掃除屋編 6話
「ここが第三被害者、ブリアナ・キャロラインが働いていた娼館ですか……」
まるで眠りについているかのように、昼の歓楽街は静まり返っていた。
CLOSEという看板がぶら下がった店の前で、私は隣に立つテディに話し掛ける。
「どうしましょう。これでは、彼女がアランに会っていたかどうか確認できそうにありませんが…」
「できるよ」
「え?」
振り向くと、彼は歩き出していた。
同じくCLOSEという看板がぶら下がった隣の店の前で足を止める。
「この人達なら早起きだから」
目の前の店を指さし、テディは躊躇なく扉を開けた。
「え、ちょっと!」
私は慌てて駆け寄った。
彼の肩越しに見えたのは、カウンターで書類を確認していた丁子色の髪の男性。
「すみません」と、男性は申し訳なさそうに顔を上げた。
「まだ営業時間外で……って、テディ!」
「久しぶり、アダムさん」
(久しぶり?……ってことは、知り合いか…)
どうやら初対面ではないようで、テディはいつもより軽い足取りで店の中へ入って行った。
(へぇ、歓楽街の人達とも交流があるなんて、本当に人脈が広いんだな……)
そんなことを考えながら、私は店内へ足を踏み入れ、二人の会話を邪魔しないよう静かに扉を閉じた。
「どうして、ここにいるんだ?まだ服役中のはず……あ、まさかまた脱獄したのか?」
(また?)
「全く、そんなことばかりしてるから、ただの詐欺罪なのに懲役千二百年になるんだぞ」
(千二百年!?)
驚く私を置いて、話は進んでいく。
「いや、千百九十九年だよ」
「ほぼ千二百年だろう…」
「それと、今回は脱獄してない。ご主人様が正門から出してくれたんだ」
「ご主人様?……って、後ろのお嬢さんのことか?」
「ううん。この子はご主人様のメイド」
「ほう」と呟き、アダムはこちらへ近づいてきた。
「挨拶が遅れてすまない。俺はアダム。この店のオーナーで、こいつの保護者みたいなものだ。よろしくな」
屈託のない笑顔。
差し出された大きな手に、私は手を重ねた。
「オフィーリアです。よろしくお願いします」
「ああ」
どちらからともなく手を離すと、アダムはテディの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「こいつは顔に全振りしすぎて、性格はちょっとあれだが、悪い奴じゃないんだ。これからも仲良くしてやってくれ」
「いや、あれって何?絶対悪口だよね?それ」
まるで親子みたいに戯れ合う二人。
(こいつもこんな顔するのね……)
「…あ、それより、グレッタってもう起きてる?」
「ああ、起きてるぞ。おーい、グレッタ!ご指名だ!」
アダムが大声で呼びかけると、上の階から「はーい!」という猫なで声が聞こえてきた。
階段を駆け下りる足音と共に現れたのは、
「ご指名ありがとうございます。あなたのグレッタです♡」
洗練された笑みを浮かべた楝色の髪の女性だった。
しかし、
「…って、何だテディか」
端正な顔を見た瞬間、彼女はがっかりと肩を落とした。
「あはは、相変わらず目が悪いみたいだね。眼科行った方がいいんじゃない?」
「はぁ?病院行くべきなのは、頭がおかしいあんたでしょ?このヤリチンナルシスト」
「俺の顔が良いのは、自論じゃなくて衆論だ。良ければ、いい医者を紹介しようか?ニコ中銭ゲバ女さん」
顔を歪めるグレッタと、笑顔のままのテディ。
二人の間に、バチバチと見えない火花が散る。
──止めた方がいいのだろうか。
オロオロと睨み合う二人を見ていると、不意にグレッタと目が合った。
「ていうか、その子誰?あんたの女?」
「なっ、ち、ちがっ…」
「違うよ。今のところは」
(今のところは??)
「彼女はオフィーリア。俺のご主人様のメイドさ」
「ふーん…」
二藍色の瞳が、私を探るように見つめる。
別に悪いことをしていないはずなのに、じんわりと汗が滲んだ。
「…まぁ、いいわ。ついてきて」
背を向けたまま、グレッタは顔だけ振り向いた。
「どうせ娼婦の私じゃなくて、情報屋の私に用事があるんでしょ?」
(情報屋?)
返事を待たず、彼女は階段を上がって行く。
「はーい。……行くよ」
私の耳元で囁くと、テディも歩き出した。
「えっ、ま、待ってください!」
アダムに会釈をし、私は二人の後を追い掛けた。
どこに行くのかも知らずに。
×××××
グレッタに案内されたのは、煙の匂いが充満した彼女の私室だった。
向かいのソファに座っていた彼女は、口から煙草を離し、紫煙を吐き出す。
「…それで、誰の情報が欲しいの?」
切れ長の瞳が、更に鋭く研ぎ澄まされる。
思わず息を呑む私の隣で、テディは顔色一つ変えず、
「隣の娼館で働いてるブリアナ・キャロラインの情報が欲しいんだ。はい、百ガラド」
目の前のテーブルにコインを置いた。
けれど、グレッタはそれを見つめるだけで、受け取ろうとはしなかった。
「二百ガラド」
「えー、僕の顔に免じて安くしてよ」
「あんたの気持ち悪い顔のどこに免じるのよ。ほら早く、二百ガラド」
二人は再び睨み合う。
しばらくすると、テディがため息を吐き、
「あーはいはい、払うよ。払いますよ」
もう一枚のコインを置いた。
二枚のコインを手に取ったグレッタは、「まいど~」と勝ち誇った顔で見せびらかす。
「ははは、俺は超能力者じゃないけど、君が長生きする姿が鮮明に見えるよ…」
完璧な笑顔が、ほんの少しだけ引きつる。
「そりゃどうも」と、グレッタはコインを握り締めた。
「…で?ブリアナ・キャロラインのどんな情報が欲しいの?」
その一言で、空気が変わった。
ピリピリとした緊張感が走る。
「彼女の行動を知りたい。…最近、大通りの広場には行ってた?」
指で挟んでいた煙草を、グレッタは再び咥えた。
そのまま背凭れに寄り掛かると、
「…行ってたわよ」
小さく呟いた。
たった一言に、肩が跳ねる。
「その子、うちの新人と仲が良くてね。二人で広場へ買い物に行くんだって話してた」
「…何を買ってた?」
「そこまでは知らない。………でも、こんなに小さくて可愛い指輪を──」
親指と人差し指で作った小さな丸から、
「百九十センチくらいの大男が作ってるんだって言ってたわ」
こちらを覗くグレッタ。
その言葉を聞いた瞬間、テディに詰め寄るブレインの姿が脳裏に浮かぶ。
『カーラが僕より大きいと話していたので、恐らく百九十センチくらいの大柄な男性だと思うんですけど…っ』
つまり、犯人は百九十センチ前後の大柄な男性。
大通りの広場に露店を出していた指輪職人の──
「アラン…」
静まり返った部屋に、その名前が響いた。




