表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

第四話 勇者だった男

 夜になっても、村は静まらなかった。


 焚き火の周りに集まった村人たちは、誰も口を開かない。

 昼間の魔獣、そして空を裂いた飛竜。


 「終わりだ」という言葉だけが、言外に共有されていた。


 レインはその輪から少し離れ、畑の端に座っていた。


 土は冷えている。

 手の中の鍬も、もうただの鉄の棒にしか感じない。


(飛竜が“見ていた”)


 あれは偶然じゃない。


 確信に近い感覚があった。


 誰かが、自分を見つけている。


「お前……」


 不意に声がした。


 顔を上げると、老人が立っていた。昼間とは違う、低い声。


「今日の戦い、普通じゃなかったな」


「……何がだ」


「鍬を振るやつの動きじゃなかった」


 沈黙。


 レインは視線を逸らした。


「勘違いだ」


「そうは見えん」


 老人はゆっくりと隣に座る。


 焚き火の光が、皺だらけの横顔を照らした。


「昔な……戦場にいたことがある」


 その一言で、空気が変わる。


 レインの指が、わずかに動いた。


「兵士か」


「違う」


 老人は短く笑った。


「“運ばれる側”だ」


 意味を測りかねる沈黙。


 老人は続ける。


「俺はな、一度死にかけてる。戦場でな。で、生き残った」


 焚き火が弾ける。


「その時見たんだよ。人間の動きじゃないやつを」


 レインの喉が、わずかに鳴った。


「お前の動きは、それに近い」


 沈黙が落ちる。


 夜の虫の音だけが響く。


「……だから何だ」


 レインはようやく言った。


 老人はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がる。


「明日、村の外れに来い」


「何の用だ」


「来れば分かる」


 それだけ言って、老人は去っていった。


 レインは焚き火を見つめたまま動かなかった。


(何かがおかしい)


 この村はただの農村じゃない。


 そう思った瞬間だった。


 ――地面が揺れた。


 遠くではない。


 村のすぐ外。


 低い、重い音。


 レインは立ち上がる。


 次の瞬間、夜の森が裂けた。


 巨大な影。


 昼間の魔獣とは比べ物にならない。


 全身が黒い鎧のような鱗で覆われた異形。


 目が三つある。


 そして――


 その背後の空。


 また、影。


 飛竜。


 昼間の“あれ”と同じ気配。


 だが今度は一体ではない。


 複数。


 村人たちの悲鳴が上がる。


「また来たぞ!!」

「なんで今日ばっかり!!」


 老人が叫ぶ。


「避難しろ!!地下に入れ!!」


 だがレインは動けなかった。


(違う)


(これは偶然じゃない)


 巨大な異形は、村を無視して“何か”を探している。


 その視線が、ゆっくりと動いた。


 そして止まる。


 レインに。


 一瞬、世界が静止したように感じた。


 異形の口が開く。


 低い声が響く。


「……いた」


 人間の言葉。


 レインの背筋が凍る。


 その瞬間、飛竜の一体が動いた。


 空から降下。


 村の外れに着地。


 地面が砕ける。


 そして――


 飛竜は、まるで報告するように異形へ向かって頭を垂れた。


 村人たちは理解できないまま震えている。


 レインだけが、理解し始めていた。


(これは……狩りだ)


 自分を中心にした。


 明確な“捕獲”。


 異形が一歩踏み出す。


 地面が沈む。


 そして言う。


「七位階個体……確認」


 その言葉を聞いた瞬間。


 レインの記憶が、一部だけ“抜け落ちた”。


 ――何か重要なことを、今思い出しかけた気がした。


 だが掴めない。


 ただ一つだけ確かなことがある。


 この世界は、もう“安全な農村”ではない。


 レインはゆっくりと鍬を握った。


 震える手で。


 だが目は死んでいない。


「……来るなら来い」


 七度目の人生は、静かに戦場へ変わっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