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ケイレブ編 11話

月光すらない暗闇の中、私は街灯を頼りに、ケイレブの手を引いて拠点までの道のりを歩いていた。

その時、


「あ、」


頬に雫が落ちてきた。その一滴を皮切りに、ポツポツと雨が降り始めた。

背後に立つケイレブは、相変わらず口を閉ざし、下を向いている。


(走るのは、難しそうね…)


「あそこで雨宿りしましょう」


私達は軒下へと移動した。

振り返ると、いつも重力に逆らっている臙脂色の髪が雨に従うように伏せていた。


「風邪引きますよ」


そう言って、私はハンカチを取り出した。

ケイレブの顔に手を伸ばした瞬間、


「…止めろ」


ようやく開いた口から低い声が漏れた。

その言葉を無視して、私は彼の頬に触れた。


「止めろって言ってんだろ!」


振り払われ、ハンカチが手から滑り落ちた。

水溜まりの水が跳ね、ぴちゃんと音を立てる。


「すみません…」


行き場を失った手を胸元で握り締めると、


「ちがっ…」


ケイレブが勢いよく顔を上げた。

手を振り払ったのは彼のはずなのに、やっと合った深紅の瞳は今にも泣き出そうだった。


「……う。悪いのは、俺だ。俺には、お前に心配してもらう資格なんてない……」


(心配してもらう資格……)


「もう放っておいてくれ…っ」


伏せられた不安げな瞳。

下がった眉毛。

引き結ばれた唇。

震えを隠すように握り締めた拳。


「………だったら、」


ケイレブの濡れた頬に、私は再び手を伸ばした。

その直後、


「こんな迷子の子犬みたいな顔しないでください!!」


雨音を掻き消すかのように、私の声と乾いた音が響いた。

突然両頬を叩かれたケイレブは目を丸め、一拍置いてから声を荒げた。


「…は、はぁ!?誰が犬っ…」

「犬じゃなくて子犬です!飼い主と逸れて泣き出しそうな子犬!」

「してねぇわ!そんな顔!」

「してます!ていうか、そもそも心配される資格って何ですか!?どこで取れるんですか!?その資格は!」

「そ、それは……」

「もしも、あなたの言う通り、その資格が存在して、それをあなたが持っていないとしても、私には心配する資格があるんですから手を引っ張るくらいさせてください!」


見開いた深紅の瞳に、私が映る。


「私はあなたが迷っている理由を知りませんし、正しい道も分かりません。でも、誰かと一緒なら迷ったっていいじゃないですか。遠回りしたって、きっと楽しいじゃないですか…」


私が口を閉ざすと、辺りには雨音だけが残った。

深紅の瞳を真っ直ぐと見つめ続ける。すると、その瞳は一度瞼に隠され、


「………そう、だな」


ゆっくりと姿を現した。

小さく呟いたケイレブは、私の右手に頬を擦り寄せ──


「お前となら楽しそうだ」


嘲笑でも自虐的な笑みでもない温かい笑みを、初めて浮かべた。

思わず言葉を失っていると、彼は静かに語り始めた。


「………本当は優しい人だって、お前は俺に言ったよな」

「え、ええ…」

「でも、それは違う。昨日おっさんから女を助けたのも、今日スリから財布を取り返したのも全て、八年前の贖罪として助けただけだ。………あの日、俺のせいで火がつ(・)い(・)た(・)から」

「ついた?つけたではなくて?」


雨脚が強まり、地面を叩く音が激しくなる。


「………何百年も昔、マレー村に訪れた聖女が女神の神託を告げたんだ。…赤い髪に、」


臙脂色の髪に、


「赤い目をした男児が、村を滅ぼすと」


深紅の瞳をした彼が告げたのは、ある少年の昔話だった。

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