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第七話 最弱の身体  

 空気が重い。


 異形の圧力は、もはや「存在しているだけ」で村を押し潰していた。

 飛竜は空に滞空したまま、逃げ道を塞ぐように影を落としている。


 レインは武器を失ったまま、畑の泥の上に立っていた。


 指先が冷たい。


(終わるな、これは)


 頭では理解している。

 このままでは誰も守れない。


 なのに、身体が動かない。


 息が浅い。

 心臓がうるさい。

 視界がわずかに揺れる。


 ――弱い。


 これが“七度目の身体”。


 かつて竜を殺した男の器ではない。


 異形が一歩踏み出す。


 地面が沈む。


 その瞬間だった。


 視界の端で、何かが動いた。


「……こっちだ!!」


 老人が叫ぶ。


 同時に、村の裏手から火が上がる。


 藁束が燃やされ、煙が立つ。


 陽動。


 だが、それでも足りない。


 異形の視線は揺らがない。


 真っ直ぐレインを見ている。


「対象優先固定。捕獲継続」


 機械のような声。


 その言葉に、レインの背筋がわずかに冷えた。


(“俺だけ”を見ている)


 なぜだ。


 なぜ農民の自分を?


 その瞬間、飛竜が動いた。


 空気を裂くように降下。


 だが攻撃ではない。


 異形の隣に着地し、静かに翼を畳む。


 従属。


 完全な上下関係。


 レインは息を呑む。


(これは……狩りじゃない)


(“回収”だ)


 異形が腕を伸ばす。


 その瞬間、レインは横に飛んだ。


 遅い。


 避けきれていない。


 肩をかすめる衝撃。


 地面に転がる。


「ぐっ……!」


 肺が潰れたように痛い。


 立ち上がろうとするが、足が震える。


 ――限界だ。


 この身体ではもう一歩も動けない。


 そのとき、脳裏に一瞬だけ“別の視点”がよぎった。


 戦場。


 崩れた城壁。


 誰かの叫び。


「また死ぬのか、レイン」


 その声に、心臓が跳ねる。


 レインは歯を食いしばった。


(思い出すな)


(今の俺は農民だ)


 だが、異形は待たない。


 腕が振り上げられる。


 次の瞬間――


 地面が割れた。


 衝撃。


 避ける余裕はない。


 終わる。


 そう確信した瞬間だった。


 視界の中で“何か”が光った。


 畑の隅。


 さっき捨てた、折れた剣の残骸。


 錆びた刃。


 誰も気にしないガラクタ。


 その瞬間、レインの中で一つだけ違和感が走る。


(……あれ?)


 “さっき捨てたはずの場所”に、


 なぜか、ほんのわずかな風の流れがある。


 だが今は考える余裕がない。


 異形の攻撃が迫る。


 レインは転がるように回避しながら、意識だけがその剣の残骸を捉えていた。


(……気のせいか)


 そう思った瞬間、地面に叩きつけられる。


 視界が白む。


 身体が動かない。


 異形の影が覆いかぶさる。


 飛竜が空で静かに見ている。


 村の叫びが遠くなる。


 レインは泥の中で息を吐いた。


「……くそ」


 その一言だけが漏れる。


 異形の腕が振り下ろされる。


 終わり。


 だが――


 その瞬間。


 “何かが、わずかに音を立てた”。


 畑の隅で。


 折れた剣の残骸が、誰にも気づかれないまま。


 ほんの一瞬だけ、光を反射した。

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