掃除屋編 9話
死体に歓迎される。
…なんてことはなく、むしろゴミ一つ落ちていない自宅へ足を踏み入れると、右手には二階へ続く階段、左手には奥の部屋へ続く廊下が伸びていた。
(本当にここで殺人が……?)
辺りを見回す。
静かな家に、鼻を吸う音が響いた。
「…こっちだ」
「は、はいっ」
窓から差し込む夕日を頼りに階段を上がっていくケイレブの背中を、私は慌てて追い掛けた。
ギシギシと音を立てながら二階へ辿り着くと、先程とは打って変わって埃だらけの廊下が続いていた。
(うわ、汚……)
クモの巣が張られた天井の角。
泥のついた靴の足跡。
思わず顔を引きつらせていると、隣に立っているケイレブが小さく呟いた。
「こりゃあ、犯行現場は一階だな…」
「?どうして、分かるんですか?」
「綺麗だからだよ」
「綺麗だから…?」
「二階が汚ぇってことは、別に綺麗好きじゃねぇ。掃除しなきゃいけねぇ理由があったってことだ」
「掃除しなきゃいけない理由………って、もしかして、犯行の痕跡を消すために…!?」
「ああ。いくら大量のハーブで匂いを誤魔化しても、血痕が落ちてたら、次の女に怪しまれるからな」
「それに見ろ」と、彼は足跡に足を並べる。
「俺よりでけぇ。どう見ても、男の足だ」
「同じ足跡しかない……ということは、被害者の女性達は二階に上がっていないということですね」
「そういうこった。ま、茶に睡眠薬でも入れて眠らせて、風呂場で殺して、そのまま解体したってところだろ。そうすれば洗い流すだけで済む」
窓から外を眺めるケイレブ。
その横顔を、こっそり見つめた。
(いつも怒ってるから気づかなかったけど、こいつ、実はめちゃくちゃ頭がいいんじゃ………)
足跡が辿るように、ケイレブは歩き出した。
「で、身体を川に捨て、頭部と左手を──」
突き当たりの部屋の前で足を止める。
「この部屋に隠した」
血痕のついたドアノブを、無骨な手が掴んだ。
「開けるぞ」
ギィという不気味な音と共に扉が開かれた。
その瞬間、強烈な異臭が全身に広がる。
腐った肉、生ゴミ、湿った土…全て混ぜ合わせたような不快な臭い。
喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
思わず口を手で押さえた。
(なに、この部屋………)
道具が散乱している作業台。
左手が飾られているショーケース。
血が赤い絵の具に。
左手が作り物に見えて、まるで学校の図工室のようだった。
部屋の外で立ち竦む私とは対照的に、ケイレブは躊躇なく中へ足を踏み入れた。
隅に置かれた黒い麻袋に近づき、しゃがみ込む。
「ビンゴ」
きつく縛られた麻袋をいとも簡単に開け、ケイレブはニヤリと口角を上げた。
「何が入っているんですか…?」
「生首」
「な、なななななまくび!?」
私の大声に、彼はまたしても顔を歪めた。
そのまま眉を吊り上げ、
「うっせぇ、でけぇ声出すな!!」
私よりも大きな声を上げた。
「す、すみません…」
(いや、あんたの声の方が余っ程でかいわよ!)
内心悪態をついていると、
「ったく、クソチビの言う通り、どうやら犯人の目的は左手だけだったみてぇだな」
ケイレブは麻袋を閉め直して立ち上がり、壁際に置かれたショーケースに近づいた。
「それにしても、何故左手なんでしょうか」
「これを嵌めるために決まってんだろ」
「こ、これって……」
ショーケースを指で叩く彼に近づくと、飾られていた左手にはシンプルな指輪が嵌められていた。
「指輪?………………ま、まさかっ…」
「そう、僕が作った指輪を飾るための台座が欲しかったんだ」
突然、部屋の外から男性の声が聞こえてきた。
開けたままにしていた扉の方へ振り返ると、そこにはアラン・バーナードと思わしき大柄な男性が包丁を片手に立っていた。
「指輪は女性の白くて細い指に嵌めている時が一番美しいからね。…オリビア様の肖像画のように」
歪んだ笑みを浮かべるアラン。
彼から庇うように、ケイレブは私の前に立った。
「ようやくお出ましか、変態野郎」
「変態って……君、この芸術の素晴らしさが分からないのかい?可哀想に」
「あ?可哀想なのはてめぇの感性だ」
ケイレブが腰の鞘から剣を抜いて構えると、アランの顔から笑みが消える。
「その話しぶりだと、僕の作品を鑑賞するために扉を蹴破ってまで侵入した訳じゃなさそうだ。…もしかして、僕を逮捕でもしに来たのかな?」
「逮捕?ハッ、何生ぬるいこと抜かしてやがんだ。俺はてめぇを捕まえに来たんじゃねぇ、この汚ぇ部屋ごと掃除しに来たんだよ!」
そう言い捨てたケイレブが一息で距離を縮め、上段から斬り掛かる。
電光石火のような攻撃を、アランは辛うじて包丁で受け止めて弾き返した。
(速い…。十センチ以上体格差があるはずなのに、アランはケイレブの攻撃を弾くだけで精一杯って感じね……)
火花が散る。
ケイレブが加速したのか、アランが減速したのか、何度目かの攻防で──
「遅せぇ」
「ぐあっ」
ついにアランの肩から鮮やかな血飛沫が舞う。
出血する肩を押さえたアランに、ケイレブは容赦なく追い討ちを掛ける。
息をする間もない追撃を避けると、彼はよたよたとショーケースの方へと逃げて行った。
「逃がすかよ」
また一気に距離を縮め、剣を振り下ろすケイレブを見て、これから繰り広げられるであろうグロテスクな光景を想像し、私はぎゅっと目を瞑った。
しかし、聞こえてきたのは肉を斬る音ではなく、ガラスが割れる音だった。
目を開いた先には、ショーケースから剣を引き抜くケイレブ。
そして、魂が抜けたように膝から崩れ落ちるアランの姿があった。
「チッ、ちょこまかすんじゃねぇよ。後で片付けんのが面倒臭くなるだろうが」
「あ、あ、あ、」
「おい、聞いてんっ…」
「ああああああああああっ!ぼ、僕の最高傑作がぁ!」
頭を抱えたまま絶叫するアランを見て、私達は言葉を失う。
散らばったガラスの破片の中には、指輪と真っ二つに分裂した左手が転がっていた。
「指輪を指に嵌めなくては、オリビア様のように、女性の左手薬指に嵌めなくては………」
壊れたロボットのように呟いていたアランが、ゆらりと立ち上がる。
首が曲がると──
「あ、そうだ、彼女の左手を貰えばいいじゃないか」
虚ろな瞳と視線が交わった。
「え?」と呟いた瞬間、アランはこちらへ向かって走り出した。
「…っ、避けろ!綿毛!」
ケイレブの焦った声が聞こえる。
いつの間にか振り下ろされた包丁に、私はやはり目を瞑ることしか出来なかった。




