王家の秘密
淡々とミシュカは話した。けれどシュヴァルツ様は驚いて、瞳も分かりやすく揺れている。人の魔石、なんて。そんなものがあるのか。
「待ってくれ。まず、前提を確認させてくれ。……魔石とは、魔獣の身体から取れる魔力の結晶のはずだ。動物にとっての魔獣が、人にとっての魔法士であることは理解できる。だが人の魔石とは……君、自分の体を切り裂きでもしたか?」
「人をなんだと思っているの? 流石にしないわよ。……最初から話しましょうか。まず、初めてアーリエ様にあって、手首の魔法を見せて頂いたとき、おかしいと感じたの。彼女にかけられた魔法があまりにも拙くて、雑で、メチャクチャなものだったから」
頷く。確かに彼女はそう話していた。
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「まず前提として、この国でもっとも未熟な魔法士は、間違いなく私なんです。王都で集められた魔法を使える子供たちは、同じ魔法士から魔法についても学ばせてもらうんだから、当然ですが。彼らに比べれば私なんて、初歩もなっていないとか、それ以下なんです」
「そうなんですか? ミシュカはあんなに強いのに」
「ありがとうございます。でも、たとえばあなたが以前話してくれた、自動で演奏を行う楽器の魔道具を考えれば、体系化された魔法がどれだけすごいかは伝わると思います。あれは楽器を動かす魔法、演奏する曲を選ぶ魔法、動力を供給する魔法など、何十もの魔法が掛けられています。凄まじい技術ですし、すこし方向感覚を狂わせるとか雷を起こすとか、その程度とは比較にならないほど、高度な技術なんです」
たしかに、そんな魔法士達を管理するからこそ、王家は別格として扱われている。
「公爵家の方やシュヴァルツが警戒していたことでもありますが、もし王家の魔法士がアーリエ様に魔法を掛けていたなら、居場所どころか声も視界も、五感全てを共有させる魔法にだってできたはずです。それどころか、転移魔法みたいに、無理矢理あなたを王太子のもとに連れていくことだってできたでしょう。なのにかけられた魔法はあんなにお粗末な、居場所を伝えるだけの魔法だった」
その時から何かあるとは考えていたんです。そうミシュカが言葉を続ける。
「例えば、魔法士たちは王太子に従うことを嫌がっているとか。彼らの所属は魔法局であり、それを統括するのは王家です。従うのは魔法局と国王であって、王太子ではない。魔法は強力だからこそ、悪用されたくない魔法士は多いですから。適当に、やる気もなくアーリエ様に魔法をかけていたものと思っていたんです」
「違うのか? 君に報告を受けた時から、俺もそう思っていたんだが」
「ええ。――そもそもこのアーリエ様に掛けられた魔法は、魔法士によるものではないと、今は考えているわ。ただの人間が、人の魔石を用いてアーリエ様に魔法を使ったんじゃないかって」
「ありえない、と言いたいところだが……。その人の魔石だと言う橙色の石が関係しているんだろう。続けてくれ」
「ええ。その前に一つだけ約束して。この話を決して誰にも伝えないように。この石のことを知られたら、間違いなく大変なことになるから」
私とシュヴァルツ様がうなずいたのを見てから、彼女は話し始めた。
「そもそも魔獣に魔石があるのに、魔法士に魔石がないのはどうしてだろうと、ずっと思っていたの。魔法士は魔獣みたいに凶暴になったりもしないし、どこかの何かが違うんじゃないかって。けれどアーリエ様が前に、雪魔兎の魔石を持っていたでしょう? それで、何か方法を変えれば、魔法士なら人の魔石を作れるんじゃないかって考えたの」
色々試したけれど、魔蜥蜴って分かるわよね? 尻尾に緑の魔石をつけた蜥蜴で、危険に晒されると尻尾を切って逃げ出すあれ。だからあれを魔法で眠らせて、生きた状態で私の魔力を流し込んでみたわ。そうしたら、尻尾の魔石の色が、橙色に変わった。
「私の魔力を感じるから、これは多分もう人の魔石になっていると思う。……試してみましょうか。アーリエ様、このコップを握って、簡単なことを願って貰えませんか。石よ動けとか、その程度でいいんです」
ミシュカはガラスのコップに水を注いで、橙の石を入れた。促されてコップを握る。……なんだか暖かい気がする。とりあえず、動いて欲しいと願ってみる。すると水面が、ゆらゆらと揺れた。
「……凄い! これは、私でも魔法を使えたってことなの?」
「ええ。そうして慣れれば、もう少し難しい魔法も使えると思います」
「なるほど。君の言いたいことは分かった。たしかにこれなら、アーリエに魔法を掛けたのはただの人間だという言葉にも、説得力がある。……しかし、これが公になれば、大変なことになるな」
「でしょうね。魔法士は絶大な力を持つ。それをただの人間でも得ることができると分かったら、どんな手段でも使う人間も、いるかもしれない。だからきっと、王家も魔法士達もこの情報を隠していたんでしょう。……最悪、魔法を使える子供は国に集められるより前に、攫われるようになるかもね」
淡々と彼女は言った。
「そういえば、私に魔法を掛けた人は、私の手首を掴んだ後に、なんだか様子が変でした。顔が青くなって、今にも倒れそうな、そんな様子だったんです」
「それは……。人が魔法を使った反動があるのかもしれませんね。アーリエ様は? 今コップの水を揺らして、具合が悪いとかは無いですか?」
大丈夫です、と首を振る。本当に、僅かも体調は悪くない。
「…………ん? この石、色味が変わっていないか?」
心配そうに私の顔を覗き込んだシュヴァルツ様が、ふいにコップを見る。確かに温かみのある橙色の魔石は、ほんのわずかに緑になっている気がした。
「本当だわ。魔力が抜けたってことかしら。……試したけれど、蜥蜴みたいな生き物に魔力を込めて魔石は作れても、魔石そのものに魔力を込めても、何も変わらなかったのよね。でも、こんな簡単で僅かな魔法で色が抜けるなんて」
「ふむ。王都の魔法士達なら、もっと効率の良い魔石の作り方を知っているのだろうな。これ、俺も試してみて良いか?」
コップにシュヴァルツ様も手を触れさせる。ゆらゆらと水が揺れて、魔石の色もどんどん緑に近づいていく。
完全に緑になった後は、水面はもう、動かなくなった。
「そういえば……。間違っているかもしれないんですが。手首の魔法を掛けられた時、何かが割れるような音も、していた気がします。でも、動揺していたので勘違いかもしれません」
「興味深いな。魔石は込められた魔力以上は使えない、ということだろうか。だからこの石は緑に変わり、手首の魔法のときは石が割れた。あの時はたしか、君のご両親もいたのだろう? 割れた音について彼らは覚えがあるか、確認してみよう」
「ありがとうございます。……でも、ミシュカは本当に凄いですね。魔石について気がついたのも、作れるのも」
「そんなことはありませんよ。でも、これでいろいろなことを考えることができると思います。たとえば王太子は魔法士を従えていない可能性があると分かっただけでも、凄い収穫です。王家の人間だから、魔石を所持していて利用できるだけなのかも。正直私じゃ王家の魔法士なんて、到底歯が立ちませんから。アーリエ様の手首の魔法も、解きやすくなりました」
一緒に屋敷に帰るのかと思っていたけれど、ちょっと追加で魔石を作りたいので蜥蜴を捕まえてきます、と話してミシュカはまた、森に向かった。
シュヴァルツ様と二人で戻る。行きは急いだが帰りはゆっくりで良い、と彼は馬車を呼んでくれた。
琥珀色の陽がさすなか、ゆっくりと帰路を辿る。
「ミシュカは本当に凄いですね。彼女があんなに強いなんて、初めて知りました」
「ああ。魔石のことももちろんだが、彼女にはいつも助けられている。俺か彼女しか対応が難しい魔獣もいるし、そういった獣が一番厄介だからな」
「……シュヴァルツ様にとっても、ミシュカは特別ですか?」
聞きながら、胸がちくりと痛んだ気がした。どうしてだろうか。シュヴァルツ様は少し考え込んだあと、口を開く。
「それを話すなら、多分、この領のことも話さなければな。……オトゥールは特に冬、魔獣が増える。ここの民は長年、雪や魔獣に怯え、戦い続けてきた。祖父の代に一番森に近い村に塀を作ったが、それまであの村は、毎年魔獣に襲われていた。今だって、魔獣による死者は毎年出ている」
銀色の瞳は、ここではないどこかを見ている。国に支援を要請したことはあるが、返事はなかった。そう、言葉が続けられる。
「国の理屈は分かるがな。たとえば隣国との戦争が起これば、国は迷わず魔法士達を派遣させるだろう。けれど魔獣は何百年と前から存在している災厄で、規模も被害も分かっている。死者が出たとしても村が壊滅しないなら、貴重な魔法士を派遣するメリットは低い。……けれど、俺たちはそれを当然とは思えなかった」
この地にいたから、失われた命がある。瘴気だまりの近くに暮らしていなければ、生きていたであろう人々が。……それでもオトゥールで生きていきたいと、この場所こそが故郷であると言う人々がいる。なら、それに応えたいと思った。
「どうしても、領民が魔獣に殺されない冬が欲しいんだ。祖父の代からの悲願ではあるが、それ以上に。この世の何よりも、それを欲している」
言葉は静かだった。けれど、ぞっとするほどに重い。
「……だから、シュヴァルツ様とミシュカは、今も戦っていらっしゃるのですね」
「ああ。彼女は立場としては俺の部下だが、挙げた功績は俺より多い。何より、誰よりもこの領を愛している。だから俺から、名を呼ぶときに様を付けなくていいと、俺と彼女は対等だと話した。この領が誰も魔獣に殺されない冬を迎えるまで、俺と君は上司と部下である前に、同志だと伝えたんだ」
「…………兄が、あなた達のために、役立とうとした理由が分かりました。ありがとうございます、大切なことを、聞かせて頂いて」
「こちらこそ。君達に出会えて、本当に良かった」
瞳を細めて、彼は返事をくれた。
美しい笑みだった。
ほんとうに、なんて。
なんて美しく、優しいひとたちなのだろう。
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屋敷に戻った時、外はすっかり暗くなっていた。
この時間なら、大半が眠っているはずだ。それなのに玄関の灯りは煌々と灯されていて、扉の前にはモーリスとローザ、それに数人の使用人が立っていた。
馬車が止まる。降りるより早く、ローザが駆け寄ってきた。
「旦那様、奥様! お戻りをお待ちしておりました」
「何があった」
「それが、その、夕方に王都から早馬がありまして……!」
言い淀むローザの後ろから、モーリスが一歩前に出る。
彼の手には、一通の封筒があった。
「王太子様から、お手紙を頂戴しました」
白い封蝋には、見紛うはずもない王家の紋がある。もうしばらく痛んでいない手首が、じくりと疼いた気がした。




