ケイレブ編 1話
「………よし」
ようやく拠点に辿り着いた私は、ケイレブの部屋の前で深呼吸をしていた。
胸元で握り締めていた手で、扉を小さく叩く。
コンコン。
「ケイレブ様、オフィーリアです。大事なお話があるのですが、今お時間よろしいでしょうか」
「………」
コンコン。
「ケイレブ様?」
「………」
コンコン。
「ケイっ…」
「コンコンコンコンうるせぇ!!」
扉が勢いよく開き、額に直撃した。
「〜〜〜ッッ!」
何回受けても慣れない痛みによろめき、じんわりと目尻に涙が浮かぶ。
真っ赤に腫れ上がった額を押さえる私に、やはり扉を開けた人物は、
「二回返事なかったら諦めろや!」
怪訝そうな声…ではなく、怒鳴り声を上げた。
ぎゅっと手を握り締め、深紅の瞳を睨み返す。
「大事な話があると言いましたよね!?ていうか、何で無視するんですか!」
「俺は話すことなんざねぇんだよ!帰れ!」
「帰りません!」
「帰れ!」
「帰りませんって!」
バチバチと見えない火花が散る。
両者一歩も譲らない。…ように見えたが、先に視線を逸らしたのはケイレブだった。
「チッ、頑固な女…」
「えっと、ありがとうございます?」
「褒めてねぇわ!どんだけポジティブっ…ゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですか?もう、そんな怒ってばかりいると、身体によくないですよ?」
「誰のせいだよ…っ」
そう言うと、彼はため息を吐き、
「ったく、あんま大声出させんなや。こちとら、ほとんど寝てねぇんだから…」
不満を漏らした。
「ほとんど寝てない…?」
「朝まで掃除してたんだよ。あの部屋だけじゃなくて、家の隅から隅まで全部な」
ふわぁと大きな欠伸をしたケイレブの目尻にも涙が滲む。
その下には、薄らと隈が浮かんでいた。
「それはお疲れ様です…。えっと、出直しましょうか…?」
「いい。どうせ任務の話だろ?早く話せ」
腕を組み、壁に寄り掛かったケイレブに促され、私はポケットにそっと手に入れた。
取り出したのは、彼の予想通り、王家の封蝋印が押された手紙。
「…今回の掃除対象は、連続放火事件の犯人です」
ケイレブの肩が僅かに揺れる。
「放火……」
「ええ。一件目は五日前の午後十時、北西にある酒場。二件目は二日前の午後十一時、南西にある仕立て屋が放火されています。どちらも営業時間外だった上に火の回りが早く、酒場に至っては隣家まで延焼してしまったそうです」
「………生き残りは?」
私は首を横に振り、手紙を差し出した。
それを奪い取った彼は、封筒から便箋を取り出し、静かに読み始めた。
「なるほどな…。……ちょっと待ってろ」
そう言い捨て、ケイレブは部屋の奥へ消えた。
そして、十秒もしない内に、剣帯を締めて戻ってくると、
「行くぞ」
私の横を通り過ぎて行った。
その背中を、私は追い掛ける。
「行くって、どこへ?」
「放火現場に決まってんだろ」
「……一緒に行ってもいいんですか?」
「はぁ?そのために来たんじゃねぇのかよ?」
「そうですけど…。てっきり、ついてくんなって言われると思っていたので」
「言ってもついてくるんだから、時間の無駄だろ」
「それに」と、ケイレブは足を止める。
「そんなことしたら、サイコ野郎の命令に逆らうことになる。………俺は、戻るわけにはいかねぇんだ」
いつもの彼からは考えられない、絞り出したようなか細い声だった。
最後の言葉を聞いた瞬間、キーランの言葉が頭の中で響いた。
『もちろん、ここを出るということは独房に戻るということですが…。あなた、戻れるんですか?』
(戻るわけにはいかない…。こいつには、牢屋に戻れない理由があるってこと……?)
目の前にある背中を見つめていると、
「だから、死にたきゃ俺がいないところで死ね。死にたくなきゃ──」
ケイレブが振り返った。
深紅の瞳に私が映る。
「俺の側から離れんなよ、綿毛」
そう言って、ケイレブはまた歩き出した。
「あっ、ちょっと待ってください!」
昨日と同じように、私は彼を慌てて追い掛けた。
小さな違和感が胸に引っ掛かったまま。




