第十話 地下牢の転生者
神官が去ってから、村の空気は変わった。
村人たちは以前のようにレインへ話しかけなくなった。
恐れているわけではない。
“距離を測っている”。
それが分かる。
第七位階。
最下級。
なのに知識を持ちすぎている少年。
普通ではない。
それだけで十分だった。
レインは村外れの井戸で顔を洗っていた。
冷たい水が頬を流れる。
鏡代わりの水面には、痩せた少年の顔。
勇者だった頃の面影など、一つもない。
「……農民、か」
自嘲気味に呟く。
その時だった。
「なら、俺と同じだな」
知らない声。
レインは即座に振り返った。
誰もいない。
だが声は下から聞こえた。
「下だよ」
レインの目が細まる。
井戸の奥。
暗闇。
そのさらに下から、笑い声が響いていた。
「やっと見つけた」
ぞわり、と背筋が冷える。
普通じゃない。
この気配は異形とも違う。
もっと――人間に近い。
レインは井戸の縁を覗き込む。
暗い。
深い。
だが、その底。
鎖が見えた。
そして。
人影。
男だった。
痩せ細り、片腕が黒く変色している。
だが目だけは異様に澄んでいた。
そして何より。
首元。
『Ⅷ』
八。
レインの呼吸が止まる。
ありえない。
第八位階。
つまり――
“人間未満”。
男はレインを見上げ、笑った。
「そんな顔するなよ。俺も昔は勇者だった」
空気が凍る。
レインの手が無意識に井戸を掴む。
「……何だお前」
「転生者だよ」
あっさりと言った。
「お前と同じ」
沈黙。
風だけが吹く。
レインは男を睨んだ。
「ありえない」
「何が?」
「八位階は理性を保てない」
「ああ、普通はな」
男は笑う。
だがその笑みの端で、口元がわずかに裂けていた。
人間じゃない。
いや。
“人間から落ち始めている”。
男は鎖にもたれながら言った。
「お前、もう気づいてるだろ?」
「……何を」
「転生は救済じゃない」
レインの目が揺れる。
男は続ける。
「俺たちは削られてる」
井戸の奥から、水音が響く。
「死ぬたびに、魂を食われる」
その言葉と同時に、レインの脳裏に断片が走る。
白い塔。
大量の人影。
赤い液体。
そして。
“何か”を燃料のように流し込む巨大な装置。
「っ……!」
頭痛。
視界が歪む。
男は笑っていた。
「見えたか?」
「……お前、何を知ってる」
「全部じゃない。でも、お前よりは長く見てる」
男は鎖を軽く揺らした。
「七回目までは“人間”だ」
「……」
「でも八回目から違う」
その瞬間。
男の黒く変色した腕が、わずかに蠢いた。
骨が鳴る。
皮膚の下で何かが動いている。
「理性が削れる。感情が薄れる。最後には――」
男は自分の顔を指差した。
「こうなる」
レインは言葉を失った。
男は確かに喋っている。
だが時々、“人間の表情”が抜け落ちる。
まるで仮面がずれるように。
「なんでお前は生きてる」
「神殿が観察してるからだよ」
男は笑った。
「俺たちは貴重なサンプルらしい」
その瞬間。
レインの中で何かが繋がる。
異形。
飛竜。
神官。
位階。
全部が一本の線になる。
「……転生者を探してるのか」
「正解」
男は嬉しそうに頷く。
「特に“記憶保持個体”をな」
風が吹く。
井戸の底から冷気が上がる。
男はゆっくり顔を上げた。
「で、レイン」
名前を呼ばれた瞬間、空気が変わる。
「お前、“まだ思い出してない”だろ」
レインの心臓が跳ねた。
「……何をだ」
男の笑みが深くなる。
「一周目で、お前が何を殺したのか」
その瞬間。
レインの脳裏に、一瞬だけ映像が走った。
巨大な白い塔。
泣いている誰か。
血まみれの剣。
そして。
“自分自身が、何かに向かって剣を振り下ろす光景”。
次の瞬間、映像は消える。
レインは荒く息を吐いた。
男は静かに笑う。
「思い出せ」
井戸の闇の中で。
「じゃないと、お前も“回収”される」




