掃除屋編 4話
「あの」
「んー?」
「私達って、被害者達の交友関係を調べてるんですよね?」
「うん、そうだね」
「では何故、こんな所にいるのでしょうか」
エレサレスの郊外にある喫茶店。
珈琲の香りが漂う薄暗い店内から、
「しかも、あなた至ってはウェイターの格好で」
白いシャツ。
黒いベストを誰よりも着こなし、通路に立つテディへ視線を移した。
「どう?かっこいいでしょ?ここのオーナーに頼んで貸してもらったんだ~」
腰に手を当て、自慢げに胸を張るテディ。
その姿に、私は冷ややかな眼差しを向けた。
「いや、手に入れた方法は聞いてないんですけど」
その一言に、テディはまたしてもきょとんとした表情を浮かべた。
何度か瞬きを繰り返すと──
「…ごめんね」
私の額に触れた。
ほんのり温かくて大きな手。
思わず息を呑む。
驚いている間に、彼の手は離れていった。
「熱はない、か」
「…は?」
「なのに、俺のウェイター姿を見て顔色一つ変えないなんて…。さっきも思ったけど、君、かなり変わってるね……」
「はぁ!?」
(あんたというか、掃除屋だけには言われたくないんですけどぉ!)
真剣な表情が余計腹立たしい。
私は何とか怒りを飲み込み、話を本題に戻した。
「一人目の被害者はアデライン・ベラドンナ伯爵夫人です。まずは伯爵邸に向かうべきでは?」
「いーや、平民である俺達が行ったところで門前払いされるだけだ」
「なら、せめて貴族御用達のお店に向かうべきではないでしょうか。申し訳ないですが、ここに彼女の関係者が来るとは思えませんし…」
「来るよ」
「え?」
テディは入口へ視線を向け、笑みを浮かべた。
いつもの完璧な笑み……ではなく、悪戯が成功した子供のような笑みだった。
「ほら」
まるでその言葉が合図だったかのように、カランカランと扉が開かれた。
振り向くと、そこには装飾の少ない上質なドレスを身に纏った女性が立っていた。
どう見てもお忍びの貴族である女性に、ウェイターが駆け寄る。
少し言葉を交わすと、彼女は迷いのない足取りで窓際の席に座った。
「何で貴族がここに…」
「彼女はエフィ・フランチェスカ伯爵夫人。ここのジャスミンティーがお気に入りで、よくベラドンナ夫人を誘ってはあの特等席でお茶会をしていたらしい」
「どうして、そんなことを知ってるんですか?」
「ディルク公爵が話してたから」
「ディルク公爵?」
「三年前、俺が金を騙し取った相手だよ」
(三年前って……)
「記憶力がいいんですね…」
「まぁ、いい方なんじゃないかな。今まで会った人の顔と名前は全部覚えてるし」
「ぜ、全部!?」
「うん」
フランチェスカ夫人を見つめたまま、テディは当然のことのように頷いた。
その横顔を、私はこっそり見つめる。
(やっぱり、こいつもただの詐欺師じゃないのね……)
「…彼女が被害者の友人だとして、初対面の私達が話し掛けたら不審がられないでしょうか」
「だから、この格好だよ」
「あっ、ウェイターなら飲み物を運んだ時に話し掛けてもおかしくない、ということですね」
「そゆこと〜」
その時、先程フランチェスカ夫人と会話していたウェイターが厨房から現れた。
横を通り過ぎようとした彼に、テディは話し掛ける。
「あ、それ、あそこのお客様の紅茶だよね?俺が持っていくよ」
「えっ、でも……」
オーナーから話を聞いているのか、ウェイターは躊躇う。
そんな彼の手の甲を、
「だめ、かな…?」
テディは指の腹で撫で、耳元で囁いた。
ウェイターの顔が見る見る内に赤く染まる。
「だ、だめじゃないです!!」
ウェイターはトレーを渡し、逃げるように厨房へ駆け込んで行った。
「ありがとう〜」と手を振るテディを、
(まるで、ホストみたい……)
