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第五十二話 白紙の世界

境界の扉を抜けた瞬間。


 音が消えた。


 風もない。


 足音すら響かない。


 ただ白い。


 どこまでも白い。


 空も。


 地面も。


 遠くも近くも。


 全部が同じ色だった。


 レインはゆっくり周囲を見る。


「……何もないな」


 フィオが小さく呟く。


「何もないっていうより……」


「何も決まってない感じがする」


 リゼも頷く。


「世界になる前の場所みたい」


 ゼルが足元を見る。


 そこには地面がある。


 でも触れてみても感触がない。


「変だ」


「立ってるのに、立ってないみたいだ」


 ソレアは周囲を警戒している。


『ここは“完成した世界”じゃない』


『作られる前の領域だ』


 レインが聞く。


「作られる前?」


『世界には形になる前の状態がある』


『ここは可能性だけが存在する場所だ』


 その時。


 遠くに光が見えた。


 小さな点。


 それが少しずつ近づいてくる。


 光の中から現れたのは。


 一人の少女だった。


 白い服。


 長い髪。


 そして。


 目が閉じたまま。


 フィオが警戒する。


「誰?」


 少女は答えない。


 ただレインを見る。


 そして。


「……やっと来た」


 そう言った。


 レインは眉をひそめる。


「俺を知ってるのか?」


 少女は首を傾げる。


「知ってる」


「でも、知らない」


「あなたは何度もここを通った」


 全員が固まる。


 ゼルが小声で言う。


「また意味深なこと言う人来た」


 リゼが頷く。


「この世界そういう人多い」


 少女はレインの鍬を見る。


「それ……まだ持ってるんだ」


 レインが鍬を見る。


「これ?」


「普通の鍬だけど」


 少女は少し笑う。


「あなたはいつもそう言う」


「それが一番おかしいところ」


 ソレアが一歩前に出る。


『君は何者だ』


 少女は少し考える。


「名前はない」


「役割だけならある」


 そして白い世界に手を伸ばす。


「私は“最初の記録”」


「七度目が始まる前の、残った記憶」


 空気が変わる。


 レインの表情が変わる。


「七度目の前?」


 少女は頷く。


「あなたには六回の人生がある」


「でも」


「本当は……」


 少し間を置く。


「七回目ではない」


 フィオが息を呑む。


「じゃあ何回目なの?」


 少女はレインを見る。


「数えることをやめた人生」


 沈黙。


 その瞬間。


 白い世界に映像が浮かぶ。


 まだ何もない世界。


 そこに一人の人間が立っている。


 手には。


 一本の鍬。


 レインの鍬と同じ形。


 少女が言う。


「世界が壊れる前」


「最初に土を耕した人がいた」


「それがあなた」


 レインは映像を見る。


「俺が……最初?」


 少女は答えない。


 代わりに。


 白い世界の奥から声が響いた。


『記録矛盾発生』


 全員が振り返る。


 そこには。


 管理者の目。


 しかし今までとは違う。


 傷ついている。


 迷っている。


『存在しない記録を検出』


『初期農民データ』


『照合不能』


 ソレアが震える。


『まさか……』


『管理者ですら知らない記録がある』


 少女は静かに言う。


「だからここに隠されていた」


「世界の始まりに関わる記憶だから」


 レインは鍬を握る。


「じゃあ教えてくれ」


「俺は何なんだ?」


 少女は少し悲しそうに笑う。


「それを知ったら」


「もう今までのようには戻れない」


 白い世界が揺れる。


 遠くで何か巨大なものが動く。


 少女が振り返る。


「来る」


「この場所を消しに来た」


 レインは鍬を構える。


「誰が?」


 少女は答えた。


「あなたが一番よく知っている存在」


「世界そのもの」

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