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第五十三話 世界の始まりを耕した男

白い世界が揺れている。


 地面も。


 空も。


 距離という概念すら。


 少しずつ崩れていた。


 フィオが周囲を見る。


「これ……壊れてるの?」


 少女は静かに答える。


「違う」


「消されている」


 白い空間の奥。


 何か巨大な影が近づいてくる。


 形はない。


 でも確かに存在している。


 まるで世界そのものが意思を持ったような存在。


 ソレアが震える。


『あれは……』


『管理者じゃない』


『さらに上』


 レインは鍬を握る。


「世界が俺たちを消しに来るってことか?」


 少女は頷く。


「正確には」


「“間違った記録”を消そうとしている」


 レインは眉をひそめる。


「間違った記録?」


 少女はレインを見る。


「あなたのこと」


 白い世界に映像が浮かぶ。


 まだ何もない場所。


 魔法も。


 生命も。


 時間もない。


 そこに一人の男が立っていた。


 服は粗末。


 武器もない。


 ただ手に持っているもの。


 一本の鍬。


 男は何もない空間に鍬を振り下ろした。


 ザクッ。


 音がした。


 本来なら何もないはずの場所に。


 初めて“土”が生まれた。


 少女が言う。


「それが最初」


「世界が始まった瞬間」


 フィオが息を呑む。


「じゃあ……」


「世界は誰かが作ったんじゃなくて」


 少女が頷く。


「耕された」


 レインは映像を見る。


 最初の農民。


 その姿は。


 今のレインと同じだった。


「俺……なのか?」


 少女は首を横に振る。


「少し違う」


「あなたであって、あなたではない」


 ソレアが考え込む。


『転生じゃない……』


『継承?』


 少女は答える。


「残り続けた意思」


「世界が何度壊れても」


「最初に耕したという事実だけは消えなかった」


 巨大な影が近づく。


 白い世界がさらに消えていく。


 少女が焦る。


「時間がない」


「あなたたちは本来、ここに来る存在じゃなかった」


 レインが聞く。


「じゃあなんで扉は開いた?」


 少女は答える。


「鍬が覚えていたから」


 全員が鍬を見る。


 ただの農具。


 何度も使った。


 何度も修理した。


 何度も土を耕した。


 でも。


 その中には。


 世界の最初の記憶が残っていた。


 巨大な影が目の前まで来る。


 声が響く。


『初期不確定要素』


『削除開始』


 空間が崩れる。


 フィオが叫ぶ。


「レイン!」


 しかしレインは逃げなかった。


 レインは影を見る。


「なあ」


「お前さ」


「何で消そうとするんだ?」


 沈黙。


『不必要だから』


『世界には完成形が必要』


 レインは少し笑う。


「完成形ね」


 鍬を地面に突き立てる。


「農業やったことないだろ」


 全員が見る。


「畑ってさ」


「最初から完成してる場所じゃないんだよ」


「耕して」


「種をまいて」


「失敗して」


「また直す」


「それで少しずつ良くなる」


 白い世界が静かになる。


 管理者ではない存在が初めて反応する。


『非効率』


 レインは笑う。


「そうだよ」


「でも」


「それが生きるってことだろ」


 その瞬間。


 鍬が光る。


 白い世界に一本の線が走る。


 道ではない。


 畑の畝だった。


 何もない場所に。


 初めて“余白”が生まれる。


 少女が驚く。


「やっぱり……」


「あなたはまだ覚えている」


 レインが振り返る。


「何を?」


 少女は小さく笑う。


「世界の作り方を」


 巨大な影が揺らぐ。


『理解不能』


『再計算開始』


 だが。


 もう遅かった。


 白紙だった世界に。


 一つの畑ができていた。


 レインは鍬を肩に乗せる。


「さて」


「ここも耕すか」

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