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第九話 魂の階級

雨は三日続いた。


 村には湿った臭いと、薬草を煮る匂いが充満していた。


 レインはほとんど眠っていない。


 井戸水の管理。

 発症者の隔離。

 熱冷ましの薬草調合。


 全部、前世の知識だった。


 村人たちは最初こそ疑っていたが、死者が出なかったことで空気が変わり始めていた。


「本当に熱が下がってる……」

「どうなってんだ、あいつ」


 囁き声が増える。


 レインは聞こえないふりをしていた。


 知られてはいけない。


 “知りすぎている”ことを。


 その時だった。


 村の入口から鐘の音が響く。


 乾いた金属音。


 村人たちの顔色が変わる。


「……神殿?」

「なんでこんな辺境に……」


 レインの目が細まる。


 雨の向こうから、一台の馬車が現れた。


 白い布。


 銀の紋章。


 神殿騎士。


 そして中央に立つ、一人の神官。


 白髪混じりの男だった。


 痩せているが、妙な威圧感がある。


 神官は村を見回し、静かに言った。


「赤熱病発生の報告を受けた」


 その瞬間、空気が固まる。


 この世界で疫病は“穢れ”扱いだ。


 場合によっては、村ごと焼かれる。


 村長が慌てて前に出る。


「し、神官様! もう落ち着いております! 死者も出ておりません!」


「……ほう?」


 神官の目が細くなる。


「この規模で死者ゼロ?」


 視線が動く。


 そして止まった。


 レイン。


 一瞬だった。


 だが、神官の空気が変わった。


「そこの少年」


 村人たちが一斉にレインを見る。


 レインはゆっくり顔を上げた。


「お前が処置したのか」


「……そうだ」


 神官は無言で近づいてくる。


 雨音だけが響く。


 そして。


 レインの首元を見る。


 刻印。


『Ⅶ』


 第七位階。


 最下級。


 神官の眉が、わずかに動いた。


「……七位階が?」


 その言葉に、村人たちがざわつく。


 レインは黙っていた。


 神官はしばらく観察するように見つめたあと、突然言った。


「手を出せ」


「何?」


「いいから」


 レインは警戒しながら手を出す。


 次の瞬間。


 神官が指先で、レインの手の甲に触れた。


 ――熱。


 白い光が一瞬だけ走る。


 レインの頭に激痛が突き抜けた。


「っ……!」


 膝が揺れる。


 脳の奥を直接かき回される感覚。


 記憶が暴れる。


 戦場。


 炎。


 竜。


 塔。


 そして――


『勇者位階確認』


 ノイズ。


 世界が歪む。


 レインは反射的に神官の手を振り払った。


 荒く息を吐く。


 神官は目を細めていた。


「……妙だな」


 低い声。


「七位階の魂密度じゃない」


 村人たちは意味が分からず顔を見合わせる。


 だがレインだけは、その言葉の意味を理解していた。


 魂密度。


 位階。


 つまり――


 “人間の価値”。


 神官は静かに語り始める。


「人は生まれながらに位階を持つ」


 村人たちが息を呑む。


「高位階は強く、美しく、魔力に恵まれる。低位階は逆だ」


 冷たい現実。


 誰も反論しない。


 それが“常識”だから。


「そして位階は、魂の質で決まる」


 レインの背中に汗が流れる。


「通常、第七位階の魂はここまで知識を保持できない」


 神官の目が鋭くなる。


「お前は何者だ?」


 沈黙。


 雨音。


 村人たちの視線。


 レインはゆっくり口を開いた。


「……農民だ」


 神官は数秒黙ったあと、小さく笑った。


「面白い」


 その笑みが、妙に不気味だった。


「近いうちに、また来る」


 そう言い残し、神官は踵を返す。


 馬車が去っていく。


 だが去り際。


 神官だけが、小さく呟いた。


「“まだ人間だったか”」


 その言葉に、レインの心臓が止まりそうになった。


 意味を聞き返す前に、馬車は雨の中へ消えていく。


 残された村人たちはざわめき始める。


「どういう意味だ?」

「お前、本当に何者なんだ?」


 レインは答えなかった。


 答えられない。


 ただ一つ分かった。


 ――この世界は、自分が思っていたよりずっと深く腐っている。


 雨の中。


 畑の隅に埋もれた折れた剣が、再び微かに赤く脈打った。


 まるで。


 “誰か”の帰還を待つように。

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