第十三話 最低魔法と最低な俺
井戸の底から響いた咆哮は、村全体を震わせた。
神殿騎士たちは即座に剣を抜き、神官は険しい顔で井戸を睨んでいる。
「封印の確認を急げ!」
「はっ!」
騎士たちが走る。
その隙に、レインはゆっくり後退した。
折れた剣が、まだ熱を持っている。
(まずいな)
状況が悪すぎる。
神殿は井戸の男を知っている。
しかも“魂喰い”とかいう危険存在扱いだ。
その時だった。
神官の視線がレインへ向く。
「少年。その剣を渡せ」
即答。
「嫌だ」
騎士たちがざわつく。
神官の目が細くなる。
「それが何か分かっているのか」
「分からん。だから渡したくない」
本音だった。
分からないからこそ危険だ。
神官は一歩踏み出す。
「それは人類史級の――」
その瞬間。
井戸の底から再び咆哮。
地面が揺れる。
騎士たちが崩れる。
レインはその隙に走った。
「待て!!」
神官の声を無視し、畑の裏へ飛び込む。
息が切れる。
身体が重い。
「……くそ」
走るだけで肺が痛い。
情けない身体だ。
だが逃げ切らないと終わる。
レインは廃小屋へ飛び込み、壁にもたれた。
心臓がうるさい。
外ではまだ騒ぎが続いている。
(どうする)
戦う?
無理だ。
今の身体じゃ神殿騎士一人にも勝てない。
その時。
脳裏に、妙な記憶が浮かんだ。
一周目。
まだ勇者になる前。
旅の初期。
魔力も少なく、下位魔法しか使えなかった頃。
『魔力が足りないなら、無理やり回せばいい』
誰かが笑っていた。
乱暴な理論。
だが実際、それで低級魔法を撃っていた。
「……いや」
レインは顔をしかめる。
今の身体でやれば危険だ。
もともと魔力はほぼゼロ。
下手すれば生命力まで削る。
だが――
外から足音。
神殿騎士。
見つかる。
「……やるしかないか」
レインは深く息を吸った。
そして、指を軽く組む。
懐かしい感覚。
もう何百年も使っていない初歩魔法。
「《ライト》」
小さく呟く。
その瞬間。
指先に、淡い光が灯った。
成功。
だが同時に。
頭の中で“何か”が切れた。
「……あ?」
急に身体が軽い。
妙に気分がいい。
世界が明るく見える。
しかも何故か――
「うわ、俺めっちゃ顔良くない?」
自分で言った。
沈黙。
「……は?」
レイン自身が固まる。
今、自分で何を?
だが口が止まらない。
「いや待って、これ絶対モテるやつだろ。農民にしては仕上がってるわ」
完全におかしい。
思考が妙に軽い。
その時、小屋の入口に少女が現れた。
「レイン!? こんなところに――」
レインはキメ顔した。
「やあ可愛い子猫ちゃん」
少女、真顔。
レイン、自分で絶望。
(やばい)
(何だこれ)
だが身体が勝手に動く。
レインは壁に手をつきながら言った。
「こんな危ない場所に来ちゃ駄目だろ? 君みたいな可憐な花は、もっと安全な場所で咲くべきだ」
「……熱ある?」
「恋の熱なら」
「気持ち悪い」
即答。
レインの心が少し傷つく。
いや違う。
傷ついてる場合じゃない。
(魔力逆流か!?)
思い出す。
昔、一部の下位魔法使いがやっていた禁じ手。
魔力不足を“精神側”から無理やり補う技法。
結果、人格が壊れる。
「最悪だ……」
レインは頭を抱えた。
しかし身体は止まらない。
ちょうどそこへ神殿騎士が入ってくる。
「いたぞ!」
レインは何故か爽やかに振り向いた。
「おっと、お兄さんたち。そんな怖い顔してると女性に嫌われるぜ?」
騎士たち、困惑。
「……何だこいつ」
「分からんが危険な感じはしない」
レインは指を鳴らした。
「危険なのは俺の魅力かな」
少女が本気で引いていた。
翌朝。
レインは畑に突っ伏していた。
頭痛。
吐き気。
そして断片的に残る昨夜の記憶。
「……死にたい」
少女が横で言う。
「昨日ずっと気持ち悪かったよ」
「頼む忘れてくれ」
「無理」
レインは静かに空を見上げた。
人格崩壊系魔法。
二度と使わないと心に誓う。
……ただ一つだけ問題があった。
畑の隅。
折れた剣が。
なぜか昨日より少しだけ、レインの近くへ移動していた。




