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第7話 届かなかった

帝都の中央。

国家魔導院の、地下。

研究施設。


ノアは薄暗い廊下を歩いていた。

誰も、止めなかった。

不自然なほど、誰も、止めなかった。


突き当たりの、扉。

ノアは開けた。


部屋の中央にクラウスが立っていた。


「ノア」

クラウスが言った。

「来るのを、知っていた」


クラウスはゆっくり、振り返った。

青い瞳がノアを見た。


「目に、感情が、ある」

クラウスが言った。

「いい、目だ」


ノアは答えなかった。


「シエルは、どこだ」

ノアが訊いた。


「すぐ、会わせる」

クラウスが答えた。

「だが、その前に、話が、ある」


「ノア」

クラウスが言った。

「俺は、五年間、お前を、推薦してきた」

「魔力ゼロの、お前を、学院に、置くために」

「お前の、理論研究を、続けさせるために」


「『感情エネルギーによる、魔術発動』」

「お前が、五年間、書いてきた、論文」

「あれは──お前自身の、能力の、解明だった」


「お前は、知らなかった」

「俺たちは、知っていた」


ノアはクラウスを見た。

言葉の意味が染み込むのに、時間がかかった。


「俺の、両親は」

クラウスが続けた。

「感情管理政策の、改革派だった」

「『子供から、感情を、奪うのは、間違いだ』と」

「『廃止すべきだ』と」


「五年前、両親は、暗殺された」

「政敵に、消された」


クラウスの青い瞳が揺れた。

わずかに揺れた。


「俺は、十九歳だった」

「絶望した」

「だが、選んだ」


「自ら、感情封印を、望んだ」


「祖父の、系譜を、継いだ」

「両親が、告発した、加害者の、側に、立った」


ノアは聞いていた。


「なぜ」

ノアが訊いた。


「合理性こそが、最善である、と」

クラウスが答えた。

「感情は、不要だ」

「両親の、改革派の、思想は、感傷だった」

「俺は、合理を、選んだ」


「だが、お前は、違うらしい」

クラウスが言った。

「お前は、戻ってきた」

「感情を、持って、戻ってきた」


「シエルを、取り戻すために」


クラウスが剣を抜いた。

刃が薄暗い灯火で銀色に光った。


「お前まで、感情に、堕ちるのか」

クラウスが言った。


声に初めて、感情が混じった。

悲しみのような、何かが。


「俺は」

ノアが言った。

「分からない」


「合理が、最善かどうか、分からない」

「感情が、不要かどうか、分からない」


「だが、俺は」

「シエルと、生きたい」


ノアは自分の言葉に驚いた。

「生きたい」という言葉を口にした。

初めての、ことだった。


クラウスが剣を構えた。


「来い」

クラウスが言った。


戦闘は短かった。


ノアは魔術師ではなかった。

ノアは戦士でもなかった。

ノアはただの、理論主席だった。


それでも、ノアは踏み込んだ。

拳を振り上げた。

クラウスに向かって。


クラウスは消滅魔術を使わなかった。


「お前を、消すには、惜しい」

クラウスが呟いた。


「お前は、五年間、俺の、唯一の、生徒だった」

「合理だけでは、説明、できない」


クラウスが剣を抜いた。

刃ではなく、柄の、平で。


クラウスの剣がノアの胸を打った。

重い、衝撃。

ノアの身体が宙に浮いた。

背中が石の床に叩きつけられた。


ノアは息を吸えなかった。

胸の奥が痛んだ。

だが、痛みより、悔しさが勝った。


最後にノアは呟いた。


「シエル」


その名前だけが最後に口をついた。


意識が闇に沈んだ。


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