私はじとりとした目で見つめた。
その視線に気づいたのか、気づいていないのか、彼はくるりと振り向いた。
「じゃ、君はここで待ってて。天才詐欺師の実力、見せてあげるからさ」
突然の流麗なウィンクに不意を突かれ、言葉を失う。
私の返事を待たずに歩き出したテディは、窓の外を眺めるフランチェスカ夫人の側で足を止めた。
「お待たせ致しました、ジャスミンティーでございます」
ティーポットとカップをテーブルに置くと、夫人は振り向いた。
「ありがとう。…あら、初めて見る顔ね。新人さん?」
「いえ。いつもは厨房で働かせていただいているのですが、今日はホールに駆り出されてしまいまして」
「そう。こんな綺麗な顔してるのに裏方なんて勿体ないわね。…ふふふ、アデラインがいたら、お店に迷惑かけちゃうぐらい騒いでいたかもしれないわ」
聞こえてきた第一被害者の名前に、肩が跳ねる。
けれど、テディは眉一つ動かさず、平然と問いかけた。
「アデライン?もしかして、いつもご一緒に来店されている方でしょうか」
「知っているの?」
「はい。厨房スタッフの間でも有名でしたから。こんな町外れの喫茶店に綺麗な女性達がいらっしゃってると」
「あらまぁ、お世辞が上手なのね」
「ははは、今日は待ち合わせですか?」
その一言に、今まで楽しそうに話していた夫人の表情が曇る。
「い、いえ、違うの。彼女は…その……………」
夫人は俯き、口を閉ざしてしまった。
辺りが静寂に包まれる。
じっと彼女を見つめていたテディは、ティーポットに手を伸ばした。
コトコトとカップに紅茶が注ぐ音が、やけに大きく感じた。
「……あの、僕でよければ話を聞かせていただけませんか?」
「え?」
「悩み事は人に話すと楽になると聞いたことがあります」
ちゃぷちゃぷと紅茶が揺れる音がした後、テディはカチャリとティーポットを置いた。
空色の瞳が、夫人を射抜く。
「あなたには笑顔がお似合いですから」
ジャスミンティーではなく、ミルクティーだと勘違いしてしまいそうなほど甘い言葉と甘い微笑み。
夫人の頬が先程のウェイターのように赤く染まる。
「あ、ありがとう……」
テディから湯気の立つ紅茶へ視線を逸らし、夫人はカップを持ち上げた。
一口飲み、琥珀色の液体を見つめていた彼女の口が──
「……………実は彼女、行方不明になってしまったの」
ようやく開いた。
ほんの一瞬、端正な口元が歪む。
そのことに気づかず、夫人は窓の外を指さした。
「あそこの広場で、職人達が露店を出しているのは知っている?彼女、その中の一人に夢中になってね」
「ほう、アデライン様が夢中になるなんて、相当見目麗しい職人だったんですね」
「どうかしら?私はその職人の顔も作品も見たことがなくて、知っているのはアランという名前だけ」
(アラン……)
「作品を買うだけじゃなく、道具や服、ついには家まで買い与えていたから、もう止めた方がいいって言って、それで………」
「口論になってしまったんですね」
夫人は頷き、ぎゅっと持ち手を握り締めた。
「…後悔、しているの。私が誘わなければ、彼女がこの窓から彼を見つけることも、私達が喧嘩別れすることもなかったんじゃないかって………」
その言葉を最後に、夫人は再び口を閉ざしてしまった。
「ごゆっくり」と一礼して席を離れたテディが、こちらへ駆け寄ってきた。
「どう?惚れた?」
「惚れてないです」
「一ミリも?」
「一ミクロンも」
「残念」と言いながらも、彼は楽しげに笑う。
(いや、全然残念そうに見えないんですけど……)
「はー、さぁてと、そろそろ移動しようか」
「移動するって、どこへ?」
「あそこ」
テディが指さしたのは、窓。
………越しに見える広場だった。




