掃除屋編 8話
「ついたぞ」
「こ、ここがアラン・バーナードの自宅ですか…」
宣言通り、こちらに歩調を合わせないケイレブを追い掛けると、書類に記載されていたアラン・バーナードの自宅へ辿り着いた。
横幅が短く縦幅が長い二階建ての一軒家を眺めながら、私は呼吸を整える。
「…それにしても、小さいとはいえ、エレサレスで一軒家を買えるなんて凄いですね」
「いや、この家はお貴族様に買ってもらったんだろ」
「お貴族様?」
「第一被害者のアデライン・ベラドンナだよ。自分の店も持ってねぇ指輪職人はもちろん、花屋も娼婦も買える訳ねぇからな」
『作品を買うだけじゃなく、道具や服、ついには家まで買い与えていたから、もう止めた方がいいって言って、それで……』
不意にフランチェスカ夫人の言葉を思い出し、「なるほど」という言葉が口からこぼれた。
「ったく、自分が買った家で、自分が貢いでた男に殺されちゃあ世話ねぇな」
そう歩き出したケイレブは、
「おい、アラン・バーナード!出て来い!」
怒号を飛ばしながら、玄関の扉を叩く…いや、殴り出した。
二つの大きな音に、思わず肩が跳ねる。
「聞こえてんだろ!?なぁ、おっ…」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
大声で言葉を遮ると、ケイレブは顔を歪め、耳を塞いだ。
「あ?」と眉間に皺を寄せて振り返る彼に、私は詰め寄った。
「あなたは借金の取り立てに来たヤクザですか!?そんな威圧的に話し掛けたら、怖がって出てきませんよ!」
「ヤ、ヤクザァ?」
「あと、ノックも強過ぎます!ドンドンじゃなくて、コンコン!」
「コンコン…」
「全く、近所迷惑とか考えられないんっ…」
「だぁぁぁ!もう、うるせぇ!めんどくせぇ!!」
怒りで震えていたケイレブが、ついに大声を上げた。
「文句あんなら──」
彼は私の背後に回り、
「てめぇがやれや!」
「うわっ」
思い切り背中を叩いた。
扉の前に立たされた私は、文句を言おうと振り返る。
そこにいたのは、「やれ」と口を動かすケイレブ。
私はため息を吐き、渋々扉をノックした。
コンコン。
「アランさん、私、オフィーリアと申します。少しお時間いただけないでしょうか」
「………」
コンコン。
「アランさん、いらっしゃいませんか?」
「………」
何度ノックをしても呼び掛けても、家の中から反応が返ってくることはなかった。
「おいおい、どっちにしろ出てこねぇじゃねぇか」
「留守、でしょうか」
「…ふっ、まぁいい。好都合だ」
「え?」と振り向いた瞬間───
「えええええ!?」
不敵な笑みを浮かべたケイレブが、扉を蹴破った。
「な、何してっ…」
「扉を蹴破った」
「いや、そういうことじゃなくて!」
「んだよ、鍵がねぇんだから扉を壊すしかねぇだろ」
「しかなくないですよ!アランさんが帰るまで待てばいいじゃないですか!」
「はぁ?帰ってきたところで、どうぞって招き入れるわけねぇだろうが、バカ」
(バ、バカ!?)
「な、ならせめて、騎士団に事情を説明して開けもらうとかあるでしょう!?」
「説明するって、どうやって説明するつもりだ?アラン・バーナードは誘拐事件と死体遺棄事件の犯人だから家宅捜索させてくれとでも言うのか?ハッ、貴族でもねぇ俺達が言ったところで開けるわけねぇよ、マヌケ」
(マヌケ……)
「ですが、もしも犯人じゃなかった場合、不法侵入だけじゃなく器物損壊にっ…」
「お前、鼻詰まってんのか?」
「え?」
「こんな臭ぇのに犯人じゃないわけねぇだろ」
「臭い……」
スンスンと鼻を吸った。
けれど、爽やかな匂いしかしなかった。
「?ハーブの匂いしかしませんけど……」
「いや、草の匂いに混ざって、腐敗臭がする。こりゃあ、三人じゃ済まねぇな……」
その一言に、血の気が引いていく。
青ざめた私を見て、ケイレブはガシガシと頭を掻きながら背を向けた。
「ったく、ここで待ってろ。足でまといだ」
「あっ」
歩き出したケイレブへ手を伸ばした。
けれど、その手は彼に触れる前に止まる。
(行きたくない。……………でも、)
ぎゅっと震える手を握り締め──
「待ってください!」
ゴツゴツと骨張った手を掴んだ。
ケイレブは足を止め、振り返る。
「わ、私も行きます」
「はぁ?」
「私はあなたの監視役です!あなたが行くなら、私も行く以外選択肢がありません!」
深紅の瞳が弾かれたように見開く。
けれど、
「………勝手にしろ。つーか、触んな」
すぐに細められた。
ケイレブは私の手を振り払い、再び歩き出した。
(この先に沢山の頭部と左手が………)
あの夜に見た光景が脳裏に蘇る。
ぬめりとした感触。
鉄の臭い。
赤黒い液体。
飛び出そうなほど見開かれた桃色の瞳。
ありえない方向へ折れ曲がった関節。
唾を飲み込み、ゆっくりと深呼吸をした。
「………よし」
小さく呟き、私も家の中へと足を踏み入れた。
まだ陽は沈んでないのに、何故か薄暗い家の中へ。




