掃除屋編 11話
外に出ると、いつの間にか世界は暗闇に包まれていた。
月明かりに照らされた夜道に、二つの足音が響き渡る。
(き、きまずい……)
数歩先には、黒いロングコートに隠されたジャックの背中。
私は勇気を振り絞って声を掛けた。
「あのっ」
ピタリと足が止まった。
振り返ったけれど、真っ黒な瞳に私は映らなかった。
「さっきはありがとうございました。助けていただいて」
「…別に礼は必要はない。掃除対象を始末しただけだからな」
「だとしても、あなたに助けられたことに変わりはありません」
「なら、ヴィンセントに礼を言え。俺は命令に従っただけだ」
いつまでも感謝を受け入れないジャックに、私は訝しげな視線を向けた。
「…あなた、頑固って言われません?」
「言われないが?」
「意地でも感謝を受け入れないのに?」
「それは仕方ないだろう」
冷たい夜風が頬を撫でる。
「………俺は、お前に感謝されるような人間じゃない」
──ああ、まただ。
今にも泣き出しそうな顔。
伏せられた瞳が。
吐き出された声が、苦しげに揺れる。
自然と一歩近づいていた。
そのことに気づき、ジャックは視線を上げる。
「平民も貴族も殺人鬼も関係ありません。何かしてもらったら『ありがとう』、感謝されたら『どういたしまして』、これ常識です」
「いやっ…」
「いやじゃなくて、『どういたしまして』」
「………ドウイタシマシテ」
ただのメイドに気圧される殺人鬼。
その姿が面白くて、私は──
「よく出来ました」
思わず笑みを零した。
黒い瞳が見開いた、その瞬間、
「え?」
ぐっと、力強く手首を掴まれた。
顔を上げると、黒い瞳が先程よりも大きく揺れていた。
何か言おうして、口が開く。
けれど、いつまで経っても言葉が出てこない。
「えっと、ジャック様…?」
手を伝って、震えが伝わってくる。
視線を逸らされ、名残惜しそうに手が離れていった。
「……………何でもない」
低く掠れた声だった。
ジャックは再び口を閉ざし、背を向けて歩き出した。
遠ざかる背中を見つめながら、先程掴まれた手首に触れた。
温かくも、冷たくもない、傷だらけの手の感触がまだ残っている。
(………何だったんだろう、今の…)
──分からない。
彼のことも。
彼らのことも。
ただ一つ、分かるのは──
彼らは私の味方に相応しいということ。
だから、次こそは監視役として認めてもらおう。
この国から。
ヴィンセントから、逃がしてもらうために。
私は新たな決意を胸に、月明かりの下を歩く青年を追い掛けた。
彼に置いていかれないようにと。




