで違う表情で、2人は私を迎えた。


 最初は4人でお茶をして、とくにオトゥールに来てからの私の話をしていたけれど、お茶が終わると、母と私の二人っきりになった。


 ぽつぽつと、彼との話をした。初めて会った時に、いきなり靴と上着を手渡されたこと。愛することはないと言われるまでに、五分もかかったこと。

 母は最初こそ驚いた顔をしていたけれど、話が進むにつれて、堪えきれないように笑い出した。髪飾りを返す話もした。貴女にあげるのに、と言われたけれど、兄の妻のことを話せば、瞳は柔らかなものになる。


「そう。……そうね。ならこれは、もう一度私が預からせて貰うわ。貴女とローディスと、みんなでもう一度、相談しましょう」


 それでも一度だけつけてもらってもいい?と言われて、母に髪を梳かして貰う。髪飾りをつけた私の姿に、母は瞳を柔らかくした。


「やっぱり、とってもよく似合っているわね!あの人譲りというか、この家の人間は銀色の髪と紫の瞳が多いでしょう?やっぱりそういう色が、この髪飾りには似合うのよねぇ。私は茶色の髪だから、宝石の紫が暗い色に見えちゃうのよ」


 不満げに自分の髪をくるくると回す仕草に、少し前を思い出すようで、笑ってしまった。

 父とシュヴァルツ様も、何かを話し込んでいるようだった。兄のことか、私のことなのか。二人が何を話したのかは教えてもらえなかったけれど、話は夕食後、私が眠る時になっても、男性二人は、お酒も出して話をしていたようだった。


 次の日の朝。玄関に立った彼に向かって、父は背筋を伸ばした。


「シュヴァルツ様、娘が決めた相手です。我々に不満など、あるはずがありません。……どうかこの子を、よろしくお願いします」


「はい。必ず、幸せにします」


 互いに深く深く、頭を下げた。

 母が私の手を取る。その指先が、少しだけ震えていた。


「いってらっしゃい、アーリエ」


 あの時には。オトゥール辺境伯に向かう時には、言われなかった言葉だった。

 だから私も、あの時に言えなかった言葉を返す。


「ええ。……行ってきます、お父様、お母様!」




 ∮




 教会への道を進む。

 石畳を踏む音が、やけにはっきりと聞こえた。


 これから彼と婚姻を結ぶ。しかもそのあとは、第二王子様に謁見もするのだ。

 指先が冷えているのに気づいたのだろう。シュヴァルツ様は手を繋いでくれる。散歩の時と同じように、何も変わりないとでも言うかのように。

 大きな手だった。それだけで、少しだけ息がしやすくなる。

 そうして、教会の扉をくぐる。待っているであろう教主様に、婚姻の宣誓を立てるために。



 ガタリと、扉が閉まる音が何処からかした。



「「…………………………え?」」



 シュヴァルツ様と、私の声が重なった。



 どうして。

 教会の扉を潜ったはずなのに。どうして私たちは、見慣れない一室にいるのだろう。


 何も、おかしなところはなかった。変な音を聞くことも、違和感すらなかった。なのに見ていた教会の景色は切り替わって、知らない場所にいる。後ろの扉は無くなっていた。


 ここは、どこだ。


 窓からの景色。マホガニーの暖炉。大理石の床の上の真紅の絨毯、ーー王家の紋が彫られた花瓶。最後の一つが目に留まる。確かにここは、王城の一室によく似ている。何度かしかここに来たことはない。けれど、これは。


 隣の二人の雰囲気は、恐ろしいほどに張り詰めている。

 ――警戒している。最大限に、大魔猪なんて比ではないくらいに。

 ミシュカはさりげなく私の後ろに立って、背を守るように周囲を見回す。


「ミシュカ、魔法の気配は」


「さっきまではなにもなかった。――今は、扉の向こうから」


 短いやり取りだけで、あとは2人とも、正面の扉を睨んでいる。


「こ、こは。王城の、控えの間です。そうして、扉の向こうには、王太子様の」



「――いつまで、待たせるんだ?」



 朗々とした声だった。ずっと聞いていない、けれど覚えている。

 忘れられる訳がない。兄がいなくなったきっかけの、あの夜を。


「ハーゲン、様」


 目前の扉が勝手に開いた。誰の手も触れていないのに。

 向こうの部屋には、一人の男性がいた。

 金色の髪に緑の瞳。彼、は。ハーゲン・シュルヴォル王太子殿下だ。

 彼は悠然と足を組んで、ソファに座っている。

 どうした?早く座ると良い。その言葉に、ゆっくりとシュヴァルツ様は足を動かし、部屋に進む。


 向かいのソファには、誰も座らなかった。それを彼は気にする様子もなく、フンと鼻を鳴らす。その傍らのワゴンには、茶器が並んでいた。彼が指を鳴らすと、カチャカチャと、カップやソーサーが飛び回る。

