支度と勇気
家族から荷物が届いた。
好きな作家の本から流行りのドレスに至るまで、いろいろなものが馬車いっぱいに積まれてきた。
煌びやかなドレスは、実家にいた頃にはよく目にしていたものだ。手に取ると、王都で過ごした日々の匂いがするようだった。
それに、この間シュヴァルツ様が気に入って、私が送って欲しいとお願いしていたお菓子も、もう一台の馬車いっぱいに送られてきた。……オトゥールでも、お店すら開けてしまいそうな量だ。
両親らしい、と思う。頼まれたら、決して半端な量では寄越さない人たちだった。
荷馬車には、父からの手紙も添えられていた。それを読み終えたシュヴァルツ様に呼ばれて、執務室の扉をくぐる。
「この間、君が魔法を使われた時に何かが砕けるような音が聞こえていた、と話してくれた件についてだ。あれについて確認させて貰ったが、君のご両親も同じ音を聞いていた」
「そうだったんですか。ならばあれは、やはり魔石を用いていたということでしょうか」
「ああ。もう一つ、ご両親は君の家を訪れた男三人についても調べ上げてくれていた。彼らは王家ではなく、ハーゲンが個人的に雇っている部下であるそうだ。間違いなく魔法士ではないと、教えてくれた」
「それは……」
魔石を用いた魔法、の言葉がずっと重みを帯びてくる。
彼は頷いて、けれどそこで話を切り上げた。窓の外は、もうすぐ空が橙に変わる。辺境伯と周囲の貴族が集まると言う夜会が今日で、これから彼は出かけるはずだった。
「……もうこんな時間か。着替えてくる」
行ってらっしゃいと見送って、けれどどんな装いを選ぶのだろうとか、格好良いなぁと、どうしても考えてしまう。自分の頬が熱くなっていそうで、慌てて息を吐いた。
不意にガチャリ、と音がした。シュヴァルツ様が戻ったのかと思って振り返ると、ローザ達がいた。
驚いたけれど、侍女達もまた、驚いたようだった。
「あらまぁ、自室ではなくこちらにいらっしゃるなんて……。男性よりも女性の方が身支度に時間がかかりますのに、なんてこと! 確かに夜会までには時間がありますが、シュヴァルツ様には一番お美しい奥様を見て頂くべきですわ。……ええ、けれどお任せになって! 私たちが、必ずや間に合わせて見せますとも!」
待って、私は夜会には行かないの。そう告げようとした口は、彼女たちの勢いにあっさりと押し流された。
「念のため、モーリスにシュヴァルツ様の足留めもさせておきますわ!」
そう言い切って、五人ほどの侍女が、私を部屋に連れて行こうとする。凄まじい、思わず言葉を失うほどの手際の良さだった。
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確かに、家族から届いた荷物には、ドレスの類もあった。あの屋敷で若い娘は私一人だったし、家に残すよりも、送ってくれたのも分かる。
けれど、まさかその日のうちに袖を通すことになるとは思わなかった。
鏡台の前に座らされて、髪に櫛が入る。背後で、ローザがほうと息を吐いた。
「懐かしいわね……。ルニエラ様のお髪も、こうやって梳かさせていただいていたものだわ」
足元で靴を並べていた年嵩の侍女も、顔を上げて答える。
「ええ、こうやって髪を編むことが出来て、本当に嬉しいわ! 靴は何にするか、髪飾りはどれにするか、みんなで悩んで選んで……。懐かしいわねぇ」
止めようとした手は、きゃっきゃと盛り上がる女性たちの声に、思わず下げてしまう。声音にほんの少し、寂しさがあったから。その名前には覚えがあった。おそるおそる、鏡越しにローザへ尋ねる。
「ルニエラ様とは、シュヴァルツ様のお母様の名前ですよね?」
ローザは櫛を持つ手を止めて、ゆっくりと頷いた。
「ええ。私たちはみんな、奥様にお仕えしておりました。ルニエラ様はとても明るくて、春のような方でした。おしゃれと甘いものがお好きで、流行りのものも大好きで。魔獣によってあの方が命を落とされて、この屋敷は模様替えをする事はなくなりました。もちろん、美しいドレスを購入することも。……だから、本当に嬉しいのです。美しい方のアクセサリーを選ばせて頂けるって、本当に心が浮き立ちますものね!」
ローザの細めた瞳の目元が、赤くなっている気がした。
そうしたらもう、何も言えない。止められるわけもない。この人たちの止まっていた時間が、私を通して少しだけ動いている。それを遮ることは、とても出来なかった。
気がついたら凄まじく優秀な侍女たちの手によって、時計の針が一番上を回るよりも前に、私は髪の一房まで完璧に結い上げられていた。ドレスで着飾って、玄関の前に立つ。
薄い青色に刺繍が施されたドレスに、レースを幾重にも重ねた髪飾り。青い宝石のついた靴まで完璧に。
通りすがりのミシュカが、こちらを見て目を丸くする。
「凄い。……びっくりするほどに綺麗ですね、アーリエ様」
「ありがとう、ミシュカ。……でもどうしましょう、こんなの、まるで夜会に連れて行けって言っていると思われてしまいそうで」
「駄目なんですか? シュヴァルツも喜ぶでしょう。あの人を怯えさせる口下手も、あなたが隣にいれば多少は柔らかくなると思いますし」
「そ、れはそうかもしれないけれど……。でも」
言い淀む私を、彼女はしばらく黙って見ていた。そうしてふいにこちらへ、お渡ししたいものがあったんです、と近くの小部屋に、私を促す。
扉が閉まる。二人きりになってから、ミシュカは前置きもなく口を開いた。
「やっぱり、シュヴァルツのことが好きなんですか?」
「そ、そんなこと!」
ぐるぐると視界が回る。ごまかさなきゃ、なんと言えば良い?
