第二十五話 七回目のレイン
「お帰りなさい」
第一位階は穏やかに微笑んだ。
「七回目のレイン」
空気が凍る。
フィオがレインの袖を掴む。
リゼも珍しく無言だった。
ゼルは完全に青ざめている。
だが。
一番驚いていたのはレイン自身だった。
「……俺を知っているのか」
第一位階は首を傾げた。
「もちろん」
その返事が気持ち悪い。
知り合いに向ける口調。
何百年ぶりかの友人に向けるような笑顔。
「前回も会いましたし」
レインの心臓が止まりそうになる。
「前回?」
「六回目の時です」
静かに言う。
「あなたは塔の三十二階で死にました」
頭痛。
記憶の断片。
血。
白い廊下。
折れた剣。
誰かの叫び。
一瞬だけ映る。
だが掴めない。
「……嘘だ」
レインは呟く。
「六回目の人生は別の場所で死んだ」
覚えている。
少なくともそう思っていた。
だが。
第一位階は優しく笑う。
「そう思わされているだけですよ」
その瞬間。
レインの背筋を冷たい汗が流れた。
ソレアが叫ぶ。
『レイン!! 耳を貸すな!!』
だが第一位階は平然としている。
「不思議に思いませんか?」
塔を見上げる。
「なぜあなただけ記憶が欠けているのか」
レインの拳が握られる。
「……」
「なぜ塔の記憶だけ曖昧なのか」
答えられない。
その時だった。
老人が塔へ足を踏み入れた。
十一回目の転生者。
誰よりも長く生きた男。
老人は振り返る。
「若いの」
レインを見る。
「もし上まで行けたらな」
少しだけ笑った。
「わしらが何のために生かされてるか分かるぞ」
そして。
老人は闇へ消えた。
次々と参加者たちが塔へ入る。
誰も振り返らない。
まるで処刑場へ向かう囚人みたいだった。
フィオが震える声で言う。
「……怖い」
正直だった。
レインも同じだった。
怖い。
逃げたい。
石碑の自分の名前が頭から離れない。
その時。
腰の剣が震える。
ソレアではない。
剣そのもの。
そして。
再び文字が浮かんだ。
『二階で右へ行け』
全員が固まる。
ソレアの顔色が変わった。
『また出た!?』
「昔の俺か」
剣は答えない。
だが。
その筆跡は確信している。
過去の自分。
塔を経験したレイン。
死んだはずのレイン。
リゼが静かに言った。
「……罠かもよ?」
「ああ」
「でも」
リゼは少し笑った。
「今までのレインが残したなら、私は信じる」
レインは少しだけ驚く。
「ずいぶん信用するんだな」
「だって」
リゼは肩をすくめる。
「昔のあなた、性格最悪だったけど嘘はつかなかったし」
「褒めてるのか?」
「半分」
フィオも頷く。
「私も信じる」
ゼルが手を挙げた。
「私は信じない」
全員が見る。
ゼルは真顔だった。
「だが他に手掛かりがない」
「結局行くのか」
「行く」
塔の中から風が吹く。
冷たい。
まるで歓迎しているみたいだった。
レインは最後に石碑を見る。
何百回も刻まれた自分の名前。
そして。
一番下。
まだ完成していない名前。
レイン・アルド
未完成。
未来の墓標。
レインは剣を握る。
「……気に入らないな」
第一位階が笑う。
「何がです?」
レインは塔を見上げた。
「勝手に死ぬことにされてるのが」
そして。
一歩。
塔の中へ足を踏み入れた。
直後。
扉が轟音と共に閉じる。
光が消える。
闇。
完全な闇。
そして。
誰かの声が聞こえた。
耳元で。
本当にすぐ近くで。
『やっと来たな』
知らない声だった。
だが。
なぜかレインは知っている気がした。




