掃除屋編 10話
──殺される。
そう目を瞑ったものの、痛みは訪れず、代わりに金属音が響く。
恐る恐る目を開けると、今朝拠点前で見かけたジャックらしき青年が、アランの攻撃を剣で受け止めていた。
「え?」
唖然とする私の目の前で、青年は包丁を弾き、下段から斬り上げた。
「ぐあああああっ!」
鮮血を撒き散らし、アランは呻き声を上げながら崩れ落ちた。
血溜まりが広がっていく。
心臓がうるさい。
震えが止まらない。
(助かった……?)
そう理解した瞬間、身体の力が抜ける。
よろめく私を、青年が慌てて支えた。
見上げると、彼は私よりも息を荒げ、汗を流していた。
今にも泣き出しそうな黒い瞳。
返り血を浴びた顔。
(あれ、どこかで見たことがあるような………)
必死で記憶を手繰り寄せる。
けれど、思い出す前に、青年が口を開いた。
「…大丈夫か?」
初めてまともに聞いた青年の声は冷たく、けれど熱を隠したような声だった。
我に返った私は、急いで彼から距離を取った。
「あっ、はい、大丈夫です。むしろ、あなたの方こそ顔に血が……」
「問題ない」
手の甲で血を拭おうとする青年。
そんな彼に、私はハンカチを差し出した。
「これ、使ってください。手が汚れてしまいます」
「……………」
(だから、何で何も言わないのよ!)
今朝と同じく、青年は黙ってこちらを見つめる。
無反応な彼に痺れを切らして、私は「失礼します」と勝手に血を拭った。
ピクリと、青年の身体が小さく震えた気がした。
「そういえば、結局あなたは……」
ジャック様ですか?
そう聞こうとした瞬間──
「おいコラ、ド陰キャ!」
怒号に遮られる。
視線を向けると、鬼のような形相をしたケイレブが、飛びかかる勢いで青年に詰め寄った。
「てめぇ、何サラッと美味しいところ横取りしてんだよ!?」
「美味しいところ?…ああ、プリンの件か。テディから聞いた、悪かったな」
「悪かったな、じゃねぇよ!一発ぶん殴らせろ……って、違ぇわ!」
「じゃあ、クッキーの件か。悪い、美味しそうだったからつい」
「それもてめぇの仕業か!殺す!殴るんじゃなくて殺っ……いや、だから違ぇって!!」
噛み合わない会話に苛立ち、ケイレブは青年の胸ぐらを掴んだ。
「俺が今聞いてんのは、どうして俺の獲物を、関係ねぇてめぇが、とどめを刺したのかってことだよ!つーか、そもそも何でてめぇがここにっ…」
「僕が提案しました」
冷静な声が、部屋の外から聞こえてきた。
一斉に振り返ると、扉口にはキーランとテディが立っていた。
「キーラン様!テディ様も!」
「やっほー」と手を振るテディの隣で、キーランは淡々と説明を続ける。
「拠点に戻ってきたジャックさんに報告したところ、以前近隣の町でも似たような事件が起きていたそうです。同一犯の場合、人数が多い方がいいと判断しました」
「そゆこと~」
「いらねぇよ!こいつの手伝いなんかなくても俺だけでっ…」
「オフィーリアさんを犠牲にして?」
たった一言が、吠えていたケイレブを黙らせる。
「殿下のお気に入りに何かあれば、次の掃除対象は僕達だ。あなたのくだらないプライドのためにこちらを巻き込まないでください、迷惑です」
冷たく突き放されたケイレブは俯き、悔しそうに唇を噛む。
険悪な雰囲気を和らげるように、テディは「まぁまぁ」と明るい声を上げた。
「そんなことより、騎士団に見つかる前に早く揉み消した方がいいんじゃない?」
「そうですね。…では、僕が引越しの手続きをするので、テディさんとケイレブさんは部屋の掃除を…」
「えぇー、こんな汚い部屋を掃除するの?めんどくさいなぁ」
「では、テディさんが手続きをしますか?何故扉が壊れてるのか、何故家主でもないあなたが解約するのか説明して…」
「掃除シマス」
「理解が早くて助かります」
テディとの会話を切り上げたキーランは、今度は青年、ジャックに視線を向けた。
「そしてジャックさん、あなたは死体処理と殿下への報告を。ついでに、オフィーリアさんを城まで送り届けてください」
指示されたジャックではなく、私が「え?」と驚きの声を漏らす。
「いえ、そんなお構いなく。一人で帰れますから………」
断る私をよそに、ジャックは自分より大きなアランの死体を軽々と担ぐと、
「行くぞ」
そう短く告げ、私の返事を待たずに歩き出した。
「えっ、いや、ちょっと!」
「先程も言った通り、あなたに何かあれば、僕達が殿下に殺されてしまいます。黙って送られてください」
「そうそう、甘えちゃいなよ。ほら、早く追い掛けないと見失っちゃうぞ~」
「………えっと、じゃあ、お疲れ様でした…?」
お疲れ様という言葉が飛び交う中、ただ一人、ケイレブだけは黙り込んでいた。
その静けさが胸に引っかかりながらも、私は部屋を後にした。