 くるくると宙を舞い、私たちの頭上を旋回して、また卓に戻ってお茶を淹れ始める。まるで見せつけるように。


「茶を淹れてやろう。そうして見ろ。これが、俺の力だ」


 愉快そうに、彼は両腕を広げた。


「素晴らしいと思わないか?建国以来、魔法士が国王になったことは無かった!」


「それがどうした」


「どうした、だと?お前、これがどれだけ偉大なことか、分かっていないらしいな」


 不機嫌そうに眉が寄る。対してシュヴァルツ様の表情は、ほんの少しも変わらない。


「そもそもがおかしかったんだ。王家が管理してやっているにもかかわらず、魔法士どもは魔法局などと人間を真似て動き、王家の命に逆らうことすらある。だから、それを正してやろうと思ってな」


「正す、とは。王家に権を集めるということか?」


 緑の目が細められる。つうと、彼の唇が歪む。


「まずは、魔法士どもからだ。魔法局を解体し、全員を俺直属の部下にする。その次は貴族どもだな。今は、力を持つ貴族が多すぎる。財も権力も王家に返還させ、服従させる。アーリエ、お前の家もだ」


「そのために、兄を捕らえたのですか」


 声は震えていた。怖い。当然のように、こんなことを話す人が。くつりと、彼は喉を鳴らす。


「ああ。だがアーリエ、お前が俺に従うならば、あいつの罪を許してやろう。魔法士と、貴族どもと。それら全てが王家に従うならば、この国は世界の全ての国よりも強く、偉大になるだろう。クラウシャの王女が王の妻になる。だからお前には、第二妃の座を用意してやる。この国の、俺の栄光を支える栄誉をくれてやろう。国王にして魔法士である、俺の栄光を!」



 ――違う。

 喉が張り付く。怖い。それでも、言わなければならなかった。



「ちが、い、ます。私は、貴方の妻にはなりません。それに、あなたのそれは、あなたの魔法ではありませんよね」


「――――――は?」


 余裕に溢れた彼の言葉が、止まった。

 瞳が見開かれ、瞳孔が細まる。口元は変わらず弧を描いているのが不釣り合いだった。

 それでも、口を止める訳にはいかない。


「ハーゲン様の魔法は、魔石によるものです。ハーゲン様は、魔法士ではありません」


 背後で、ミシュカが息を呑むのが分かった。


「………………………………ハァ」


 ひどく、重苦しい溜め息だった。くしゃりと長い指が、金髪をかきあげる。

 手を降ろしたあと。一切の表情を削ぎ落として、彼はこちらを見ていた。


「アーリエ・アルエット。それを知るのはお前と、そこの二人と、あとどいつだ? 例えば、お前の両親は?」


 答えるより早く、シュヴァルツ様が一歩前に出た。私を、庇うように。


「それを知って、何をするつもりだ」


「はぁ? 聞いたのは俺だ。質問は許可していない」


「なら、答える義理はないな」


「……。まあ良い。従えと言っているんじゃない。従う栄誉をくれてやると言っているんだ。それがわからないなら、逆らえばどうなるか、その見せしめにしか、お前の使い道はないな?」



 その声が、すう、と温度を失った。俺に逆らうというのはこういうことだと、理解させてやる。

 そう、彼は叫ぶ。




「アーリエ・アルエット! お前を――。我が屋敷に招待しよう!」



 男が叫ぶ。

 床が、崩れた。壁が歪む。

 迫って、離れて、壊れる。

 私の後ろに扉が迫る。


「……………………アーリエ!!!」


 シュヴァルツ様の、声が響いた。必死な顔の彼が、手を伸ばす。

 指先が重なって、離れた。



 扉が迫る。飲み込まれていく。


 届かない。

 届かない。






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