ケイレブ編 5話
「………っ」
ハッと目を覚ますと、梁と垂木が剥き出しの見覚えのない天井が広がっていた。
「ここは、どこだ……?」
ひんやりとした石畳に触れ、俺は身体を起こした。
その瞬間、
「…っ」
頭が割れるような痛みが走った。
咄嗟に額に触れる。
(そうだ…。確かあのおっさんに頭を殴られて、それで………)
顔を上げ、辺りを見回す。
しばらく誰も使っていなかったのか、石壁に囲まれた部屋の中は、月光に照らされて埃が浮かんでいた。
右側には天井に届きそうなほど高い棚が並び、左側には木箱や樽、麻袋が積み重なっていた。
更に視線を上げると、蜘蛛の巣が張られた小さな窓が目に留まった。しかし、それは、
「しま…ってる……」
そう呟いた瞬間、喉が締まった。
「…っ、は、は…」
息を上手く吐けない。
吸えない。
空気が肺まで届かない。
──落ち着け。
ここはあそこじゃない。
あそこ、でもない。
あの人はいない。
鉄格子も手枷も、何もない。
だから、あの扉を開ければ外に出られる。
………はず、なのに。
(足が、動かねぇ…っ)
意識が遠のいていく。
『ヒィィッ、近づくな!この化け物!』
耳の奥で忘れられない声が、言葉が鳴り響いた。
震える手で耳を塞ぐ。
「…うるせぇ」
『早く殺せ!』
「……るせぇ」
『いい?決して、家の外に出ては駄目よ』
「………」
掠れた声すら出てこない。
その言葉を遮るように──
「ケイレブ様!」
オフィーリアが俺の名前を呼んだ。
×××××
「わた、げ……?」
小屋に辿り着き、扉を勢いよく開けると、ケイレブは地面に座り込んでいた。
青ざめた顔、今まで耳を塞いでいたであろう震えた手、上下に動く肩を見て、
「大丈夫ですか!?」
私は慌てて駆け寄った。
紫色に腫れ上がった額から石畳へ、ポタリと一滴の汗がこぼれ落ちる。
「酷い汗……」
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。
触れているのに、ケイレブは手を振り払わないどころか、文句すら言わなかった。
「額以外で痛いところはありませんか?腕は?足は?」
矢継ぎ早に問いかけると、薄く開かれていた口から息ではなく、言葉が吐き出された。
「お前、どうして……」
「あなたに似た人がここに運ばれていったと聞いたので」
「だ、だからって、何で俺なんかを助けに……」
『俺なんかの心配する奴なんているわけねぇだろ!』
不意に路地で言われた言葉が脳裏に浮かび、手が止まった。
──ああ、だからか。
「…その俺なんかってやつ、もう止めません?」
私は、私を助けようとしたこいつが。
「あなたって、自己評価は高いくせに、他人からの評価は低いと勝手に思い込んでるみたいですけど…。…私は、そうは思いません」
困ってる女性を助けたこいつが。
「確かにすぐ怒るし、声大きいし、口悪いけど…」
誰からも助けてもらえないなんて、そんなの──
「本当は優しい人だと思うから」
嫌なんだ。
深紅の瞳が見開く。彼は何も言わなかった。
じっとこちらを見つめる視線がくすぐったくて、私は顔を背けた。
「と、とにかく、早くここを出ましょ…」
手を離した瞬間、
「う………」
ケイレブは私の肩に額を押し付けた。
「ケイレブ様?」
「…悪かった」
「え?」
「………心配、かけて」
とても小さな声だった。
初めて謝罪に、思わず笑みをこぼれる。
「…もう、本当ですよ」
自然と彼の頭に手を伸ばしていた。
初めて触れた臙脂色の髪は、ツンツンとした見た目に反して柔らかかった。
「あんまり心配させないでください」
やはり、ケイレブが手を振り払うことはなかった。
黙って撫でられている姿は、まるで子犬のようだと、そう思った。




