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第十九話 詠唱は最後まで聞かなくていい

 旅に出て三日。


 レインたちは街道沿いの森を進んでいた。


 空は曇り。


 空気も重い。


 フィオはフードを深く被って歩いている。


 獣耳を隠すためだ。


 リゼはというと、やたら距離が近い。


「ねえレイン」


「なんだ」


「疲れたからおんぶ」


「歩け」


「冷たい〜」


 腕を絡めてくる。


 近い。


 柔らかい。


 レインは無表情で引き剥がした。


 ソレアが剣の上で呆れている。


『こいつほんとブレねえな』


「正常な判断だ」


『いや昔より耐性ついてる』


 フィオが小声で聞いた。


「……昔は弱かったの?」


『超弱かった』


「言うな」


 その時だった。


 森の奥から、妙な声が聞こえた。


「――深淵なる虚空の果てより現れし――」


 沈黙。


 全員止まる。


「……何だ?」


 レインが眉をひそめる。


 声は続く。


「――万象を焼き尽くす原初の炎よ、契約に従い――」


 長い。


 異常に長い。


 しかも無駄に壮大。


 リゼが嫌そうな顔をした。


「あー……出た」


「知ってるのか」


「詠唱オタク」


 その瞬間。


 森の木々をかき分け、一人の男が現れた。


 黒ローブ。


 長髪。


 眼鏡。


 そしてめちゃくちゃドヤ顔。


「ふははは!!」


 男は杖を掲げた。


「我が究極魔法の前に震えるがいい!!」


 レイン、真顔。


「誰だこいつ」


「“千節の魔導師”って呼ばれてる変人」


 リゼが即答する。


 男はポーズを決めた。


「我が名はゼル=アークライト!! 神代魔法継承者にして――」


「長い」


 レインが遮る。


 ゼルはショックを受けた。


「なっ……!? 自己紹介の途中だぞ!?」


「いや敵なら普通に来い」


「貴様、魔法への敬意がないな!?」


 ゼルは怒りながら杖を向けた。


「いいだろう!! ならば見せてやる!! 超高位殲滅魔法――」


 魔法陣展開。


 空気が震える。


 確かに魔力は凄まじい。


 森全体が揺れている。


 フィオの顔が青くなる。


「……強い」


 だが。


 ゼルは詠唱を始めた。


「――天上に座す炎帝よ、久遠に巡る因果の輪を越え――」


 長い。


「――我が血肉を触媒とし、世界の理を反転させ――」


 長い。


「――滅びの鐘を鳴らし、千億の――」


 レインは歩き出した。


 ゼルが戸惑う。


「……え?」


 レインは普通に近づく。


「ちょ、待っ、今かなり重要なところ」


 ゴッ。


 レインの拳が顔面に入った。


 ゼル、吹っ飛ぶ。


 木に激突。


 沈黙。


 森が静まり返る。


 レインは拳を振る。


「終わったか?」


 リゼが爆笑した。


「あはははは!! 詠唱中に殴った!!」


『そりゃそうだろ!!』


 ソレアも笑っている。


 フィオだけがおろおろしていた。


「で、でも魔法って待つものじゃ……」


「待たん」


 レインは即答した。


「敵が長々喋ってる間に倒せばいい」


 ゼルがふらふら立ち上がる。


「き、貴様ァァァ!!」


 鼻血。


 眼鏡割れてる。


「高位魔法の詠唱には神聖な時間が必要なのだぞ!!」


「知らん」


「魔導師界の常識だ!!」


「じゃあその常識弱い」


 致命傷。


 ゼルが膝をついた。


「ぐっ……!」


 リゼが肩を震わせている。


「だめ、ツボる……」


 だが次の瞬間。


 ゼルは突然真顔になった。


「……なるほど」


 空気が変わる。


「やはり君か」


 レインの目が細まる。


「何だ」


 ゼルは口元を拭った。


「神殿が探している“記憶保持個体”」


 森の空気が冷える。


 リゼの笑みが消えた。


 ソレアも黙る。


 ゼルは杖を拾いながら言った。


「安心しろ。私は神殿側ではない」


「信用できるか」


「できないだろうな」


 ゼルは笑う。


「だが一つ教えてやる」


 その目が、急に鋭くなる。


「“塔”が開く」


 レインの背中に寒気が走る。


 白い塔。


 記憶の断片。


 何度も見た場所。


 ゼルは静かに言った。


「次の満月だ」


 風が吹く。


「転生者たちの処刑場が、また開く」

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