第十六話 白い耳の少女
警鐘が鳴り続けていた。
村人たちは武器を持ち、入口へ集まっている。
鍬。
斧。
木槍。
まともな装備などない。
それでも怯えた顔で前に立っていた。
レインは人混みをかき分ける。
「どこだ」
「森の入口!」
村人の指差す先。
夕暮れの森。
そこに、一人の少女が立っていた。
白い髪。
ボロ布の外套。
そして。
頭の上に、小さな獣耳。
空気が重くなる。
「獣人……」
「なんでこんな場所に……」
村人たちが後退する。
この世界で獣人は嫌われる。
位階の低い存在。
人間未満。
魔物寄り。
それが常識だった。
少女はふらつきながら歩く。
かなり弱っている。
足元には血。
呼吸も浅い。
だが。
その目だけは異様に鋭かった。
レインは眉をひそめる。
(この気配……)
普通じゃない。
魔力が不自然に歪んでいる。
その時、村人の一人が叫んだ。
「入れるな!!」
「疫病持ちかもしれねえ!」
「追い返せ!!」
空気が荒れる。
少女の耳がぴくりと震えた。
だが反論しない。
ただ静かに俯く。
レインは前へ出た。
「待て」
村人たちが振り返る。
「レイン!? 何言ってんだ!」
「近づくな危険だ!」
レインは少女を見る。
傷。
呼吸。
血の色。
そして。
首元。
そこに刻まれていた。
『Ⅶ』
第七位階。
自分と同じ。
その瞬間。
少女がゆっくり顔を上げた。
金色の瞳。
目が合う。
そして。
少女は、ほんの少しだけ驚いた顔をした。
「……同じ」
小さな声。
レインの目が細まる。
「何がだ」
少女はレインの首元を見る。
位階刻印。
それを見て、少しだけ笑った。
「あなたも、“落ちる側”なんだ」
空気が止まる。
レインの背中に冷たいものが流れた。
その時。
後ろでソレアが小さく呟く。
『……まずい』
レインだけが聞こえる声。
『この子、かなり進んでる』
リゼも珍しく真顔だった。
「獣化率、高いね」
レインは少女を見る。
耳だけじゃない。
指先。
牙。
瞳孔。
少しずつ、人間からズレている。
だが少女は笑った。
「安心して」
苦しそうに息をしながら。
「まだ、人は食べてないから」
村人たちが悲鳴を上げる。
「やっぱり魔物だ!!」
武器が向けられる。
少女は静かに目を伏せた。
慣れている。
そういう顔だった。
レインは無意識に拳を握る。
その姿が。
少しだけ、自分と重なった。
人間じゃなくなる恐怖。
居場所を失う感覚。
それを知っている目。
その時だった。
森の奥から。
低い唸り声。
空気が変わる。
リゼの顔色が変わった。
「……来る」
直後。
森の木々が吹き飛ぶ。
巨大な黒影。
赤い目。
四足。
獣。
いや。
“元人間”。
少女の顔から血の気が引いた。
「……お兄ちゃん」
レインの目が見開かれる。
黒い獣は、かつて人間だった面影を少しだけ残していた。
だが理性はない。
牙から涎を垂らし、低く唸る。
首元。
そこに刻まれていたのは。
『Ⅸ』
第九位階。
完全獣化。
村人たちが絶望の声を漏らす。
少女だけが震えながら前へ出た。
「……だめ」
獣が反応する。
赤い瞳が少女を捉える。
そして。
一瞬だけ。
動きが止まった。
残っている。
まだ少しだけ。
人間だった頃の記憶が。
少女は涙を浮かべながら笑った。
「帰ろ、お兄ちゃん」
その瞬間。
獣が、咆哮した。




