プロローグ 3話
『神様の玉座』
この物語の舞台は、女神オリビアを信仰する国、ヴェスタニア帝国。
国王と使用人の間に生まれた主人公、フレデリック・ベン・ヴェスタニアは、女神の神託に存在しないという理由で城を追放され、母親と下町で暮らしていた。
しかし、母親を病で亡くし、国王に呼び出された彼は、突然第三王子として迎えられることに…。
自分と母親を捨てた男の命令に従うまいと、国外へ逃亡しようとしたフレデリックは、最後に寄った大聖堂でヒロイン、聖女ジェシカ・フローレンスと出会う。
彼女に頼まれ、国に残り、犯罪者失踪事件を追うことになった彼は、やがて黒幕に辿り着く。
自分の異母兄弟である、第二王子ヴィンセント・ベン・ヴェスタニアに。
彼を倒し、フレデリックは玉座に君臨する。そんな勧善懲悪の物語………のはずだ。
──そう、はず。
私はこの物語を最後まで読んでいない。
だから、私が知っているのは、序盤までの物語と全体のあらすじ。
この身体の名前は、オフィーリアで。
ある事件に巻き込まれて記憶を失い、ずっとヴィンセントの道具として生きてきたこと。
そして──
このままだと、彼の命令で国王を殺害し、処刑されてしまうこと。
それだけだ。
×××××
「掃除屋、ですか?」
カーテンに閉ざされた二人だけの世界に、平静を装う私の声が響いた。
目の前には、ペリドットがあしらわれた白のクラバット。
それを結ぶ真っ白な手。
そのまま視線を上げると、菫色の瞳と触れ合い、静かに細められた。
「ああ。父上に許可をもらって、不要な人間を片付ける掃除屋を作ったんだ」
(要らないもの……)
──要らなくなったから、オフィーリアのことも捨てたのだろうか。
要らなくなったら、私のことも捨てるのだろうか。
声が僅かに震える。
「…よく、陛下の許可が取れましたね」
「嫌われてるのに?」
「いえ、陛下の許可を得るには、あの堅物な教皇様の許可も必要ですから」
「堅物って…ははは、それ、君が言う?」
無邪気に笑う。
その笑顔を見た瞬間、背筋が凍った。
だって──
「父上が教皇の傀儡と化した女神派だからこそ簡単だったよ。反女神派を処分するためだと言えば、すぐ首を縦に振ったからね」
『僕が殺しておいたから』
あの夜のことを思い出すから。
私は唾を飲み込み、手元に視線を移した。
「…掃除屋はどのような方々なんですか?」
止めていた手を動かしながら問いかけると、ヴィンセントは小さく笑った。
「一人目は八年前マレー村を全焼させた放火魔、ケイレブ・リード」
(放火魔…)
「二人目は総額十億ガラド騙し取った天才詐欺師、テディ・ブランシュ」
(詐欺師…)
「三人目は帝国史上、最多の殺害数を持つ殺人鬼、ジャック」
(殺人鬼…)
「そして、四人目は僕の騎士、キーラン・アジュールだ」
(そして、黒幕の騎士…。原作通り、まともな人間はいなさそうね……)
心の中で、思わずため息を吐いた。
「君には、彼らの監視役として、任務に同行して欲しいんだ」
「彼ら……ということは、キーラン様もですか?」
「ああ。彼はあのアジュール公爵の嫡子だからね」
──ダニエル・アジュール。
代々宰相を務めるアジュール公爵家の現当主で、国王が一番信頼している人物。
(国王が女神派なのも、彼の影響と言われている…。確かに、その嫡子となると、かなり危険人物かも……)
「…かしこまりました」
クラバットを結び終わり、私はヴィンセントから手を離した。
すると、今度は彼の手が私の頬に触れる。
あまりの冷たさに、肩が微かに跳ねてしまう。
恐る恐る顔を上げると、菫色の瞳にこちらを見下ろしていた。
「もうすぐ、この国は僕のものになる」
細長い指が、顎を伝い、喉をなぞり、鎖骨へ落ちていく。
首元の膨らみを確かめるように、撫でられた。
怖い。
目を逸らしたい。
手を振り払いたい。
「その日までに綺麗に掃除しておくんだよ、オフィ」
でも、逸らせない。
振り払えない。
逆らえない瞳は、まるで私の服の下で輝くスピネルのネックレスのようだった。
だからこそ、私は──
「………御心のままに」
せめてもの反抗として、彼を睨みつけた。
────この時を待っていた。
憑依してから、ずっと。
私は、あんたの命令に従って、処刑されたりはしない。
命令に逆らって、あんたに殺されたりもしない。
掃除屋を味方につけて、国外へ逃げる。
あんたの手の届かない国外へ。




