掃除屋編 1話
「あそこが掃除屋の拠点か……」
見えてきた目的地に、私は足を止めた。
白壁に黒い梁が走る二階建ての家。
(まるで、絵本の中みたい……って、あながち間違ってないか……)
そんなことを考えながら近づくと、
(ん?)
黒い髪。
黒い瞳をした青年が、玄関先の壁に凭れ、足元へ視線を落としたまま煙草を吸っていた。
(あれ?あの人って、もしかして………)
ポケットから手を出した青年に、私は駆け寄った。
「あの、ジャック様ですよね?」
声を掛けた瞬間、煙草を挟もうとした指が止まった。
青年が弾かれたように顔を上げる。
その勢いに、私は思わず身を引いた。
真っ黒な瞳が大きく見開かれる。
「あ、あの……?」
「……………」
(いや、何で何も言わないのよ!)
何となく視線を逸らせず、私達は見つめ合う。
青年の口から煙草が落ちた。
「な、んで………」
(何で?何でって……………あっ、)
ようやく気がついた。
自分が名乗っていないということに。
「も、申し遅れました!私、ヴィンセント様の専属メイドをしているオフィーリアと申します!」
青年の肩が微かに跳ねた。
「なので、断じて怪しい者では……って、ちょっと!」
話し終える前に、青年は落とした煙草を踏みつけ、私の横を足早に通り過ぎて行った。
私は伸ばしかけた手を引っ込め、
(か、感じ悪ぅ〜っ!)
ぎゅっと握り締めた。
遠ざかる背中を睨みつけ、「もうっ」と背を向けた。
「違うなら違うって言えばいいじゃない。失礼な人っ…」
ぶつぶつと文句を言いながら、玄関の扉の前に立った。
扉を叩こうとした、その瞬間──
「ちょ待てや、ド陰キャ!」
ゴンッ!!!!
鈍い音が響いた。
乱暴に開かれた扉が、額に直撃したのだ。
「~~~ッッ!」
あまりの衝撃に、痛いという言葉さえ出てこない。
真っ赤に腫れ上がった額を押さえながら、ふらつく私に、
「今日という今日はぜってぇ許さねぇから、な………って、誰だお前」
扉を開いた人物は心配するわけでも、謝罪するわけでもなく、怪訝そうな声を上げた。
(誰だ…?)
「邪魔だ、退け」
(邪魔だぁ…!?)
わなわなと身体が震える。
「ど、退けって…っ」
私は顔を上げ、目の前の人物を睨みつけた。
「まずは謝るべきでしょう!?」
「謝る?それ、俺に言ってんのか?」
「あなた以外に誰がいるんですか!ほら、あなたのせいでこんなに腫れてっ…」
「てめぇがぼーっと突っ立ってんのが悪いだろ!むしろ俺の邪魔してんだからそっちが謝れや、この──」
「綿毛女!」
その言葉が頭の中で反響する。
静まり返ってから、
「はぁ!?!?」
私は声を荒げた。
臙脂色の髪。
深紅の瞳。
何より、この傍若無人な態度。
──思い出した。
こいつは掃除屋の一人、放火魔ケイレブ・リードだ。
「ああクソッ、もう謝んなくていいから退け!」
「嫌です!退いて欲しいなら謝って下さい!」
「あぁ!?てめぇ、ふざけてんじゃっ…」
その時だった。
怒号を遮るように──
「はいはい、プリン食べられたくらいで喧嘩しな〜い」
拠点の中から間延びした声が聞こえてきた。
コツコツと革靴の音が近づいてくる。
「するなら、せめて中でやってね。恥ずかしいから」
現れたのは、銀髪。
空色の瞳。
そして、美しいという言葉が最も似合う中性的な顔をした青年。
言葉を交わさなくても、分かった。
彼も掃除屋の一人、詐欺師テディ・ブランシュだ。
(綺麗……)
端正な口元に笑みが浮かぶ。
思わず見惚れていると、ケイレブがまたしても声を荒げた。
「くらいだぁ!?あれは一日百個限定、一個二百ガラドの高級プリンなんだぞ!?」
「うわ、たっかぁ」
(二百ガラド!?ってことは、日本円で言うなら二千円!?それは流石に怒るかも……)
「でも、名前書き忘れてたよね?」
「はぁ!?俺が書き忘れるなんてっ……………ある、かもしれねぇけど……」
「ほら〜。だったら、文句言えないんじゃない?」
反論できず、歯を食いしばるケイレブ。
そんな彼から私へ、テディは視線を移した。
「そんなことより、この子は誰?ケーくんの彼女?」
「んな訳ねぇだろうが!気色悪ぃこと言ってんじゃねぇぞ、女顔!」
(気色悪い!?今、気色悪いって言った、こいつ!?)
「ったく、どうせお前のストーカーかなんかだろ」
「ち、違います!」
強く否定したのに、
「あー、ゴメンナサイ」
振られた。
しかも、即答で。
「だから違うって言ってるでしょ!私はっ…」
ついオフィーリアであることを忘れて反論しようとした。
その時──
「こんな所で何をしてるんですか?」
背後から呆れた声が聞こえ、振り返る。
群青色の髪。
紺青色の瞳。
年齢の割に小さい背と幼い顔。
「キーラン様……」
掃除屋の一人、騎士キーラン・アジュールが立っていた。
こちらへ近づいてきた彼に、ケイレブは顔を歪める。
「チッ、てめぇの女かよ。趣味悪ぃ」
「へぇ、こういう子がタイプだったんだ」
「違います」
(だから、何で私が振られたみたいになってるのよ!)
またしても振られ、内心苛立っていると、
「でも、僕達の主は好みだと思いますよ。だって、彼女は──」
キーランが真横で足を止めた。
「殿下の専属メイド、ですから」
その一言に、空気が一変する。
三つの鋭い視線が、私を突き刺した。
「……………へ?」




