第十四話 誘惑の魔女
神殿騎士が去ったあとも、村の空気は張り詰めていた。
井戸の底では“魂喰い”が唸っている。
神官は村を封鎖した。
誰も外へ出られない。
レインは畑の端に座り込み、深く息を吐いていた。
「……最悪だな」
剣はまだ熱を持っている。
しかも時々、勝手に動く。
気味が悪い。
だが、それ以上に。
昨日の“おちゃらけ人格崩壊”の記憶が地味に致命傷だった。
「うわぁ……」
思い出して頭を抱える。
『可愛い子猫ちゃん』
「死にたい」
その時だった。
「へえ?」
知らない女の声。
レインは即座に立ち上がる。
畑の向こう。
麦畑の間から、一人の女が歩いてきていた。
黒髪。
長身。
露出の多い旅装束。
胸元も脚も大胆に開いている。
しかも歩くたびに妙に揺れる。
レインは思わず視線を逸らした。
「……誰だ」
女は笑った。
妙に色っぽい笑み。
「そんな警戒しなくてもいいじゃない」
距離が近い。
異常に近い。
女はそのままレインの顔を覗き込んだ。
「久しぶり、レイン」
空気が止まる。
レインの目が細まる。
「……会ったことあるか」
「ひどーい」
女は肩を落とした。
「昔あんなに一緒にいたのに」
知らない。
だが。
妙に嫌な予感だけはする。
女はニコニコしながらレインの周りを歩いた。
「ふーん。今は農民なんだ」
「……」
「しかも弱い」
ぐさっと刺さる。
「昔の面影全然ないね」
「誰なんだお前」
女はそこで少しだけ笑みを深くした。
「リゼ」
名前。
「元・魔王軍幹部」
沈黙。
レインの脳が止まる。
「……は?」
「ちなみに昔、あなたに殺された側」
レイン、真顔。
「帰れ」
「即答!?」
リゼはケラケラ笑う。
だが敵意はない。
むしろ妙に楽しそうだった。
「いやぁ、探したんだよ?」
距離がまた近づく。
「七回も転生すると追跡大変なんだから」
レインは後退した。
本能が警告している。
この女、危険だ。
色々と。
リゼは突然、レインの肩に手を置いた。
「ねえ」
「……何だ」
「触っていい?」
「何を」
「腹筋」
「嫌だ」
「ケチ」
リゼは唇を尖らせる。
だが次の瞬間、急に真顔になった。
「神殿に狙われてるでしょ」
空気が変わる。
レインの目が細まる。
「……何を知ってる」
「いっぱい?」
軽い。
軽いが。
その目だけは笑っていなかった。
「“魂喰い”が起きたなら、もう隠せないよ」
風が吹く。
麦畑が揺れる。
リゼは静かにレインを見る。
「今回の世界、もう終わり始めてる」
その言葉に、レインの背筋が冷えた。
だが次の瞬間。
リゼは急に腕を絡めてきた。
「だからさ」
「離れろ」
「一緒に逃げない?」
胸が当たっている。
レインの思考が一瞬止まる。
「……近い」
「わざと」
「最悪だこの女」
リゼは楽しそうに笑った。
「だってレイン、昔こういうの弱かったし」
「知らん」
「顔真っ赤」
「うるさい」
その時だった。
畑の隅。
折れた剣が。
ガタガタガタッ!!
猛烈に震え始めた。
レインとリゼが同時に振り返る。
そして。
剣の中から、女の怒鳴り声が響いた。
『おい農民!! その女に引っかかるなァァァ!!』
沈黙。
レイン、固まる。
リゼ、にやにや。
『そいつ昔から男をダメにするタイプだ!!』
「剣が喋った!?」
レインの叫びが、夕暮れの畑に響いた。




