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プロローグ 2話

「わぁ……」


扉を開けた瞬間、思わず感嘆の声を漏らした。


どこまでも続く大理石の床。

高すぎる天井。

宝石を散りばめたようなステンドグラス。


(まるでお城みたい……)


場違いな感想を抱きながら廊下を歩いていると、


(ん?)


扉に刻まれた紋章に気づき、足が止まった。

祈る女性が中心に描かれた紋章。


(この紋章、どこかで………)


近づき、手を伸ばす。

指先が触れようとした瞬間、


「…っ」


ふわりと甘い香りがした。

スズランの香りだ。


(な、んで……………)


ぎゅっと胸が締めつけられ、導かれるように身体が勝手に動き出した。

静かな廊下に、小さな足音が響く。


いくつもの部屋を。

美しい絵画を。

磨き上げられた調度品を、通り過ぎた。


やがて辿り着いた大階段前で、足は止まった。

仰向けで倒れている撫子色の髪の女性を見て。


「だ、大丈夫ですか…!?」


自分の状況を忘れ、私は女性に駆け寄った。

膝をつき、身体を起こそうとすると、


「……………え、」


ぬめりとした感触が手に絡みついた。

ぬるくて、赤黒い液体。


(こ、れって……………)


鼻を突き刺す鉄臭さが告げている。

これは血だと。


飛び出そうなほど見開かれた桃色の瞳が。

糸の切れたマリオネットのように、ありえない方向へ折れ曲がった関節が。


それらが告げている。

彼女はもう死んでいるのだと。


ドクンドクンと心臓が暴れる。

衝撃的な光景に身体が動かない。


その時──



「オフィーリア?」



頭上から降ってきた柔らかな声に、肩が跳ねた。

顔を上げると、大階段の頂きに一人の青年が立っていた。


「良かった、目が覚めたんだね」


青年は微笑み、階段を軽やかに降りる。

コツ、コツ、コツと、革靴の音が響かせて。


絹糸のような亜麻色の髪。

菫色の瞳。


(あれ?この人、どこかで………)


死体には見向きもせず、青年は私の目の前に膝をついた。

氷のように冷たい手が額に触れ、


「熱は……もう無さそうだ」


ゆっくりと離れていく。

菫色の瞳に映った少女を見て、私は息を呑んだ。


「頭は?腕は?足は?どこも痛くない?」


ふわふわとした真っ白な髪。

若草色の瞳。


「?どうしたの?」


私はこの少女を知ってる。

彼女は────



「オフィーリア」



先程まで読んでいた小説の登場人物だ。


「オフィーリア?」


自分と同じタイミングで瞬きをする少女に、ある可能性が頭を過ぎる。

青ざめていく私の頭を、


「大丈夫」


青年はそっと撫でた。

まるで宝物に触れるかのように、優しく。


「もう大丈夫だよ。君を階段から突き飛ばしたエミリアは──」


菫色の瞳が、女性を一瞥する。


「僕が殺しといたから」


(…………………………は?)


変わらない、柔らかい声。

温かい笑顔。


発言と噛み合わず、思考が止まった。


(…………こ、ろした?この人が…?)


目の前の亜麻色の髪の青年から、


(この女性を……?)


いつの間にか真っ赤な絨毯の上で眠る撫子色の髪の女性へと視線を移した。

理解した瞬間、ぞっと背筋が凍った。


「あはは、お礼は要らないよ。君は僕のものなんだから」


静まり返ったエントランスに、無邪気な笑い声が響いた。

落ち着き始めていた心臓が、先程よりも大きく暴れ出す。



──ああ、思い出した。



「僕のものに手を出す奴は、婚約者……いや、誰であろうと許さない」


彼はこのヴェスタニア帝国の第二王子であり、


「だから、君は安心して、ずっと僕の側にいればいい」


この物語の黒幕────



「……………はい、ヴィンセント様…」



ヴィンセント・ベン・ヴェスタニアだ。


名前を口にした瞬間、菫色の瞳が見開く。

その瞳には、やはり私ではなく、オフィーリアが映っていた。



────私は入ってしまったんだ。

『神様の玉座』という小説の中に。


黒幕の専属メイド、オフィーリアとして。

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