けれど彼女は急かさなかった。ただ、静かに答えを待っている。
「…………わたしは、そ、そんなに分かりやすいの?」
「あーいえ、私以外は……。むしろこの屋敷の他の人たちは、何も分かっていないと思います。もとからアーリエ様とシュヴァルツが恋仲と思っているので」
頬をぽりぽりとかきながら、彼女は言葉を続ける。
「私も本当は、何も言うつもりは無かったんです。そういったことは門外漢ですし、下手に口を出して、そのせいで拗れてしまうのは怖いので。けれど、アーリエ様のそんな顔を見てみぬふりをするのも、違うかなとは思って……。余計なお世話だったらごめんなさい。もし言及されたくないのなら、言ってください。そうしたらもう、二度と口にしませんから」
――そんな顔を、していたのだろうか。
ずっと胸の奥に押し込めていたものが、喉元までせり上がってくる。
「………………嫌ではないわ。でも、恋なんて初めてなの。酷い妹だと思われないかしら。兄が捕まえられて、いまどうしているのか分からないのに。あの人が好きとか、そんなことばっかり、考えてしまうなんて」
「いいえ。ローディス様なら、あなたが一人で悲しんでいるよりもずっと良いと考えると思います」
そう言い切って、私より少しだけ背の低い彼女は、瞳を覗き込む。
「贔屓目も含まれていますが、アーリエ様もシュヴァルツも、素晴らしい人達だと思っています。だから、どんな形になったとしても大丈夫だと。そういったことで、あまり力にはなれないと思いますが……。それでも、望んで頂けるなら、貴女の力になりたいんです。それだけはどうか、忘れずに居てください」
穏やかで、柔らかな声だった。迷いのないそれが、すとんと私の心に落ちる。
それと、出来るならばお渡ししたいものがあるんです。そうミシュカに差し出されたのは、つるりとした橙色の、丸い石だった。コインくらいの大きさのそれは、そっとなぞると暖かいような気がする。
「こ、れは……。魔石? この間見せてくれたものと、同じ色だわ」
「はい。なるべく魔力を込めたものをお渡ししたくて、これが一番出来が良かったんです。使う機会は訪れないかもしれません。けれど何かあった時に、これが役に立てば良いと願っています。私も、この屋敷のみんなも、シュヴァルツも。貴女の味方で、力になりたいと思っています。どうかそれは、覚えていてください」
「ありがとう。……私、ここに来れて良かったわ。貴女達に会えてよかった。――シュヴァルツ様を、好きになって良かった」
ここに来れたから、こんなに優しく、素敵な人たちに出会えた。そう思ってもらえて嬉しい、とミシュカも、はにかむように笑ってくれた。
玄関に戻ると、支度を終えたシュヴァルツ様が、モーリスと何かを話していた。初めて見る正装は凛々しく、彼の恵まれた体躯を引き立たせている。振り返った銀色の瞳が、私を見て、ほんの少しだけ見開かれる。
「あの、シュヴァルツ様、私も――」
その夜会に、連れて行ってはくださいませんか。
言葉を振り絞るのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。対して彼の返事は、良いのかそれはありがたい、と言うあっさりとしたものだった。
拍子抜けして、それから少しだけ、笑ってしまった。




