第二十四話 昔の俺が残した警告
――逃げろ。
刀身に浮かんだ文字は、一瞬で消えた。
だが。
レインは確かに見た。
昔の自分が残した警告。
それも。
わざわざ聖剣に刻んだもの。
つまり。
本気だった。
「……今なんて書いてあった?」
フィオが不安そうに聞く。
レインは少し迷った。
だが隠しても意味はない。
「逃げろ」
沈黙。
リゼの笑顔が消える。
ゼルも顔色を変えた。
「誰が?」
「昔の俺」
その一言で空気が重くなった。
ソレアが珍しく黙っている。
やがて小さく呟いた。
『……思い出してきた』
「何を」
『塔だ』
レインは振り向く。
ソレアは白い塔を見つめていた。
『昔のお前も来た』
「何回目だ」
『覚えてない』
ソレアが首を振る。
『でも確かに来た』
そして。
その記憶だけが妙に曖昧になっている。
誰かが消したみたいに。
その時だった。
第一位階の案内人がこちらを見る。
笑顔。
優しい顔。
なのに。
レインは初めて恐怖を覚えた。
井戸の魂喰いより。
九位階の獣より。
この男の方が怖い。
理由は分からない。
ただ。
本能が叫んでいた。
関わるな、と。
ゴォォォォン――
鐘が鳴る。
二度目。
塔の入口が完全に開いた。
闇。
何も見えない。
だが。
参加者たちは動き始める。
老人。
鱗の男。
結晶化した青年。
皆、塔へ向かう。
死ぬかもしれない。
それでも。
進むしかない。
「レイン」
フィオが見上げる。
「どうするの」
全員の視線が集まる。
リゼ。
ゼル。
ソレア。
そしてフィオ。
レインは塔を見る。
逃げるなら今だ。
剣もそう言っている。
だが。
頭の奥で何かが疼いた。
断片。
記憶。
白い部屋。
血。
叫び声。
そして。
誰かの言葉。
『七回目のお前なら』
そこで記憶が途切れる。
レインは顔をしかめた。
「……くそ」
思い出せない。
だが。
なぜか確信だけがあった。
逃げても終わらない。
また追いつかれる。
また誰かが死ぬ。
また何も知らないまま。
レインは一歩前へ出た。
「行く」
フィオの耳が揺れる。
リゼは小さく笑った。
「そう言うと思った」
ゼルはため息をつく。
「正直帰りたい」
「なら帰れ」
「帰れないから来てるんだ」
その通りだった。
一行は塔の入口へ向かう。
すると。
入口の横に石碑があった。
今まで気づかなかった。
真っ白な石碑。
そこには無数の名前が刻まれている。
数えきれないほど。
何万。
何十万。
その中に。
レインは見つけてしまった。
レイン・アルド
固まる。
自分の名前。
間違いない。
しかも。
一つじゃない。
レイン・アルド
レイン・アルド
レイン・アルド
レイン・アルド
レイン・アルド
何百個も並んでいる。
全て自分。
全て同じ名前。
全て死亡者名簿。
フィオが息を呑む。
「……嘘」
リゼでさえ言葉を失う。
ゼルの顔から血の気が引いた。
そして。
石碑の一番下。
まだ新しい文字。
刻まれ始めている名前があった。
レイン・アルド
未完成。
まるで。
これから死ぬ予定の人間を刻んでいるみたいに。
塔の奥から風が吹いた。
冷たい風。
そして。
第一位階の案内人が微笑む。
「お帰りなさい」
レインを見ながら。
「七回目のレイン」




