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第六話 折れた刃


 夜はまだ終わっていなかった。


 異形の気配と飛竜の影が村の外に張りついたまま、空気だけがじわじわと圧迫されている。


 レインは息を整えながら、畑の端へと後退していた。


 鍬はもう半ば折れている。

 戦うための道具ではないことを、嫌でも思い知らされていた。


(まずいな……)


 勝てない。


 逃げる余裕も薄い。


 そのとき、視界の隅に何かが引っかかった。


 納屋だ。


 崩れかけた木造の小屋。

 普段なら気にも留めない場所。


 だが今は違う。


 レインは迷わず駆け込んだ。


 中は暗い。

 干し草と農具と、古い匂いが混ざっている。


 視線を走らせる。


 鎌、古い槍の柄、割れた盾。


 そして――


 奥に立てかけられた、それ。


「……これは」


 レインは手を伸ばした。


 それは剣だった。


 だが“剣だったもの”だ。


 刃は波打ち、錆が全体を覆い、柄も歪んでいる。

 触れただけで折れそうなほど頼りない。


 重さも軽すぎる。


(ただの……ガラクタか)


 だが、妙に手に馴染む感覚があった。


 一瞬だけ、記憶がよぎる。


 剣を握っていた頃の感覚。


 だがそれは掴む前に消えた。


「……使えないな」


 レインは短く呟いた。


 だが外では異形の足音が近づいている。


 選択肢はない。


 レインはその歪んだ剣を引き抜いた。


 外に飛び出す。


 ちょうどその瞬間、異形が村の柵を踏み壊した。


 地面が揺れる。


 レインは剣を構える。


 構えた瞬間――


(軽い)


 軽すぎる。


 バランスが狂っている。


 踏み込みと刃の軌道が合わない。


 体が崩れる。


 異形の腕が振り下ろされる。


 レインは反射で剣を振った。


 ――カン。


 乾いた音。


 そして次の瞬間。


 剣が、真ん中から折れた。


「あっ……」


 間抜けな声が漏れる。


 折れた刃が宙を回り、闇に消える。


 レインは呆然とそれを見た。


(今のは……完全に無理だろ)


 異形の腕が再び振り上がる。


 今度は直撃。


 避けきれない。


 レインは一瞬だけ目を閉じた。


 だが――


「退け!!」


 老人の声。


 同時に横から投げられた鉄杭が、異形の腕に刺さる。


 わずかな隙。


 レインは転がるように回避した。


 地面に倒れ込む。


 呼吸が乱れる。


 そのまま、折れた剣を見た。


 ただの棒だ。


 もはや武器ですらない。


「……役に立たないな」


 レインはそれを遠くへ放り捨てた。


 カラン、と乾いた音。


 誰も気にしない。


 誰も見ていない。


 異形の攻撃が再び迫る。


 飛竜の影も動き始める。


 村は崩壊寸前だった。


 その夜。


 その剣は、誰にも拾われず、畑の隅へと転がったまま埋もれていった。


 ――ただ一人を除いて。


 その後の時間のどこかで。


 それが“何であったか”を知る者が現れることになるとは、まだ誰も知らない。


 レインはもう一度立ち上がる。


 折れた鍬もない。


 武器はない。


 それでも、前に出る。


「……まだ終わってない」


 七度目の人生は、ただ壊れながら続いていく。

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