ケイレブ編 4話
静かな路地に、荒々しい足音が響き渡る。
けれど、俺の頭の中には、
『私が、心配します』
あいつの声が響いていた。
──ああ、イライラする。
どうせ任務を失敗させたくないだけの癖に。
あの人みたいに、善人ぶりたいだけの癖に。
なのに、どうしてそんな、
『ちがっ……わたし、は………』
「傷ついた顔、すんだよ……」
ゆっくりと足を止まった。
「……………ッチ」
来た道を引き返そうとした瞬間──
「見つけたぞ、クソガキ…っ」
意識が途切れた。
×××××
「彼なら戻ってないっスよ」
先程の酒場へ戻ってきたけれど、そこにケイレブの姿はなかった。
男性スタッフの言葉に、「え」と声がこぼれる。
「つーか、あんなことしたら、気まずすぎて戻れないっしょ」
(気まずい?あいつが?)
脳裏に浮かんだのは、路地で見た真っ直ぐな深紅の瞳。
(…いや、自分から悪役を買って出たんだ。そんなこと気にするとは思えない…。それに、まだ犯人を目撃した人がいるかどうか確認してないし……)
もしかして、一旦拠点に帰ったとか?
そんなことを考えていると、スタッフが「あっ」と声を上げた。
「そういえば、あの人には会いました?」
「あの人?」
「ほら、あんたの彼氏がオレンジぶっかけた人っスよ。すぐにあんたらを追い掛けて行ったんスけど」
「いや、彼氏じゃ………え?」
今、何て言いました?
そう聞こうとした瞬間、「すみませーん!」と店内から声が聞こえてきた。
「はーい!…んじゃ、俺は仕事に戻るんで」
「あ、ちょっと!」
スタッフの背中へ、手を伸ばした。けれど、その手は届かず、空を切った。
私は店の入口で立ち尽くした。賑やかな声が、右耳から左耳へと抜ける。
『すぐにあんたらを追い掛けて行ったんスけど』
じわじわと嫌な予感が広がっていく。
ぎゅっと、手を胸の前で握り締め、
「…っ」
私は先程の路地へと駆け出した。
×××××
「ケイレブ様!ケイレブ様ー!」
彼の名前を何度も呼んだ。けれど、あの砂利を噛むような声は聞こえてこなかった。
誰もいない路地に、私の荒い息遣いがこだまする。
息が苦しい。
心臓の音がうるさい。
──どうして、こんな必死にあいつを探してるんだろう?
襲われてたとしても、自業自得なのに。
見つけられたとしても何もできないし、むしろまた頼んでないって怒られるかもしれないのに。
なのに、あいつを探そうとする足が止まらない。
口が名前を叫ばずにはいられない。
どうして?
『避けろ!綿毛!』
何故か、ケイレブの声が頭の中で響いた。
その時──
「誰かお探しですか?」
思考を遮るように声を掛けられ、肩が跳ねる。
振り返ると、萌葱色の髪に青竹色の瞳をした青年が立っていた。
「あ、はい。赤髪の男性を探していて…」
「赤髪の男性?」
「ええ。髪も瞳も赤くて、身長はこのくらいなんですけど……」
身振り手振りを交えて説明すると、青年は「あ」と声を漏らした。
「その男性なら大柄な男達に運ばれて行きましたよ」
「本当ですか!?あの、どこに……」
「この路地を抜けた先にある空き家の小屋です」
「ありがとうございます!助かりました!」
「いえ」
お礼もそこそこに走り出した私の耳には、届かなかった。
「……………こちらこそ」
青年の小さな呟きが。




