ケイレブ編 9話
今でも鮮明に覚えている。
火の海と化した村を。
獣のように咆哮する火の音を。
皮膚を焼き裂くような熱風を。
そして、希望に満ち溢れた青竹色の瞳を。
なのに、どうして気づかなかったんだろう。
「………ブ様」
昔も今も、同じ臭いがしているということに。
「ケイレブ様!」
×××××
何度か名前を呼ぶと、ケイレブはハッと我に返った。
「大丈夫ですか?顔色悪いですけど…」
「あ、ああ、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫……」
まるで自分に言い聞かせるように、ケイレブは六文字の言葉を繰り返した。
呼吸は乱れていないし、汗はかいていないけれど、その顔は昨夜と同じくらい青ざめていた。
(大丈夫って顔じゃないでしょ…)
「…お冷、貰ってきますね」
そう立ち上がった瞬間、
「なぁ」
ゴツゴツと骨張った手に腕を掴まれた。
「お前に俺の居場所を教えたのはどんな奴だ…?」
「え?」
「女か?男か?」
ぐっと腕を掴む手に力が加わる。
けれど、こちらを見上げる瞳は不安げに揺れていた。
「だ、男性でした。私達と同い歳くらいの…」
「じゃあ、髪は?瞳は?何色だった…!?」
「えっと」と呟きながら、私は昨夜路地で出会った青年の顔を必死に思い出した。
「髪は萌葱色で、瞳はまるで──」
『誰かお探しですか?』
「エメラルドみたいな青竹色でした」
深紅の瞳が見開く。けれど、その瞳はすぐに伏せられ、
「……………そう、か」
手はゆっくりと離れていった。
「ケイレブ様?」
ケイレブはまたしても口を閉ざした。けれど、それは無視しているというより聞こえていないようだった。
臙脂色の睫毛越しに見える深紅の瞳が揺れている。私はソファに座り直し、
「ケイレブ様」
テーブルに置かれたケイレブの手に、そっと自分の手を重ねた。
彼は肩を震わせ、顔を上げた。
丸い深紅の瞳が、こちらをじっと見つめる。その瞳を、私も真っ直ぐ見つめ返した。
店内で私達のテーブルだけが静まり返っていた。周囲から明るい声や笑い声が聞こえてくる中、彼は目を瞑り、思い切り息を吸い込み、吐き出した。
臙脂色の睫毛が揺れる。閉ざされた口が静かに開いた。
「………一回しか言わねぇからよく聞け。……恐らく、犯人はその男──」
再び深紅の瞳に私が映る。
「エイダン・ジェイコブだ」
「……………え?」
思わず思考が止まった。
「ちょ、ちょっと待ってください!何で彼が犯人なんですか!?そもそも、どうして彼の名前をっ…」
「そいつがマレー村の人間だからだ」
「マレー村って……」
(ケイレブの故郷…!)
「スペスってのは、マレー村周辺にしか生息しない希少な鳥の羽を織り込んだ生地だ。燃えやすく、燃やすと硫黄みてぇな臭いがする」
『卵が腐ったみてぇな臭いがしねぇか?』
放火現場の前で聞いたケイレブの言葉が、頭の中で響いた。
(ケイレブの嗅覚は間違ってなかったんだ…)
「マレー村の人間で生きてんのは俺とそいつだけだ…。酒場は最近模様替えしたっつってたし、恐らく酒場にカーテン、仕立て屋に生地を売りつけたんだろう」
「いや、犯行にスペスが使われたからって、マレー村の人間が犯人とは限らないんじゃないですか?近隣の村の人間だって手に入りますし…」
「同じなのにか?」
「え?」
「八年前と同じように火がつけられたのに?」
「八年前って………まさかっ…」
その時、
「きゃあああああ!火事よー!」
外から女性の悲鳴が聞こえてきた。
その声に肩を跳ね上げ、私達は同時に振り向く。窓の外では向かいの建物が炎に包まれていた。
「…っ、クソッ」
「あっ、ケイレブ様!」
ケイレブは鈴の音を響かせ、店から飛び出して行った。
その後を追い掛けるように、私も彼が開けっぱなしにした扉を潜り抜けた。




