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第十・五話(スピンオフ) あの時の記憶

眠れなかった。


 井戸の底で見た“八度目の転生者”の言葉が、頭から離れない。


『思い出せ』


 小屋の天井を見つめながら、レインは深く息を吐いた。


「……思い出したくない記憶まで出てきそうだな」


 そう呟いた瞬間だった。


 脳裏に、急に映像が流れ込んできた。


 ――二周目。


 貴族だった頃。


「…………あ」


 レインの顔が引きつる。


 やめろ。


 それはやめろ。


 だが記憶は止まらない。


 豪華な宴会場。


 若き日のレインは、貴族の服を着て立っていた。


 金髪。


 細身。


 今より遥かに顔がいい。


 しかも調子に乗っていた。


『本日の舞踏会、私が華麗にエスコートいたしましょう』


 キメ顔。


 最悪だった。


「うわぁぁぁぁ……」


 現在のレインが布団を被る。


 だが記憶は続く。


 二周目レインは完璧だった。


 剣術も魔法も優秀。


 貴族令嬢からも人気。


 本人もそれを理解していた。


 だから調子に乗った。


『女性を待たせるなど、私の美学に反しますので』


 言った。


 真顔で。


 しかも片手を胸に当てて。


「死にたい……」


 現在のレインが頭を抱える。


 だがさらに最悪なのはここからだった。


 舞踏会。


 音楽。


 周囲の視線。


 完璧な流れ。


 二周目レインは華麗にターンした。


 そして。


 床で滑った。


『あ』


 そのまま盛大に転倒。


 令嬢を巻き込み、

 テーブルに突っ込み、

 料理が全部飛んだ。


 しかも最後、

 顔面にケーキ直撃。


 沈黙。


 会場全体が静まり返る。


 そして誰かが言った。


『……ぷっ』


 笑いが起きた。


 大爆笑だった。


「やめろぉぉぉぉ!!」


 現在のレインが叫びながら飛び起きる。


 小屋の壁に頭をぶつけた。


「っっっ……!」


 痛い。


 だが精神ダメージの方が大きい。


 なんで今それを思い出す。


 もっとあるだろ。


 勇者時代とか。


 世界の秘密とか。


 なのに出てきたのが

 “若気の至り黒歴史”。


「……最悪だ」


 顔を覆う。


 その時、小屋の外から声がした。


「レイン? 今なんか叫んだ?」


 少女の声。


 レインは真顔になった。


「……何でもない」


「泣いてる?」


「泣いてない」


「でも声変だったよ?」


「気のせいだ」


 レインは布団を被った。


 そして静かに決意する。


(絶対に思い出したくない記憶もあるな……)


 一方その頃。


 井戸の底。


 第八位階の男は、なぜか遠くを見ながら呟いていた。


「……あいつ、昔ナルシストだったんだよな」


 誰もいない地下で、男は少しだけ笑った。

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